褌を巡る日々の諸々 6

 森は、美しかった。

 古いものと新しいものが混じり合う木々。

 それぞれの適地で咲き誇る花々。

 食う食われるの命のやり取りを繰り返す強靭な生き物達。

 始めの照れを忘れて夢中になって見つめるイチだったが、レオがいなかったら秒で食われて死んでいる。

 「大丈夫か?」

 「なんとか・・・・」

 「そうは思えんのだがな」

 間近で繰り広げられる命のやり取りに、虫位しか殺した事の無い現代っ子なイチは、気分が悪くなってしまっていた。

 レオの首にしがみつく元気もなくし、今ではクーの糸をおんぶ紐のようにして、彼の背中に括り付けられている。

 「まぁ、正直結構キツいけどさ。慣れんと生活するのに大変やん」

 「女王の領域にいれば大丈夫だと思うがな」

 「引き籠もりは嫌!」 

 女王の領域を出ても、迷宮には籠もっているのだから、結局は引き籠もりなのだが、イチの中では少し違っているのかもしれない。

 「それに、レオ君には面倒掛けて悪いけど、私は森へ出てみて良かったと思うよ」

 「そうか?此処は強い魔物が多い。お前には向かないと思うが」

 「そういうんじゃない!」

 何度も繰り返しになるが、大切な事なので何度でも言おう。

 イチに戦闘系のスキルは無い。攻撃魔法として使えるかもしれないのは、今の所罠魔法のみ。純粋な戦闘能力はない。

 レオは、イチの戦闘相手として魔物を見ているのだが、イチが言いたい事はそうではない。

 「そういう戦闘的な理由で、森に出て良かったがやないが。綺麗な物をたくさん見れたから、出てきて良かったが」

 「よく分からんが。それなら、もう少し精神力を鍛えんといかんな」

 「うぅ。ですよねー」

 レオの注告に、さらに脱力して同意する。

 「まあ、迷宮では死体は残らんからな。外で慣れるよりはましだろう」

 不思議な事に、迷宮内で死んだ者の体は残らない。死んだとたんに迷宮に取り込まれ肉や皮、魔石といった何かを残すのだ。ただ、それまでに流れた血は、何故かそのまま残されゆっくりと吸収される。

 迷宮とは、よく分からない不思議な場所なのだ。

 「そうやね。解体で、内臓とか見たら吐く自信があるで」

 「おかしな事に自信をもつな」

 「軟弱な現代っ子は、魚が捌けりゃ上等なが。30㎝位のやつね!」

 レオの、感心したような顔を見て、慌てて付け加える。すると拍子抜けしたような顔をされ、あちらとこちらの魚には大きな違いがあるのだと悟る。

 後から知ったのだが、レオの中で魚とは魔魚。魔物化した魚を魚と認識していた。

 「そうか、雑魚か」

 そういうレオの認識は一般的では無いのだが、残念な事にイチは知らなかった。

 「あっちやと普通ながやけどねぇ」

 こちらでも普通である。

 レオの認識がおかしなだけだ。

 「気分は良くなったか?」

 「うん。たぶん」

 「そうか。では、移動を再開しよう」

 「うい~」

 嫌そうに同意し、結界と身体強化をかけ直す。

 「お手柔らかにお願いします!」

 「あそこに黄色い花があるぞ」

 イチの要求をレオは分かり易く聞き流した。

 「ちょっとレオ君?私の話しを聞いて?」

 「ん?いらんのか?」

 「あー!いるってば、戻って~」



 結界と身体強化を自分にかけてレオの動きに振り回され、乗り物酔いと目の前で繰り広げられる命のやり取りに気持ち悪くなり、休憩がてら素材を集め、魔物に負の効果をもたらす支援魔法をかけてはレオの背中で彼の戦闘を間近で経験する。

