家と他所の迷宮 2

 夜更け、腕の中に抱き込んだイチが深い眠りに入った事を確かめ、レオはそっと寝床を離れ巣穴から外へ出る。

 大小様々な大きさの番人に囲まれながら、するすると降りてくる女王を迎える。

 「ほお、領主の客の手の者が冒険者共を追いかけて来ていたのか」

 ―どうしてかしら?

 「さあ?イチに害が無ければそれで良い」

 ―そうね

 「引き続き情報収集を頼む」

 ―任せておいて

 今夜の女王との語らいは、此処まで。

 寝床に戻ったレオは、再びイチを腕に抱き込み眠るのだった。

 


 「お、根っこが出てきた」

 苺から取った小さな種。水に浸した布に並べていたのだが、その種から根が出てきた。

 「さて、これからどうしたら良いがやろう?」

 苺の種の取り方は知っていても、それから先は知らない。水に浸した布の上に並べたのも、実は何となくやってみただけだ。

 「埋めてみたらどうだ?」

 ここ数日、イチと常に行動を共にしているレオが、提案を投げかける。

 町でのストレスを理由にして、狩りに行く時でさえ連れ出すのだ。

 「埋めるって、大丈夫やろか」

 「大概は、世界樹が何とかしてくれるぞ?」

 「そうやろか?」

 レオは、イチは世界樹に気に入られているから大丈夫だと、何度も言われているが、元の世界の常識が彼女の根底にはあるので、なかなか納得出来ないでいた。

 「ああ。試しに埋めてみろ。明日には芽が出ているぞ」

 「いくら此処でも、それは言い過ぎやって」

 苦笑いを浮かべて苺はやめようと思ったのだが、さっそく苺用の畦を作っている番人達を見て、諦めた。

 流石に、畦まで作ってくれているのに、埋めるのやめた、とは言えない。

 「番人さん達、苺の畦は、真っ平らじゃなくて斜めにして。そうそう、畦の右側と左側で高低差をつける感じで」

 「で?その種はどうする?ばらまくのか?」

 「畦の高い所と低い所で1ヵ所づつ、互い違いに埋めよう」

 イチがそう言うと、さっそく番人達が種を播く為の極浅い溝を畦に付けてくれる。

 「レオ君、そっち側お願い」

 「ああ」

 レオと対面して畦に向かう。

 「で?どうするつもりだ?」

 「互い違いになるように、播いていこう」

 「分かった」

 種を半分づつ持ち、溝に播いてゆく。

 種は小さく湿っていたので、手に張り付いてなかなか大変な作業だった。

 イチはまだ良かったのだが、レオの手だと肉球の間に種が挟まり手こずっていた。

 その度にイチにそっと手を差し出し、取ってくれと主張する姿が、とても可愛らしくイチの中のナニかが反応する。

 固いとも、柔らかいとも言えない、掌とはまた違う肉球の感触もすてきだ。

 ―ああ、なんか良い

 挟まった種を取りながら、そんな事を思っていた事はレオには秘密だ。

 「これで、明日には芽が出ちゅうが?」

 じょうろで水をまきながら、改めて問いかける。

 「ああ。所で、先程妙な事を考えていなかったか?」

 「ないよ?」

 不審そうなレオと、知らんぷりをするイチ。

 「「・・・・・・・・・」」

 視線を逸らしたのは、イチが先だった。

 「何を考えていたんだ?」

 「レオ君が可愛いなって思いよった」

 考えていた事はそれだけではないが、嘘は言っていない。

 「か、かわ?」

 「可愛い」

 「お前、目がおかしくなったか?」

 「酷くない?」

 「酷いのはお前の目だ」

 「レオ君は、たまに可愛いって!」

 「いや、お前の目はおかしい」

 「おかしくない」

 文句を言いながらじょうろを片付け、イベントリから番人達への差し入れに林檎を取り出す。番人達は数が多いので、ひたすら取り出す。

 林檎を入れている箱は、蜜柑が入っていた段ボール箱。複製で増やした林檎を、蜜柑箱に入れてまとめて増やしたのだ。

 「分けて食べてやぁ」 

 「おい、イチ」

 「クーちゃんとマーちゃんで、分けて食べてや」

 レオを無視して、林檎を2匹に手渡す。

 「私を無視するんじゃない」

 「ふぉっ!?」

 腋の下に手を入れて持ち上げられ、イチの口から思わず妙な声が上がる。

 「わざとで?」

 「無視はやめろ」

 「分かったって。はい、林檎」

 「うむ」

 両手の塞がっているレオは、イチの差し出す林檎を口で受け取り、咥えたままでイチの持ち方を変える。

 両手で腋の下を支えていた体勢から、左手1本での縦抱きへ。

 のしのしと歩きながら林檎を齧り、齧った林檎をイチの口元へ差し出す。

 「?」

 「分け合うのだろう?」

 「・・・・・・」

 レオの問いかけに、目を丸くしたイチの頬が、赤くなる。

 「どうした?」

 「何でもない」

 一つの物を分け合うという行為が、イチにはどうしようもなく照れくさかったのだが、レオはそうでもないらしく、平然と林檎を食えとばかりに口元へ近づける。

 ―ええい、女な度胸!

