精霊樹の番人達 9
「おい」
「え?」
唐突なイチのお願いに、レオとレイベルトはそれぞれに制止と戸惑いを声に滲ませる。
「えっと、あの、え?蜜の代金が道案内?」
「そう」
「そりゃ、駄目でしょ!」
「「!?」」
頷くイチに、レイベルトは力いっぱい突っ込みを入れる。
その勢いにイチだけでなく、レオもびくりと肩を揺らした。
「精霊樹の蜜は、10㏄で最低価格白金貨10枚っすよ!?一千万ディンっすよ!?その、その精霊樹の蜜の代金が、道案内って、ありえないっしょ!」
「へえー」
「あのハチミツがなぁ」
「反応が、軽すぎるっす!」
レイベルトの反応に、イチとレオは軽く応じてまた突っ込まれてしまった。
2人にとってはただのハチミツでしかないので、いくら突っ込まれた所で理解出来ずに首を傾げる。
「良いっすよ、分かったっすよ。代金は道案内と、他は何とか用意するっすぅ。俺、頑張って稼ぐっすぅ」
領主に代金を支払ってもらうつもりは無いようだ。
自分で稼ぐと言うレイベルトに、2人の好感度が密かに上がる。
「道案内だけで良いですよ?」
「駄目っすぅ!」
イチの言葉に、レイベルトの入った糸の塊がびちびちと暴れ出す。
「貴重な素材を、安売りしないで欲しいっすぅ。一千万ディンは無理っすけど、俺、頑張ってお金用意するっすぅ。だから、だから早まらないで欲しいっすぅ!」
必死の訴えなのだが、内容が安売りするな、お金をきちんと払わせてくれというものなので面白い。
彼は、真面目なのだろう。
「くふふ」
「レオ君?」
「中々、面白い」
イチに話しかける男という事で、あまり良く思っていなかったが、この主張は面白かった。
「良いだろう。ハチミツの代金は、町の道案内だ」
「やめてぇー!」
「「くふふ」」
良い悲鳴を上げるレイベルトに、イチとレオわそろって笑みを浮かべる。
「貴様、ポーションの空き瓶を持っていないか?」
問いかけながらも、レオは慣れた手つきで糸を除け、レイベルトの荷物を漁る。
「な、何を!?や、やめて、俺の荷物を漁らないで!」
「お、あったあった」
そして遂に目的の空き瓶を見つけ、一連の動きを見守っていたイチに渡し、洗浄と浄化のされた空き瓶を再び受け取り、精霊樹へ。番人に頼み、並々とハチミツを注いでもらう。
「ありがとう」
「ありがとう、番人さん達」
2人で番人に礼を言い、レオは再び糸を除け、レイベルトの懐へ蜜がたっぷり入った瓶を押し込む。
「町に行ったら会いに行くんで、案内よろしくお願いします」
イチの便利な世界地図というスキル。人も魔物も色付きの点でしか出ないのだが、目の前で認識すれば個人を識別する目印を付ける事が出来る。
つまり、点に名札が付けられます。
それだけなのだが、今までレオにしか付けていなかったので、これで2人目だ。
「え?俺、お2人の名前しか知らないんっけど!?お2人もそうでしょ!」
「大丈夫です」
「まあ、なんとかなる」
「ねー」
「ああ」
「えー」
イチのスキルを知らないレイベルトは、蜜の代金を渡せ無いのではないかと焦る。
「再開出来ないのは困るっす」
困る困ると主張しながら、びちびちと暴れる。
「瓶が割れるぞ?」
「!」
レオの突っ込みに、はっとなって動きを止める。
「うわっ!?」
大人しくなったレイベルトを小脇に抱え、レオはイチを振り返る。
「行ってくる。先に戻って寝ていてれ」
流石のレオでも、もう一度森の外まで往復するとなると、戻って来る頃には夜中になる。
「分かった。いってらっしゃーい」
手を振って見送り、辺りを見回して肩を落とした。
「草が生える所、見逃したぁ」
剥き出しになっていた土には、キレイに草が生えている。草が生え様を見逃したイチはがっかりとしながら調理器具を片付け、すごすごと聖域に帰って行くのだった。
一方、森の外へ向かう2人組。
「う゛ぉえぇぇぇ」
「・・・・・・」
胃の中の物を戻すレイベルトの背中を、レオが面倒くさそうに擦っていた。
小脇に抱えたレイベルトが、激しく上下移動を繰り返すレオに乗り物酔いを起こしたので、仕方無く糸から解放して、胃の中の物を出させていた。
「口をゆすげ」
「うう、すんません」
カップに水を入れて渡し、ちらちらと見てくるレイベルトに対して面倒くさそうに鼻を鳴らす。
「もう出し終わったか?」
問いかけ、放り出されたままになっていた糸に手をかける。
「その糸は、もう勘弁して欲しいっす!」
「縛られたい願望でもあるのか?」
レイベルトの自己主張に、レオは若干引く。
「私に他人を縛って喜ぶ趣味は無い」
「待って!俺もそんな趣味無いっす!」
レイベルトはそんなレオに思わず涙目で縋り付き、益々引かれる。
