家と他所の迷宮 4

 「あ」

 「どうした?」

 精霊樹の転移陣から、魔の森の外を目指して歩く途中。そろそろ外縁かといった所で、イチが足を止めた。

 釣られて、レオの足も止まる。

 「何か、森の外に人が集まっちゅう」

 「人?」

 「えっと、ちょっと待ってや」

 世界地図で人と魔物の区別は一目で分かるのだが、人族と魔族の違いはじっくり見ないと分からないのだ。

 「あ、全員魔族やわ」

 「数は?」

 「10人くらい」

 「冒険者にしては多いな」

 レオはぐいっと眉間に深い皺を寄せ、イチの頭の上にいるクーを見て、自分の耳に指を持っていく。

 「わ、ちっちゃい番人さん!」

 レオの指に乗ったのは本当に小さな番人。体長2㎝、黒いボディの体側に白いラインが一本づつ入った可愛らしい番人だ。

 「森の外にいるのは何者だ?」

 「え、レオ君も番人さん連れちょったが?」

 小さな番人に、イチは興味興味津々だが、レオは答えずちょいちょいと番人を指でつつく。

 「リーヴェル家からの使者?」

 森の外にいる集団は、シルヴィアからレオに向けた使者だった。彼等は、2人を領主館のシルヴィアの元へ招待する事が目的だと言う。

 ―ちっ。しつこい連中だ

 以前町に行ったとき、シルヴィアの使者と2人は入れ違いで会わずにすんだ。だが、彼女は諦めず、レイベルトから2人が魔の森を拠点にしていると聞き出し、使者達はいつ現れるとも知れないレオとイチを待ち構えているのだった。