 「いただきます!」

 心の中で妙な気合いを入れ、林檎に齧りつく。

 「ぬおっ!?」

 「あ、ごめん!」

 勢い余って、レオの指にまで齧りついてしまったのはお約束だろう。



 「ふむ、領主の館に武装した集団、か」

 夜、イチが眠った後に、女王から子蜘蛛達の情報を聞く。

 「私と同じ黒獅子か」

 その武装した集団の中にレオ同じ黒獅子がいたそうだ。

 ―スタンピートの残党退治とか言っていたわ

 「そう言えばレイベルトがそんな事を言っていたな。まあ、此処にいる限り、関係はないか」

 ―そうね。でも、出る時は気を付けて

 「ああ。イチは、文句を言っていても楽しそうだったからな」

 町でのイチを思い出す。

 面倒だなんだのと文句を言いながらも、人と話すイチは楽しそうだった。今はしばらく行きたくない言っているが、レイベルトに受け取りを頼んだ鉄板の事もある。

 町に再び向かう事は、確定事項なのだ。

 「情報収集は、これからも続けてくれ」 

 ―あの子の為だもの。任せておいて

 「頼む」

 ―ええ。それで、さっそくなんだけど、残党退治の人達が新しい迷宮を見つけたみたいなの

 「なんだと」

 一大ニュースだ。

 迷宮とは、魔素の流れが澱んだ場所に出来き、魔素の消費と生産が出来る唯一の巨大生物。

 寿命を迎えるかコアを壊されるかするまで魔素を消費して魔物や鉱物など様々な物を生み出し、魔物や生き物の死体で魔素を生み続ける。自家生産、自家消費で尚且つ生産の方が多いとってもエコな生き物である。

 「そうか、そこから魔物が溢れたのか」

 知られていない迷宮は、消費と生産のバランスが取れず、中で魔物が増え続けてやがて溢れる。

 だから、溢れた魔物に刺激され、スタンピートが起きたのだ。

 ―しかし、新しい迷宮か

 にやりと怪しく笑ったレオは、女王に礼を言って巣穴に戻るのだった。


 

 「お、おおおぉお!」

 朝。

 起きて身仕度を整えたイチは、一番に畑へ向かう。

 苺の畦を確認し、戦く。

 芽が、出ていた。さわさわ出ていた、もう芽と言えないほど育っている。

 葉だ。

 葉の塊だ。

 「育ちすぎやろ!」

 イチ、びっくり。

 「何を騒いでいるんだ?」

 イチの声に、寝ていたレオがごそごそと寝床から出てくる。

 「おはよう、レオ君。苺がって、またかい!」

 「?」

 振り返ったイチは、大声で突っ込む。

 何故イチが大声を上げたのか分からないレオは、首を傾げる。

 「褌、忘れちゅう!」

 「おや?」

 レオは、素っ裸だった。

 「おや?じゃない!ぶらぶらさせんと、さっさと仕舞う!」

 下着と服を着るようになったレオだったが、たまに面倒くさがって素っ裸になるのだ。その日は、何を言っても褌しか履いてくれない。

 頑張ってズボンもベストも着てもらえるようになったのに、今日は駄目な日だ。

 「えー」

 「えー、じゃないの。そんな可愛い事言わんと、褌履いて」

 イベントリから、新品の褌を取り出し押し付ける。

 「か、可愛いってな・・・・」

 また可愛いと言われてしまったレオは、項垂れながら褌を受け取り、締めながら首を傾げる。

 「?」

 「それ、新作」

 「目の痛い配色だな」

 蛍光色に近い、赤と黄の縞々模様。

 細く切った布を赤と黄に染め、態々女王につないでもらった自信作だ。

 女王の技術は凄まじく、触って確認しても継ぎ目が分からない逸品だ。

 「こんな色、どうやって染めたんだ?」

 だが、レオは女王の縫製技術よりも、色が気になるようだ。

 見ていると、目が痛くなりそうな、蛍光色の赤と黄色。いったい何で染めたらこんな色になるのかと、前垂れをいじりながら疑問を口にする。

 「なあ、これ」

 「秘密」

 「なあ」

 「秘密」

 「・・・・・そうか」

 目に痛い色の由来は、イチの口からは聞けそうにない。なので番人達に目を向けるが、その端から逃げられる。

 ―いったい、何を使ったんだ・・・・

 レオの疑問は、解けそうにない。

 「ん、せめて下着は着けんとね」

 レオの縞々褌姿に、イチは満足そうに頷く。

 「ああ、そんな事より、苺よ!」

 「そんな事ではないと思うが。で?苺?」

 「なんか、わさわさ生えた!」

 「此処は、聖域だからな。おお、これは中々」

 イチの驚きを、当たり前の事だとしていたレオだったが、苺の畦を見て目を剥いた。

 レオの想定以上に、わさわさしていた。

 「ね?なんか凄いやろ!」

 「ああ。これは、予想以上だ」

 「葉っぱ多すぎやき、かくの手伝って」

 「はいはい」

 増えすぎた葉を、向かい合って毟る。毟る。ひたすら、毟る。

 今日も、聖域は平和だ。

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