2章 初めての外出
初めての町
「町の名前はクロウル。領主はアーバン・クロウル」
レイベルトとの出会いから一週間後、イチとレオの2人は迷宮の外を目指して歩いていた。
「良くこんな事調べれたね」
「女王のお陰だ」
イチが町へ行きたがっている事を知った女王は、レイベルトが帰っていった町へ子蜘蛛を放ち、町を調べ挙げたのだ。
そして、イチは知らないが子蜘蛛達は未だ町に潜伏しており、町の主要人物を見張り、女王とレオに情報を流し続けている。
その情報を受け取る為に、レオにも女王の子供が一匹引っ付いていた。
「流石、女王は凄いねぇ」
「そうだな」
「クロウルの町かぁ。どんな所やろうね」
女王の手腕に驚きながら、わくわくしながらレオを見上げる。
異世界生活2年目にして初の町なのだ。イチのテンションは高かった。
「さあ?だが、魔の森に最も近い町だ。それなりに発展はしているだろう」
「そうなが?」
国の中心から遠い、国の端っこな迷宮に一番近い町だ。イチは鄙びた田舎の町を想像していたのだが、実際は違うようだ。
「ああ」
魔の森という巨大な迷宮に近い町は、確かに辺境と言われる。言われているが、鄙びた田舎ではない。
魔の森から最も近いが故に危険も多いが、得られる素材を一手に扱っている為に、冒険者や職人、商人等の人が多く集まり、下手な町より発展しているのだという。
ただし、その町以外は田舎の傾向が強い事は確かだ。
「へえ、楽しみやね」
「うん?そうだな」
「レオ君は、何年ぶりの人里?」
「迷宮に籠もって以来、行っていないな」
それはつまり、最低350年は町に行っていないということだ。
「半端ないねぇ」
のんびりと、歩いてまずは迷宮の外へ。それから町へ向かう。
町は冒険者の足で歩いて半日らしいので、イチの足でも夕方には着くだ予定だ。
「あ、ね、あれって外?」
イチの呆れ顔が、ぱっと明るくなる。
その視線にあるのは、森の切れ目。
「レオ君、あれって森の外!?」
何気に、イチは迷宮の外に出た事が無い。初めての迷宮の外にテンションが上がる。
「ああ、外だ。350年ぶりだな」
「レオ君、はよ行こう!迷宮の外ってどんながやろう!」
レオのテンションの低さと、イチのテンションの高さが正反対過ぎる。
「おい、待て。迷宮で走るな」
「うっわ、嘘やろ!?想定外すぎる!」
レオの制止を振り切り、駆け足で魔の森の外へ出たイチは、目の前に広がる予想外の光景に声を上げる。
「サバンナー!!」
「何だ?それは」
2人の前に広がるのは、乾燥した広大なサバンナ。遠く北には、真っ白な巨大山脈の連なり。
「え?森を出たらサバンナって、どういう事?」
何だか気候がおかしい気がするが、レオ曰くこれは魔族の国を囲む巨大な3つの迷宮が干渉しあい、魔族の国は世にも不思議な環境となっているらしい。
因みに、魔族の国を囲む迷宮は、南に幻惑の砂漠。北に断絶の氷壁、東に魔の森だ。西に迷宮はない。海だ。
「行くぞ」
「はいはーい。うっわ、あっつい」
レオを追い掛け森を出て、好奇心に負けてイチはポンチョを脱いでみたのだが、その瞬間に襲いくる乾燥した暑さに、慌てて着直す。
「うん、これは脱いだらいかんね」
「お前は、いったい何をしているんだ?」
「ちょっと実験」
呆れ顔のレオに笑顔で返し、追い掛けて並ぶのだった。
「おお、でかい」
太陽が西に傾きかける頃、2人は町を守る城門の前にいた。
少し高くなった丘の上。魔物の群れを防ぐ為の、高くぶ厚い壁と大きな門、町へ入る為に並ぶ人の列。ケモミミやケモシッポの獣人、ずんぐりむっくり筋肉質なドワーフ、シュッとして耳の長いエルフ。角と羽を持つ悪魔。そして、武装した冒険者達。
―おお、ファンタジー!
