ホッパーホッパー 11
「寝ている間は、無防備になるだろう?」
確かにその通りだ。
イチは一度眠ると朝になるまで起きない。女王の領域外で何も対策をせずに眠れば、確実に永眠する。
一方、レオは眠りの浅い質ではあるが、此処は世界樹の聖域。
油断は禁物。
眠るとなれば魔物の巣になっていない木の洞や洞窟を探し、見つからなければ木に登り、枝に隠れて眠っていた。
「まあ、きちんとは眠れないな」
「・・・・それやっ!」
レオのグチのようなぼやきを聞き、イチは嬉しそうに声を上げる。
「何が?」
「レイベルト君に上げる
「そうなのか?」
「そうなのよ!」
―1人でも、安心して寝られるような物を作ったら、きっと喜んでくれる!
「早く戻ろう!」
「お、おお」
目を白黒とさせるレオの腕を引き、早く戻ろうと急かす。
余程思い付いた物を作ってみたいのだろう。
楽しそうにしているイチにつられて、頭と肩に乗ったクーとマーも楽しそうにふりふり、ぷるぷるしている。
「何を作るつもりなんだ?」
「安眠グッズ」
「あんみん?」
「安眠」
―何故、安眠?
「そうか」
「そうなが。どんなんが出来上がるか楽しみやわぁ」
「・・・・・そうか」
行き当たりばったりで作るので、製作する本人にもどんな物が出来るのかさっぱり分からないようだ。
レオは、またとんでもない物が出来るような気がしてたまらない。
「~♪」
ご機嫌で地面に小枝で、どんな機能を付けようかとぐりぐりと字を書いてゆく。
「よし!」
どんな機能を付けるのか、決まったようだ。
レオが見守る目の前で、イチはさっと白い手拭いと油性マジックを取り出して文字を書く。
「どうよ!」
自信満々に広げた白い手拭いに、油性マジックの黒々としたインクが鮮やかに映えているのだが、レオは手拭いに書き連ねられた文字を端から端まで見て首を振る。
「読めん」
この世界の文字なら兎も角、イチがいた世界の文字はレオには読めない。
「あ、そっか。えっとね」
レオと向かい合わせに座り、目の前に手拭いを広げる。
「まず、これが安眠」
「安眠?」
「眠れんかったら疲れとれんやん?」
「なるほど」
「うん。で、こっちが疲労回復」
「ああ」
「次が、起床」
「何故?」
「安眠し過ぎて、起きる時に起きれんかったらいかんやん?」
「確かに、その通りだな」
たまにレオの突っ込みが入りながら、一つ一つ何と書いたのか説明して行く。
身を守るための結界。気配と匂いを隠し、敵対者から気付かれにくくするための
思い付く限り、これでもかと書き込んだ。
「これをね、皮の筒にでも入れて、開かんようにしたら出来上がり」
「なぁ、イチよ」
「うん?」
「私は、どうにも妙な物か出来上がりそうな気がしてならんのだが」
「そう?私はえいもんが出来るって思いゆうけど」
呑気に考えるイチに対して、レオはきっぱりと首を振る。
「きっと、私とお前の腕輪のような事になる予感がする」
「「・・・・・・・・・・」」
イチとレオは、お互いの左腕にはめた極彩色の糸で出来た腕輪を交互に見る。
大きさが違うだけで、同じ見た目の腕輪。
イチが魔素結晶に付与し、レオが手を加えた、2人の合作。お互いがお互いを所有するという、独占欲の証明。
保護者の腕輪と、過保護の腕輪。
銘は微妙だが、少々壊れぎみな性能を持った一品だ。
「蓋は、絶対に開かんようにするね!」
「・・・・・そうか」
作らない、という選択肢は無いようだ。
「で、レイベルト君以外の人が使ったら、その人が酷い目に遭うようにする!出来たら、やけど」
「・・・・・・そうか」
―それは、確実に出来るだろうな!
