家と他所の迷宮 3

 「ねぇ、レオ君」

 「なんだ?」

 「早すぎん?」 

 「早すぎるなぁ」

 苺の種を播いたのは、4日前。目の前にあるものは、青々と茂る緑の葉。白い可憐な花と、大きく育った赤い実。

 「なんで、実がこんなに大きゅうなっちゅうが!?これは、さ〇のかなが!なんで、お〇きみ以上に大きゅうなっちゅうが!ありえんし!」

 「さ〇のかとか、お〇きみと言うのは何だ?」

 「苺の品種」

 お〇きみとは、大きな実のなる品種だ。イチが植えたのはさ〇のかの種で、大きくなっても全長3、4センチ程。今実っている苺はハンドボール程の大きさがあった。お〇きみだとしても、あり得ない程大きい。

 イチは、そのあり得ない大きさに戦く。

 「そうか、取り敢えず収穫するか?」

 「赤いのは、全て収穫でお願いします」

 番人達の手も借り、せっせと苺を収穫する。

 「もうっ。此処、土良すぎ!」

 文句のつけ所が、おかしい。

 

 

 「へえ、領主があのドワーフ達をな」

 クロウルの町では、精霊樹の蜜を持ち帰った英雄として、ガイアス達4人をアーバンが正式に発表した。

 ―持ち帰ったのは虎の子なのに、何故かしら

 「レイベルトは、まだ実績も信用も無い子供の扱いだからな。守るためだろう。別で、こっそり労われたんだろ?」

 ―ええ、何かを貰っていたわ

 「それに、領主としても、子供扱いのレイベルトよりも、既に実績のある実力者を英雄にしやすいのだろうよ」

 ―そうなの?ヒトって、良く分からないわ

 「そうだな。私もそう思うよ」

 魔族の社会も、人族と関わって随分と複雑になった。

 ―後は、そうね、その時に領主の子と客2人が虎の子に構っていたわ

 「子と客2人?ああ、片付けに出ていた子供と友人の黒獅子とその婚約者か」

 ―ええ、そう

 「領主の子は兎も角、黒獅子とその婚約者は面倒だな。その2人は、ちょっと注意して見ていて欲しい」

 ―ええ、お易い御用よ

 頷き、女王はするすると自らの住み家に戻って行く。

 「ああ、すまん。もう少し良いか?」

 そんな女王を、珍しくレオが呼び止める。

 ―なあに?

 「新しい迷宮は、どうだ?」

 ―冒険者達が、殺到しているわ

 新しい迷宮は、クロウルの町から北北西の方向に約50㎞離れた薄い林の中に、ぽっかりと口を開けている。 

 その入口の周りに領主アーバンは即席で壁を巡らせ、迷宮の管理を冒険者ギルドに委託した。

 「そうか。間引きは、されているか」

 ―気になる?

 「当然だ」

 ―無理矢理、あの子を連れて行っては駄目よ?

 「分かっている。それはそうと、レイベルトは今何処にいる?」

 女王は、浮き浮きとした様子のレオを、じとりと見つめる。

 ―貴方の希望通り、今は新しい迷宮にいるわ

 「そうか。実に、都合が良い」

 鉄板を手に入れる為に、自然と新しい迷宮へ向かえる。

 ―他の迷宮は、良く分からないのだから、程々にね?

