精霊樹の番人達 8
「あの人のお陰で、エリスさんは幸せな最後を迎える事が出来たんっす」
「親の恩は大きいですよねー」
―あー、親かぁ。嘘は言っちょらんみたいやし、なんか益々ハチミツあげても良いような気になってくるわぁ
キノコのバターめんつゆ炒めを大皿に盛り、次のキノコをベーコンと共にフライパンに放り込んで蓋をする。
「その恩人さんは、何をしている人何ですか?」
「領主っす」
「は?」
「領主様っす」
スタンピートの怪我と、毒で死にかけているという話しだったので相手は冒険者かとおもったのだが、予想外だった。
領主ということは貴族だ。
―どうしよ、関わりたくない!
蜜をあげる方に傾いていたイチの心の中の天秤が、ぐっとあげない方に傾いた。
「何故、そんな人とお知り合いに?」
「領主様は、領主になる前に冒険者をやってて、俺の母親も冒険者で、その現役時代に出会ったらしいっす」
「へぇ、」
彼方で読んだライトノベルに、良くあった展開だ。これで、この男が領主の子供で母親が隠れてこっそり産んでいた、とかいう裏話があればベタ過ぎる展開だ。
「俺の母は、俺が出来た事を切っ掛けに冒険者を辞めたんっす。で、他国の王都で暮らしていたんっす。でも、エリスさんが心臓を患って、それを何所からか知った領主様に呼ばれて、クロウルの町に引っ越したっす」
「・・・へぇ」
何だろう、益々ベタな展開になってきた気がする。
「色々と世話になって、エリスさんも領主様に看取ってもらったっす。領主様、俺の実の父親なんすよねぇ。でも、俺親父は育ての親だとおもってるんで、エリスさんが逝ってからの援助は全部断ったっす」
「へぇ」
―まさかのベタ展開!?
邪推をして楽しんでいたのはイチなのだが、そんな事は正直知らなくて良い。
「ただ、まぁ、エリスさんは領主様が嫌いで離れた訳じゃないし、俺も世話になって」
「うん」
何だろうか、何だか聞かなくても良い事を聞いてしまった気がする。
「ただ、俺の親父は領主様ではなくて。でも、エリスさんの事を思うと、見て見ぬふりなんて出来なくて。最初で最後の実の父への、親孝行のつもりなんす」
「なるほど」
―うん、何か思ったより、思いが重い!あ、いかん。焦げる
蓋を取ってめんつゆをかけ、バターを一欠片投入し、ひと混ぜしてから先程の皿をイベントリから出して盛る。
「だから、母親の恩と俺の親孝行の為に、領主様を助けたいんっす!」
「なる程」
男の精霊樹の蜜を求める理由は分かった。
―嘘はついちょらんみたいやね。うん、でもこれ以上この人の事情は、知らんでえいかな
内心で呟き、男には見えないが大きく頷く。
「貴方の言葉に嘘は感じなかったので、連れが戻って来たら、相談してみますよ。あ、」
「!?」
突然得も言われぬ威圧に、糸の中の男がびくりと震える。レオが帰って来た早々、男を威圧したのだ。
「お帰りー」
対して、イチは何の反応もしない。
普通に迎える。
イチに対して威圧が向けられていないので、気が付かないのだ。
「ああ。で?それはいったい何だ?」
「・・・・・」
何故だろう。レオの機嫌が物凄く悪い。
「浮気か?」
「何でそうなるが!?」
レオの思考に、びっくりなイチだった。先程までの、しんみりとした思いが一気に霧散する。
びしっと突っ込み、何故此処にレオの知らない男がいるのかという理由と、男の望みを説明する。
「で?」
「?」
「お前、やっても良いって思っているだろう」
「否定はせん」
お見通しだったらしいレオの言葉に、イチはえへんと胸を張る。
「けど、これは私だけのもんやないやろ?あ、ちょっと待って」
そして、慌てて声が聞こえないように、男の周りに結界を張る。流石に、知らない人の前でぺらぺらとしゃべる気にはならないが、これで何を話しても大丈夫。
「お前の感じた通り、そいつに嘘は無いのだろう。だが、他の連中は何故此処に来たんだ?」
「・・・・聞いてない」
「忘れていた?」
「忘れちょった」
「そうか」
「あの人達、なんで此処へ来たがやろう?」
「知らんなあ」
見つめ合い、共に首をかしげる。
