幕間 祝杯を挙げよう

 「祝杯を挙げよう!」

 レオが狩りから戻ると、イチが言った。

 「何に対して?」

 「これ!」

 ジャーン、という効果音が付いてもおかしくない程の勢いでイチが取り出したのは、渋めのピンク色に染められた褌。

 ついに完成した褌第1号である。

 「何故、ピンクなのだ!」

 レオは知っている。

 イチは、褌を様々な素材を使って染めていた。褌の色は、ピンクだけではない。

 「他のはまだ色が薄うて、納得がいかんがよ。これが、私が納得のいった第1号の褌です!」

 良い笑顔でびっと親指を立てるイチは、それは楽しそうだ。

 「さあ、さっそく履いて。んで、完成祝いのお客をしよう!」

 「お客?」

 「うん?ああ、宴会の事」

 イチの生まれ育った土地の方言であるが、レオには通じなかったようだ。

 手短に説明し、レオの手にピンクの褌を押し付ける。

 「・・・・・・」

 自分の手の中にある褌をじっと見つめ、レオは溜息を吐く。

 イチだけではない。女王、他の番人達までが、固唾を呑んでレオの動向を見守っている。

 もはや、履く以外の選択肢は無い。

 「くっ」

 レオは観念し、大人しく褌を履いた。

 「やった。やったよ、女王。レオ君が履いてくれたよ!」

 観念して褌を履くレオにイチと女王は歓声を上げて喜び、釣られた番人達がくるくると回る。

 「これ、女王達の分ね」

 大量の肉や野菜、果物を大きな葉っぱの上に並べ、イチは満面の笑みでレオを手招く。

 「今日はお祝いやき、焼き肉で!」

 ご馳走と言えば焼き肉。そんな固定観念がイチにはあった。

 バーベキューコンロも鉄板もないので、フライパンを3つ並べて追加で焼く用意をし、前もって焼いていた山盛りの肉と野菜の皿を出して、タレの器とグラスをレオに手渡す。

 「にんにく?」

 「あ、苦手?苦手やったら普通の焼き肉のタレもあるで?」

 市販の味噌と潰したにんにく、すりおろし林檎と胡麻を入れて作った特製の焼き肉のタレ。にんにくをかなり効かしているので、苦手な者は苦手だろう。

 イチも子供の頃はこのタレが苦手で、金色のタレの甘口の世話になっていた。なので、金色のタレは甘口と辛口両方を揃えている。

 「いや、これで良い」

 「駄目やったら言うてや」

 その時は金色のタレ(甘口or辛口)の出番だ。

 油を引いたフライパンに野菜と肉を投入し、次にイチが取り出したのは茶色の瓶。

 瓶ビールである。

 「焼き肉には、これよね」

 「それは?」

 「ビール。レオからしたら、異世界のお酒やね」

 「ほお。それは、興味を引かれるな」

 「でしょ」

 栓抜きで王冠を外し、レオのグラスにつぐ。イチのグラスには、レオがついでくれた。

 「いかんいかん」

 乾杯をする前に、もう一つグラスを取り出し、ビールを注いで鳥居の前に備える。

 此処に来てから初の酒なのだから、神様へのお裾分けである。

 「改めまして、レオ君の褌に乾杯!」

 「・・・・・乾杯」

 褌なんかに乾杯したくはないが、楽しそうなイチに負けた。

 グラスとグラスを軽く合わせ、一気に飲み干す。

 「げふ。すまん。しかし、これは旨いな」

 ビールの炭酸で思わずゲップをしてしまったレオは、恥ずかしそうにしながらビールの感想を述べる。

 「シュワシュワとして驚いたが、苦味と喉越しが良い」

 「でしょ。焼き肉には、やっぱりこれやって」

 恥ずかしそうなレオに突っ込む事はせず、イチは上機嫌でレオのグラスにビールを注ぐ。お返しに、レオもイチのグラスにビールを注いだ。

 「む、このタレもなかなかいけるな」

 「そう?なら、良かった」

 にんにくは好き嫌いが別れるので、少し心配だったのだ。

 「好きなだけ、焼いて食べてね」

 生肉の皿と野菜のザルを、取り出した座卓の上に並べる。

 「ビールも、まだあるきね」

 「ああ」


 「ねぇ、レオ君」

 「なんだ」

 「なんか、おかしくない?」

 たくさんの空き瓶を前に、イチは不満そうに言う。

 「全然酔わんがやけど」

 イチは、酒は好きだが強い方では無い。これ程飲めばべろべろの酔っぱらいになるはずなのだが、ほろ酔いにもなっていない。

 それどころか、まったくの素面である。

 おかしくないかとレオに問う。

 「当たり前だ」

 「?」

 「私もだが、お前も状態異常無効があるだろう」

 「あっ」

 酔いとは、状態異常の一種である。状態異常無効を持つ2人が、酔う筈がない。

 「私も酒は好きなのだがなぁ」

 いくら飲んでもまったく酔わないので、レオは酒を飲まなくなっていたのだと言う。

 「数百年ぶりの酒だが、まったく酔わんな」

 「ええー」

 イチは、ショックを受けた。

 「ほろ酔いにもなれんなんて!」

 ―お酒は、ほろ酔いが一番楽しいのに!

 「?」

 イチはすっくと立ち上がり、鳥居に向けて二礼二拍手。

 「神様仏様ご先祖様!せめて、ほろ酔いになりたいです!」

 そして一礼。

 かなり真面目にアレな事を願い、満足して元の場所へ座るのだった。

 「この瓶は、空けようね」

 「ああ」

 

 その日から、イチは時々レオと共に酒を飲むようになり、酔わないと分かるとまた鳥居に願い、また飲んでは願いを繰り返すようになった。

 イチの願いが叶い、ほろ酔い状態に2人揃ってなれるようになったのは、7度目の願掛けの後だった。

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