まあ、それも仕方の無い事をだろう。
糸を片付けようとしただけで、人を縛って喜ぶ変態の扱いを受けたのだ。縋り付いてくるレイベルトの手を振り払い、冷ややかぁな眼差しで見据える。
「す、すいませんっした」
その冷ややかな目に負け、姿勢を正して頭を下げる。
「あ、あの」
「出し切ったか?」
「あ、はい」
恐る恐る会話を続けようとするレイベルトだったが、二度目の問いかけに慌てて頷く。
「はい。もう全部吐き出したっす」
「そうか。では、行くぞ」
「へ?ういぃぃぃ!?」
レイベルトの胃の中に何も無いことを確認したレオは、彼を再びひょいっと小脇に抱えて走り出す。
レイベルトの口から奇妙な悲鳴が上がるが、気にせずに駆ける。レオが足を止めたのは、レイベルトの仲間の気配を遠くに感じてからだった。
「ぐふぅ」
長時間腹を圧迫されながら揺さぶられたレイベルトは、立つ事が出来ずにしゃがみ込む。
「此処から、真っ直ぐ彼方へ進め。貴様の仲間がこちらへ向かっている」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。所で、問うて良いか?」
「は、はい」
今までの素っ気ない態度から、ある程度の所まで連れて行けば直ぐに去って行くと思っていた人物から問いかけられ、レイベルトは座り込んだ格好のまま背筋を伸ばす。
「貴様の住んでいる町で、黒髪黒眼の人間は忌避されるか?」
「黒髪黒眼の人間、ですか?」
「そうだ。私はこの森に籠もって長い。今の人も、魔族も、私には良く分からん」
レオの心からの言葉に、レイベルトは目を見張った。
大昔、人族の間では黒は魔族の色とされていて、黒髪や黒眼は忌み嫌われていた。だが、かつて召喚された勇者やその子孫が黒髪黒眼だった事もあり、今では珍しい色ではあっても忌避される事はない。
ましてや、レイベルトの今住んでいる町は魔族の国の、魔族の領主が治める町。黒髪黒眼は、ただ珍しいだけのものだ。
「黒髪黒眼は、獣頭の黒獅子より注目されないっす」
相当長い間世間から離れて迷宮で生活をしていたのだろうな、と呆れるやら、感心するやら複雑な気持ちで答える。
きっと、声だけしか知らないあの女性が黒髪黒眼なのだろうとは思うが、レイベルトにとってみれば、獣頭の黒獅子の方が気になる。
先代魔王を影から助け、守っていたと幾つかの物語で語られている者が、獣頭の黒獅子なのだ。希少さもあるが、英雄に対する憧れのような眼差しで、レイベルトはレオを見つめる。
対するレオは眉間に深い皺を寄せ、面倒くさそうに鼻を鳴らす。
「そうか。それは、良いのか悪いのか。とりあえずは、面倒な事だ」
「お陰で、俺は確実にお2人を案内出来そうで良かったっす」
獣頭の黒獅子なんて希少な獣人が現れれば、町では必ず噂になる。見つけやすくなって、少しは恩を返しやすくなると、笑う。
「面倒な」
「すんませんっす。でも、うちの町はまだましな方だと思うんで、何とか我慢して欲しいっす」
「まし?」
「はい。御領主様の御子息の御友人が今町に長期滞在してるんっすけど、その人が獣頭の黒獅子なんっす」
「なるほど。他よりはまだ慣れているという事か」
「そういうことっす」
「そうか」
レオとしては町に行きたくはないが、イチが行きたがっているので、行かないという選択肢はない。
「・・・・・・」
「?」
レイベルトにはまだ分からないようだが、彼の仲間がこちらへ向かって来ている。
彼等の中には、狼の獣人がいた。彼の鼻がレイベルトの臭いを捉えたのだろう。進み方に迷いがない。
だが、レオは彼等に会うつもりは無い。
「ではな」
さっさと、踵を返して歩き去る。
「あ、ありがとうございました。案内は、俺に任せてくださいっす。それと、先輩方とギルドマスターにお2人の事を話しても良いっすか?」
精霊樹の蜜をどうやって手に入れたのか、上手に説明出来る自信が無かった。
「私達と番人達の関わりを話さなければ良いだろう」
答えて、レオはイチが聞き忘れていた事を思い出した。
「あの4人はどういった関係だ?」
「現役時代の母の仲間です」
「そうか」
疑問が疑問でなくなったので、レオはすっきりした気持ちでレイベルトに背を向け歩き去った。
レイベルトは深々と頭を下げてレオを見送り、彼にも感じられる程に近づいてきた仲間の気配に向かって歩き出す。
私が見逃した所為で、イチが冒険者と接触してしまった。そのために、町への思いが募るのも仕方のない事なのだろう。
ただ、町に行く前に私には彼女に対して言っておかなければならない事がある。
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