 「レオ君?」

 「貴族のお嬢さんが、私達に会いたくて使者を待ち伏せさせているようだ」

 「え、何それ」

 「私も分からん」

 「え?耳?その子、耳ん中に入れちゅうが!?」

 レオの連れている子蜘蛛の普段いる場所に、イチは思わず突っ込んでしまう。

 「此処が、1番安全だからな」

 レオの連れている子蜘蛛は、小さすぎて何処にいるのか分からなくなってしまうので、不意に動いて潰してしまわないよう普段は耳の中に入れている。

 「だからってさぁ」

 「流石に、穴の中には入らさんぞ。ほら、此処だ」

 「あ、本当」

 レオはしゃがみ、イチにも耳が見えるようにして指差す。

 子蜘蛛は、レオの丸い耳の外側で、被毛に埋もれるように隠れてじっとしていた。

 「ちっちゃくて、可愛いね。ねぇ、こん子の名前は?」

 「まだ付けていない」

 「は?」

 「まだ、名付けてはいない」

 「えー、付けてあげやぁ」

 「まあ、そのうちな」

 レオは、ひょいとイチを抱き上げ歩き出す。

 「どうしたが?」

 「森の外にいる連中の横を、回り込んですり抜ける」

 「あー、そうやね。私らの事を待ちゆう人等ぁには申し訳ないけど、面倒そうなのには関わりたくない!」

 「ああ」

 「でも、どうするが?」

 使者の横すり抜けプランにおいて、運んでくれているレオにお任せなイチは、呑気にどうするかと問い掛ける。

 「奴等の視界に入らない所まで移動して、夜になってから移動する。今日のハンバーグはやめて、別の臭いが少ない物にしてくれ」

 「分かった」

 ―臭いの少ない物かぁ。どうしよ

 イチが今晩の献立に頭を悩まされる姿をちらりと見下ろし、レオはゆっくりと駆け出す。

 まずは、南へ下がる。下がって待ち構えている者達の目を逃れ、夜を待つのが良いだろう。


 魔物や冒険者を避け、魔の森の外縁に留まり、じぃーっと夜を待つ。

 「ねぇ、レオ君」

 「なんだ?」

 「暇」

 「そうだな」

 周りに人除け、魔物除けの結界を張った木の下で胡坐をかいて座るレオの上に座り、ぼんやりと呟きあう。

 隠れているので、大声は出せない。そして、出来る事も特に無い。

 「後、どれくらいで夜になるがやろう」

 「3時間程で暗くなり始める」

 「まだ、長いねぇ」

 ぼんやりと呟きながら、イチはマーを両手で掴み、ぐにぐにと揉む。

 「そうだな」

 クーはレオの頭の上で仁王立ちをし、その更に頭の上でレオの子蜘蛛がおなじように仁王立ち。

 「あ」

 「?」

 「レオ君は、ちっちゃい番人さんの名前を考えてあげたら?」

 「あー、名前か」

 唸ったレオは、黙って頭を抱える。

 「私、名付けは苦手なのだよ」

 「大丈夫やって、私も大概やん」

 蜘蛛のクーちゃん。形が饅頭に似ているから、饅頭。とんでもない、実に残念なネーミングセンスをしているイチだった。

 「・・・・それは、そうだな」

 イチに揉まれているマーを何とも言えない表情で見て、すっと目をそらす。

 頭に手を持っていくと、指に飛び乗る子蜘蛛。

 「ふむ」 

 「・・・・・・・」

 目の高さでじっと見つめる。

 小さな子蜘蛛も良い名を期待しているのだろう。さっと前側2本の脚を振り上げ、ポーズを決める。

 レオがいったいどんな名を付けるのか、イチも興味津々だ。

 「ぬぬぅ。よし、お前の名はスーだ」

 「なんで?」

 「体に白い筋があるだろ?」

 「なるほど、白い筋のスーちゃんか」

 白いライン、筋があるからスー。

 「分かりようてえいね」

 「うむ。名前は、分かりよいものに限る」

 どうやら、2人のネーミングセンスは、似たり寄ったりの酷いものであるようだ。

 兎に角、レオの連れた子蜘蛛の名が決まった。

 「「・・・・・・」」

 する事が、無くなってしまった。

 「暇」

 「そうだな」

 「ブラッシング、してえい?」

 「頼む」

 新たな暇つぶしが見つかった。このように、暇と闘いながら夜を待ち、暗くなってからやっとクロウルの町を目指して出発した。

 ちなみに、この日の夜ご飯は此方に来て初めてのパン。

 彼方から持ち込んだ、チーズがたっぷり入った硬めのパンなのだが、こんな美味い物を何故今まで隠していたのかと拗ねられて、機嫌を直してもらうまでが少し大変だった。

 レオに言えば呆れられるから言わないが、別にイチはパンを隠していた訳では無い。持って来ていたことを忘れていただけだ。



 「おはようございます。お久しぶりですね、レオ殿、イチさん」

 門が開いてすぐに現れた2人を迎えたのは、以前もあった人相は宜しくないが、優しい衛兵達の隊長、シグマ。

 「ああ」

 「おはようございます。お久しぶりですね、シグマさん」

 後ろに並ぶ者がいないのを良いことに、立ち話に興じるイチとシグマに、レオはそっと溜息を吐く。

 「今日は、早いですね」

 「ええ、いつまでも放っておいたらレイベルト君に悪いですからね」

 「おや、レイベルト君が目的ですか?」

 「以前来た時にお願いしてた事があるんです。レイベルト君、今町にいます?」

 イチの何気ない問い掛けに、シグマは内心で冷や汗をかき、レオは内心でほくそ笑む。

 リーヴェル家のシルヴィアの事もあり、領主館に2人を誘導したいシグマと、レイベルトが迷宮にいると知ってはいても言えない迷宮に行きたいレオ。

 正反対の目的を持つ2人の、正反対な心の内が、正反対に沸き立っていた。

 ―聞かれてしまった!

 ―良く聞いた!

 「シグマさん?」

 「え、ええ、レイベルト君の所在ですか」

 「そうです。レイベルト君、今町にいますか?」

 「いえ、今は町にはいません」

 「ありゃ。依頼で、別の町ですか?」

 レイベルトは冒険者だ。いつも町にいる訳はないかと、残念そうにしながらイチは更に問い掛ける。

 「いえ、迷宮です」

 「魔の森ですか?」

 それはおかしいと、不審に思う。

 世界地図を広げたとき、知らない魔族の反応はあったが、レイベルトの反応は無かった。

 「いえ、魔の森ではありません」

 「魔の森じゃない?」

 「ええ、此処から北北西に50㎞程行った所に新しい迷宮が発見されたんです」

 「新しい迷宮!?」

 「ええ。つい先頃起きたスタンピートの発生源です。領主様な御子息様と御友人が、発見されたんですよ」

 「えっと、レイベルト君はそこに行ったんですか?」

 「そうです。新しい迷宮は当然未攻略なので、地図を作る仕事や荷運び等の仕事がありますし、危険がある分お金にもなるんです。幸い新しい迷宮は積層型で、浅い階層は難易度も低いので、レイベルト君のようなソロの低級冒険者でも稼げるのですよ」

 「へえー」

 なるほどと頷き、おかしな程大人しく話しを聞いていたレオを振り返って見上げる。

 「「・・・・・・・」」

 とても、良い笑顔を浮かべていた。

 ―あー、これは行かんといかんろうねぇ。まあ、鉄板を受け取らんといかんしねぇ 

 「行く?」

 「行かない選択肢があるとでも?」

 「ないよねー」

 ―鉄板あるもんねー

 「ないな」

 「町へは、入られますか?」

 「や、入るのやめます」

 「このまま新しい迷宮ですか?」

 「はい」

 「うむ」

 シグマへな答えは、2人共同時だった。

 ただし、浮かべた表情はまったく違う。

 レオは好戦的な笑みを唇の端に浮かべ、イチは仕方ないなぁ、行きたくないなぁとでも言いたそうな苦笑いだ。

 「すいません、お邪魔しました」

 「邪魔したな」

 そうしてさっさと去って行く2人を笑顔で見送り、シグマは部下に対して言うのだ。

 「黒獅子殿達が新しい迷宮へ向かったと、領主様に知らせてください」

 ―リーヴェル家のお嬢さんは、また手をすり抜けられてしまいましたねぇ

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