 「ああ、分かっている」

 ―一応、信用するわ

 溜息を吐くような仕草をして、女王は今度こそするすると世界樹の幹を登って行った。

 「おやすみ」

 大きな欠伸を一つのし、周りで蠢く番人達に声をかけ、レオも巣穴に戻る。

 毛布にくるまって眠っているイチの姿に目尻を下げ、足を綺麗にして隣へ潜り込む。

 いつもの事ながら、身じろぎもしない程深く眠っている。

 警戒心の欠片も無い、レオを信頼しきっているが故の熟睡に、満足感とほんの少しの物足りなさを覚えぎゅっと抱き込む。 

 「う゛えぇぇ、ぐ?」

 「あ、」

 起きた。

 物理的に潰されれば、流石のイチも目を覚ました。

 「うう、中身、中身出るぅ」

 起きたとはいえ、目は覚めていないのだろう。ただ、もぞもぞと動き、無意味に腹を締める腕を叩く。

 「どうした?イチ」

 しれっと問いかけるレオを、イチのぼんやりとした目が見上げる。

 「・・・・・中身出るきぃ、腕緩めて」

 腕を外せと言わない所が、抱き枕状態に慣れた証拠だろう。

 「ああ、すまん」

 「抱き枕にされて死ぬとかさぁ、私嫌で?」

 ぶちぶちと文句を言いながらも、眠いのだろう。体勢を整えて、再び眠ってしまう。

 「早いな」

 もう少し寝惚けたイチを見ていたかったので、少し残念だ。

 「そろそろ、魔の森の攻略を再開するべきだが、苺も鉄板もある。何より新しい迷宮がなぁ」

 本格的な魔の森攻略は、もう少し先になりそうだ。



 「さあ、今日も収穫頑張るよ!」

 「うむ」

 朝食を済ませ、今日も苺の収穫をする。

 ただし、今日の収穫は苺だけではない。茄子と、ニンニクの収穫もしなければならない。

 いつも通り、番人達も総動員で収穫しまくる。まずは苺をむしりまくり、ニンニクを引っこ抜き、トゲに刺されながら大きくなった茄子をちぎる。

 収穫した物はイベントリに放り込めば良いので楽ちんだ。

 全員で取り掛かって昼前には終わった。

 「明日は、人参とトウモロコシやね」

 「そうだな」

 苺と茄子は次々に実がなり毎日収穫が出来るので、省く。

 「・・・・・鉄板は、どうするつもりだ?」 

 「そうながよねー」

 店主の話では、出来上がるまでに1週間。約束通りレイベルトが受け取ってくれているだろうが、クロウルの町を出てすでに二週間以上になる。

 そろそろ、受け取りに行かなければいけない。

 「苺と茄子がねー。いや、茄子は前も作っちょったき、ある程度は予測しちょったよ?苺がこんなになるとか、思わんし!」

 イチは苺の、レオは茄子の必要ない葉や枝を毟り取りながら会話を交わす。2人が毟った葉や枝は、毟った端から番人達が持って行くので片付けも楽ちんだ。

 「第一、何でこんなに花が咲いちゅうのに、実が小さくならんが!」

 「そうだなあ」

 否。

 会話と言うよりも、イチの愚痴だ。

 苺は、花が多く咲けばその分そこになる実は小さくなる。苺農家によっては、花を態々摘む所もある程だ。

 なのだが、この苺は花の数だけ大きな実がなる。

 少しも、小さな実のなる気配が無い。

 「大きい実がなるがは、嬉しいがやけどねー。向こうで苺を世話した事もある身としては、複雑ー」

 ぶつぶつと文句を言いながら、外側の葉を5枚、立て続けに毟る。

 つくづく、此処は向こうの常識が通じない。

 「まあ、此処は世界樹の聖域だからな」

 レオは種族柄まともに畑仕事をした経験がないので、イチの複雑な気持は分からない。

 隠居していた村でさえ、レオは常に狩りを担当していた筋金入りの狩猟民なのだ。

 「それで納得出来る所が不思議よねー。うん?あ、違う。違うよ、レオ君」

 「うん?」

 「苺やなかった。鉄板よ」

 「ああ、鉄板の話しだったな。どうするつもりだ?」

 「受け取りに行きたい」

 「茄子と苺はどうするつもりだ?」

 「それがねー」

 向こうなら実の多い少ないには波があるのだが、此処、聖域ではどうなのか分からないので予定が少々立て辛い。

 「ある程度採ったら、おらん間は番人さん達に食べてもらうとか?」

 イチの言葉に、近くにいた番人達がざわめいた。

 なんだか、嬉しそうだ。

 「反対は無さそうだな」

 「そうやね」 

 番人達は、火の入っていない生なら何でも食べる雑食性。

 2人がいない間も、進んで食べてくれて実が無駄になる事は無いだろう。

 「よし。明日、収穫が終わってから行こう!」

 「唐突だな」

 「思い立ったが吉日って言うやん」

 「知らん」

 「えー。あ、そうか」

 思い立ったが吉日という言葉は、イチが元いた世界の言葉であり、此方の世界の言葉ではない。

 勇者がいた国や、勇者が建国した国にならあるかも知れないが、レオは知らない。

 「思いついた事は、思いついた時にするのが良い。って意味の言葉」

 「思い付きをすぐさま実行に移すのは、どうかと思うが」

 レオの冷静な突っ込みに、すいっと視線をそらす。

 「・・・・まあ、そんな時もあるよね」

 「うむ。それに、収穫してから行っても町の門を通れるかどうかは、分からんぞ?」

 「森を出た所で、またキャンプしようや」

 「キャンプ?ああ、野営の事か」

 「そうそう、それ」

 「では、明日はハンバーグが食べたい」 

 「じゃあ、挽肉を作って」

 「任せろ」

 話しは、まとまった。

 翌日、苺と茄子。トウモロコシと人参の収穫を終え、葉と枝を欠く作業を終わらせてから、番人達と女王に畑を頼み、鳥居に一礼して出掛けて行くのだった。

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