イチには、呪神の加護がある。本人が知らなくても、加護は嬉々として効果を発揮する事だろう。
近い将来、酷い目に遭うかもしれない被害者の存在を思い、そこはかとなく同情をしながらも何も言わずに見守るレオだった。
1日が経った。
「・・・・・・・」
イチは、ひたすらちくちくと油性マジックの線を糸で覆い隠すように針を刺して行く。
ちくちく、ちくちく。
ちくちく、ちくちく。
ぽんぽん。
「ん?」
夢中で針を動かしていたイチは、クーに肩を叩かれ手を止める。
「ああ、もうこんな時間か」
顔を上げると、周りが薄暗い。
夢中になりすぎて昼を食べずにこんな時間になってしまった。
急に空腹を訴えだした腹をさすり、針を針山に指して眉間を揉む。
「ご飯にしようか」
イチの呟きに、クーとマーか嬉しそうに揺れる。
レオは居ない。
イチを見守る以外にする事がなく、暇と時間を持て余したレオは、イチに結界の外へ出ない事を約束させ、沢山の食べ物を持って朝の内に1人迷宮へ突撃していった。
今日は戻らずに、明日の夕方に戻る予定だ。
「1人やしなぁ。何食べよう」
朝は2人だったが明日の夕方まで、食事はイチ1人。1人だけの食事では、張り合いが無くて、なかなか作ろうという気が起きない。
どうしようかと考えるイチの目の前で、クーとマーが揃って体を揺らして自分達の存在を主張する。
「ん?ああ、そうやね。君等ぁがおるね」
両手を伸ばし、2匹をくりくりと撫でる。
「クーちゃんとマーちゃんは、何が食べたい?・・・・・え?桃とラーメン?」
クーが桃で、マーがラーメンだ。
「簡単で、えいね!」
今日の晩ご飯は、ラーメンで決まりだ。
「クーちゃん、何ラーメンがえい?塩?えいねぇ。私も塩にしよ」
具は、茹でモヤシと缶詰めのトウモロコシに決めた。
桃は、洗ってから皮ごと丸かじりだ。だって、皮を剥いて食べやすく切るなんて面倒くさい。
「ああ、お腹すいた」
裁縫道具と手拭いを片付け、鍋とカセットコンロを取り出す。
裁縫の続きは、ご飯が終わってからだ。
「レオ君も、今頃ご飯食べゆうがかな」
「・・・・・・・・」
時間は少し戻って、レオがイチから離れて迷宮に突撃して直ぐ。
1階層から2階層に移動するために転移陣に乗り、首を傾げた。
足元に広がった転移陣がすっと消え、暗闇の中にぼんやりと光る玉が浮かぶ。
光る玉の色は、白。
「やはり、まだ出来たばかりの迷宮か」
玉は、迷宮の心臓にして迷宮そのもの。迷宮の、コア。
コアは年月を経て、力を蓄える程に色が増え美しくなる。
迷宮になったばかりの此処のコアはただただ白いが、世界樹にあるコアは様々な色をはらみ、光りに映えて色の表情を変える。光を反射して、ゆらゆらと色を変えるオパールを思い浮かべてもらえれば良いだろう。
「まさか、此処に私を通すとはな。何かやらせたい事でもあるのかな?」
レオがコアに近づくと、触れる前にぴょんっとスーが飛び出してコアに乗る。
スーを通じて、コアの声を聞く。
「最下層に妙な虫が出た?」
此処の迷宮の最下層。16階層目で、グラトニーホッパーが可笑しな具合いに変異。溢れた同族を喰らい続けて様々な特性を引き継ぎ、迷宮の外を目指しているのだと言う。
「なんて面倒な」
グラトニーホッパーやスライム等の魔物は弱すぎて、かつ本能に忠実過ぎて、コアの支配下にいないものが時々いる。問題の一匹も、そんなコアの支配下にない魔物だった。
「それを、私に倒せという事か」
レオに、状態異常は効かない。
問題のグラトニーホッパーに対するなら、駆除隊や調査隊よりもレオの方が確実に倒す事が出来る。
「まあ、憂さ晴らしには調度良いか。ん?ああ、あの虫は直ぐに死ぬから面白くはないが、そこまで変異をしていれば、私でも楽しめるだろう」
レオは、楽しそうに髭を揺らす。
この迷宮に来て以来、狩りらしい狩りを一度もしていない。
「さあ、私を獲物のいる場所へ送れ」
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