 そんな生活を3日続けたが、4日目にイチは森へ向かうレオを見送って女王の領域に残った。

 今日は、集めた素材で草木染めに挑戦だ。

 金属の鍋を使うと素材の煮汁が変色すると聞いたような気がするので、使うのはいつも米を炊いている土鍋とすり鉢&すりこぎ。

 イチに、草木染めの知識は無い。その為、素材を磨り潰すか煮出すかしか、色を取り出す案が無い。

 花や葉などの柔らかな素材は磨り潰してから水を加え、木の皮のような硬い素材は刻んで煮出す。

 そうして出来た染色液に、1本づつ女王お手製褌を浸す。

 さて、どのくらい浸せば良いのだろう。そういえば、煮汁の方は浸している間、火に掛けたまのだろうか。それとも、火から下ろしておくべきなのだろうか。

 「んうー、分からん」

 分からなかったが、取り合えず土鍋を火から下ろした。

 「あ、焦げた」

 どうやら、褌を浸す前に火から下ろした方が良さそうだ。煮汁も、なんとなく焦げて黒くなっている気がする。

 素材はまだあったので、焦げた煮汁はもう一度最初からやり直した。

 鑑定眼で見て、使った素材の名称を確認してノートに記入。後で褌の切れっ端を貼り付けて色見本を作ろうと心に決めた。

 「げ、手が変な色になった!」

 手が染色液で染まっていた。しかも、赤、緑、青の3色が黄色がかったイチの肌で混ざっておかしな色になっている。

 「まあ、綺麗にするがは後でえいか」

 素材は、まだたくさんある。どうせまた染まってしまうのだから、綺麗にするのは後で良い。

 一度作った染色液は大きめのタッパーに移し、すり鉢&すりこぎと土鍋を浄化して湯を沸かす。

 染めて、絞って干して洗う。

 「いかん、飽きた」

 同じ作業というものは、何故こうも飽きてしまうのだろうか。褌1本あたり3回染色液に浸して干してを繰り返して、それ以上染める事はやめた。

 「本でも読も」

 レオから貰った本を、彼の寝床にゴロリと横になって読む。

 靴は当然脱いでいるし、手は綺麗に浄化した。



 その日の夜、辺りが暗くなってからこっそりと世界樹の元へ戻って来たレオは、そこにある光が精霊虫が発するものしか無いことに慌てた。

 いつもなら、そこにイチが起こした焚き火の光があるはずなのだ。

 「イチッ!?」

 イチの身に何か起こったのかもしれない。

 貧弱なイチは、何が原因で死んでしまってもおかしくない。逸る心を抑えながら、イチを呼ぶ。

 「くふーーー」

 答えたのは、呑気な寝息だった。

 世界樹の根本のレオの寝床。イチがうつぶせに寝ている。

 微妙に伸ばされた手の先に、開いたままの本。

 「読書の最中に、寝落ちか。なんと呑気な」

 葉を本の間に挟み、脇に寄せる。

 「おい、イチ。起きろ」

 軽く、肩を揺する。

 「うぬぅ~」

 起きない。

 唸って身じろぐだけで、起きない。

 「おい、イチ」

 少し強めに肩を揺する。やはり、イチは起きない。

 「はあ。今夜は、作り置きか」

 レオは、おにぎりや焼いた肉をそれなりの量イチから持たされている。それもあって、あっさりとイチを起こす事を諦めた。

 「ん?中身がある。・・・・すっぱ!」

 おにぎりの中身は、勿論梅干しである。梅干しを食べ慣れていないだろうレオの為に、食べ易いよう種は抜いてある。

 レオは、たまにプルプルしながらおにぎり完食。今回のおにぎりは、梅干しおにぎりが半分以上あった。

 著しく食事でテンションダウンしたレオは、ジメジメした気分で寝床に入る。

 イチは勿論、抱き枕扱いである。

 「・・・・うぅ、血生臭っ」

 「は?」

 腕の中で、唸り声が上がる。

 起きたのかと思ったが、イチは目を閉じたまま、もごもごと言っている。

 「臭いぃ」

 「ぶっ」

 もごもご言いながら動いたイチの手が、レオの鼻面を掴む。

 「な、何を」

 「浄化~」

 「・・・・・もう少し、やりようがあると思うんだがな」

 全身綺麗になったのは有難いのだが、何というか、素直に有難いとは思えないレオのぼやきは、眠るイチには届かない。

 「しかし、また妙な物が増えたな」

 木と木の間に張られた蔦のロープに干された、最近見慣れた色とりどりな褌。

 「まあ、白一色よりはましか」



 同居人、イチとの生活は驚きと戸惑いの連続である。

 数百年ぶりに経験する、誰かと共にする生活。己以外の誰かのいる生活を、これ程心揺さぶられ、楽しいと感じるとは思わなかった。

 何より、イチ本人が面白い。 

 迷宮で畑を耕し、私に下着を履かせる為に危険な森へ入ろうとする。

 さあ、イチ。次はなにをするつもりだ?

 頼むから、危ない事はするなよ?

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