人族とは違った、見た目からしてファンタジーな人種の面々に、イチのテンションが盛り上がる。
「すごいね、レオ君」
「以前には、考えられない光景だな」
人族と魔族が戦争をしていた500年前。不当に奴隷に落とされた魔族を、解放しようと陰で暗躍していた400年前。
人族と魔族が、融和する以前しか知らないレオに、人族と魔族が入り乱れ普通に隣り合って存在しているこの光景は、何とも言えない複雑なものを感じさせた。
「並ぶ?」
「そうだな」
「「!?」」
2人が最後尾に並ぶと、前に並んでいた人々が、ざわりとざわめいた。
イチはフードを被り顔を隠しているが、レオはどうやっても隠せないので、堂々と獣顔をさらしている。
獣頭の黒獅子は珍しいので、じろじろ見られると前もってレオに教えられていたので、イチはただ溜息を吐くだけでそれほど動揺せずにすんだ。
―何この珍獣扱い。無いわ~
内心でぼやきまくり、高い所にあるレオの顔を見上げる。
「買いもんは、明日でえいよね?」
「ああ。何を買うんだ?」
「レオ君の食器」
「それ以外だ」
「食材?あ、屋台とかあるやろか?」
「あるんじゃないか」
「レイベルト君に会えるかな?」
今回、町に出る切っ掛けになった冒険者を思い出す。
イチは彼とは糸越しにしか会話をしたことがないので、顔を合わせる事を密かに楽しみにしていた。
「町にいれば、会いに来るだろう。あの男は、なかなか律義だったからな」
「そうやね」
のんびりと話しながら順番を待っていると、30分くらいで2人の順番になった。
門番の衛兵達は毎日同じ確認作業をしていて慣れているのだろ。中々に仕事が早い。
門の左右に3人づつ揃いの制服を着た門番達が立ち、イチとレオは左側に誘導された。
「身分証の提示をお願いします」
「あ、私達身分証持っていないです」
イチは別の世界から召喚に巻き込まれて此方に来たので、此方の身分証なんて持っている訳がない。
レオがまだ引き籠もっていない現役時代、魔族は身分証を持っていなかった。
「では、仮身分証を発行しますので、別室で手続きをお願いします」
身分証のない2人は別室に案内されることになった。
3人いた門番の内1人に案内されたのは、門を入ってすぐの詰め所。
門番の衛兵から、詰め所に待機していた衛兵に申し送られる。
詰め所には、衛兵が6人待機していた。建物の中は、交番を想像して欲しい。
身元のはっきりしない2人は、不審者予備軍でもあるので衛兵に油断なく見られていたが、扱いはとても丁寧だった。これも、恐らくは獣頭の黒獅子効果だろう。
「これに名前を記入してください」
詰め所に入ってすぐのカウンタに案内され、名刺程の大きさの紙を前に置かれる。
イチとレオ、1人に1人衛兵が付いて、残りの4人はカウンターの向こうにに並んだ机で嫌そうに事務仕事をしている。何だか、本当に交番っぽい。
「名前だけで良いんですか?」
「ええ。名前だけでかまいません」
「はいはい、分かりました」
ペンを借り、名前を書く。此方の字は知らないのだが、スキルのお陰で手が勝手に動いてくれるので便利だ。
「書けました」
「では、紙を此方に入れて、この玉に手を置いてください」
―なんか駅の自動改札みたいやねぇ
紙が四角い台座に吸い込まれる様子を見てそんな感想を持ちながら、台座の上に乗った黒い石のような玉に手を乗せる。
―あれ?
魔力が吸い込まれるような感覚を覚え、首を傾げる。
「魔力を登録して、先程の紙を仮の身分証にするんです」
「へぇ、便利なんですね」
「ええ。ただし、有効期間は4日なので、過ぎる場合は此方で手続きをお願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
吸い込まれた紙が台座からひょいっと吐き出され、衛兵からイチに手渡される。
「?」
台座に入れる前と後で、全く違いが分からない。
「あ、」
隣で同じ作業をしているレオを横目に見ながら、手続きをしていない連れがいる事に気付いた。
「どうしました?」
「この子達はこのままで良いですか?」
ポンチョの下に隠れてじっとしていたクーとマーを取り出し、衛兵に見せる。
衛兵6人、全員の目がクーとマーに集まる。
「これは、スライム?」
「こんな蜘蛛は、始めて見るな」
彼等にとってこの2匹はとても珍しいようで、わいわいと楽しそうに盛り上がる。
「この子達も一緒で大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ね、隊長」
「ああ。ただし、2匹とも珍しいので盗難には気を付けてください」
「と、盗難!?」
びっくりな事を教えられ、ぎょっと衛兵の隊長を見る。
衛兵の隊長は、年の頃30代半ばの人族。穏やかな声と強面な顔が何ともミスマッチな人だった。
「良くない事を考える者は、どこにでもいるという事ですよ」
「気を付けます」
神妙な顔で頷くイチの頭を、レオがフードごと撫でる。
「気にするな。そいつらに手を出せば、出した者が死ぬというだけだ」
「それ、気になるって」
「そうか?危ないものに、手を出す馬鹿の自業自得だろう」
「・・・・否定出来ん」
「否定してください」
突っ込みを入れたのは隊長だったが、回りでは他の衛兵も、黙ってこくこくと頷いている。
「あ、はい」
イチ素直に頷くが、レオは肩を竦めるのみ。
「本当に、気を付けてください。あ、入門料は1人銀貨1枚です」
隊長はとりあえず2人を町に入れる手続きを終えたいようで、2人分の銀貨2枚、20000ディンを払うと、もう一度気を付けるよう注意をして解放した。
因みにだが、1ディンは大体1円だ。
「よろしいので?」
「黒獅子の古種なんて、私達にはどうしようもありませんよ。ただ、領主様には報告をします」
詰め所から、領主館に向けて黒獅子来訪の知らせをしに行く。
あの方とは別の獣頭の黒獅子来たる、と。
「まったく、領主様が回復したばかりだというのに、面倒事は勘弁願いたいものです」
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