「まあ、お前の直感が働かないのなら、理由もはっきりしていて、蜜を渡しても問題はない。が、」
疑問の解決を諦めたレオの言葉にイチは目を輝かせ、肯定を否定する単語に目を白黒させる。
「が?」
「何故、危険を冒して此処まで来たんだ?」
「?」
母親の恩と、自分の親孝行の為だろう。
「相手は領主なのだろう?」
「そう言いよったよ?」
レオが何を言いたいのか分からない。
「領主ならば、エルフ共から精霊の蜜を手に入れる事が出来るはずだが」
「エルフ?」
「ああ」
レオ曰く、北の魔族の国に近い精霊樹には4、500年程前からエルフが住み着いている。精霊樹が小さく、番人も幼いうちにテイムされてしまい、精霊樹が辛うじて無事なのだが、蜜だけでなく枝や樹皮、樹液を採り放題に採られ、女王も歯痒い思いをしているのだと言う。
「え、そんな所もあるが!?」
精霊樹は番人達がきちんと管理し、守っていると思っていたので驚きもひとしおだ。
そして、そんな所があるのなら、何故危険を冒して此処まで来たのか分からない。
「ああ。調度、魔王陛下が勇者に討たれ、魔族が人族に狩られるようになった頃だ。住み家を追われたエルフが精霊樹の幼木を見つけ、番人達をテイムして住み着いたんだよ」
彼等は精霊樹を
「なるほど。つまり、精霊樹を不法占拠していると」
「うむ。何故、エルフは蜜を渡さないのだろうな」
「出し惜しみ?」
「領主相手にか?」
「謎やね」
「謎だな」
此処の精霊樹の蜜を渡すか渡さないかの話しが、エルフの謎になってしまった。
このままでは話しが進まないので、結界を解いてレオが代表して問いかけることになった。
「一つ、聞かせろ」
「は、はい」
出会い頭に威圧された影響か、冒険者は緊張感をもって返事を返す。
「エルフ共は、精霊樹の蜜を出さなかったのか?」
「そ、それは、」
「「それは?」」
「エルフ達は、精霊樹の蜜を分けてくれなかったっす。いや、今回だけでなく、ここ数年前精霊樹の素材も、一切出てきてないんっす。だから、俺は!」
仲間?と共に精霊樹の蜜を求めて、この精霊樹まで彼等はやって来たようだ。
「お願いだ、お願いします!俺に、精霊樹の蜜を分けてください!」
お願いします、お願いしますと繰り返す男に、イチとレオは顔を見合わせる。
まあ、エルフの話しがなければ、蜜を渡しても良いかという気分になっていたので、彼に渡す事に問題はない。
「良いですよー」
「え?」
「ねぇ?」
「ああ、問題ない」
「あ、ありがとうございます!」
「でね?冒険者君、君のお名前は?私は」
「おい」
名乗ろうとしたイチは、レオに止められる。
「名乗るつもりか?」
「名乗るつもりはなかったがやけどね、町に知り合いがおったら、行った時に楽やん」
「町に行くつもりなのか?」
イチの目論見に、レオは嫌そうに眉をしかめる。彼は、この迷宮から出たくはないのだ。
「まあ、そのうちにね。だってさ、焼き肉の鉄板とか、レオ君のカトラリーを仕入れたいやん!」
迷宮から出たくないレオに対して、イチはたまには町に行きたかった。町に住み着くつもりはないが、欲しい物はあるのだ。
「て、鉄板?」
イチの予想外な要求に、レオはきょとんと目を丸くする。
「私等は迷宮の外知らんやん。もし町に行っても、良く分からんやん。この人悪い感じせんし、案内してもろうたらえいと思うがって」
「私は、町には行きたくないのだが」
「まさか、レオ君。1人で行けとか、言わんよね!?」
「言う訳がない!」
イチのとんでもない台詞に、レオも思わず声を荒げる。
「お前を1人で町に行かせるだと!?確実に人攫いにあって、帰って来れなくなるぞ!」
「ぐぅ、否定が出来ん」
「あのぅ」
「はいはい?」
「ん?」
1人放って置かれた冒険者は、恐る恐る言い合う2人に声をかける。
「俺は、レイベルトです」
「私はイチです。こっちはレオ。レイベルト君、蜜あげるんで私達が町に行った時に、道案内してくれません?」
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