初めての町 2

 「すいませーん」

 「おや、貴方方は先程の、」

 門番の詰め所を出たばかりの2人は、すぐに詰め所へ舞い戻った。

 「どうしました?」

 素早く反応して、問い掛けてくれたのは衛兵達の隊長。  

 「ご飯の美味しい安全な宿と、素材の買い取りをしてくれる所を教えてください」

 「ああ、そういうことですか」

 不思議そうにしていた隊長は、納得したのかにっこり笑って頷いた。

 強面は、笑っても強面だった。

 「ご飯の美味しい安全な宿なら、青い鹿亭が一番です。素材の買い取りは、この町は迷宮が近いので、冒険者ギルドが一手に引き受けて行っております」

 町の簡易地図を取り出し、指差しながら丁寧に説明をしてくれた。 

 宿は兎も角、冒険者ギルドは詰め所から出たすぐ近くにあった。

 何故なら、町の出入り口の近くにあった方が冒険者にとって便利であるし、衛兵の詰め所が近くにあれば、柄の悪い者に対する抑止力になるからだ。

 「なる程。あと、買い物にお薦めな店はありますか?」

 「買い物でしたら、この通りに朝からたつ市が安くて品揃えも良いのでお薦めです」

 「ありがとうございます、助かりました」

 知りたい事を聞き終えたので、頭を下げて今度こそ門番の詰め所を出る。


 「冒険者ギルドか」

 「うん。あんまり近づきたくなかったけど、仕方ないね」

 「ああ。先に宿を確保して、冒険者ギルドは後にするか?」

 「賛成」

 泊まる場所が無いと困る。

 少し歩く必要はあるが、隊長お薦めのご飯の美味しい青い鹿亭で一室を確保。一泊2食付きで、1人銀貨1枚と銅貨2枚。12000ディン。ビジネスホテルと考えれば高いが、旅館と考えれば安い方だろう。

 そんな印象を持ったが、宿の女将はレオを見ても少し驚いた様子を見せただけで、後はあ普通に接客をしてくれたので、イチは中々に好印象を持った。

 「鬱陶しい・・・・」

 レオに集まる好奇の眼差しが、ついでのようにイチにも注がれ、かなりのストレスを感じていた。

 そんな事もあり、宿の女将に対するイチの好感度がひたすら上がる。

 「他人の視線って、こんなに鬱陶しかったがやね」

 「そうだな」

 自分達以外、いるのは蜘蛛の番人のみ、という静かな環境に慣れ親しんだ2人にとって、好奇心にあふれた他人の視線というものは、不快、としか感じられなかった。

 「慣れるしかない。無視だ」

 「そうやね」

 ―ああ、これが終わったら、人里はしばらく来んでえいわあ

 引き籠もりというよりも、世捨て人的な思いを胸にこっそりと溜息を吐く。

 「うん?」

 「あ、良い匂い」

 不意に立ち止まったレオに釣られ、彼の視線の先にある屋台と、そこから漂ってくる肉の焼ける匂いに胃袋を刺激される。

 「食べる?」

 「何の肉だ?」

 「えっと」

 じっと目をこらし、吹き出しが出てくるまで待つ。

 「角兎やって」

 「鳥ではないのか」

 「鳥、好きやねぇ」

 レオの残念そうな呟きに、苦笑い。

 「やめちょく?」

 「ああ。嫌な事をさっさと終わらせてからにしよう」

 「嫌な事ってね。まぁ、否定せんけど」

 てくてくと、門近くにある冒険者ギルドを目指して歩くのだが、2人の足取りは重い。

 「レオさん!イチさん!」

 そんな2人に、声が掛けられる。

 ―え?誰? 

 呼ばれて振り返った先にいたのは、虎の耳と尻尾を持った知らない獣人の男。

 大型肉食系獣人らしく大きな体付き、精悍な顔立ちの男前だが、どことなく線が細く幼げにも見える。歳は20代前半といった所だろう。

 「レイベルトか」

 「え?レイベルト君!?」

 「そうっす。レイベルトっす」

 満面の笑みを浮かべ、近付いて来る。

 驚いたが、人懐こい笑顔と態度にささくれ立った心が癒やされる。

 「お2人に会えて嬉しいっす。何処か行くなら案内するっすよ?宿は決まってます?」

 「宿はもうとった」

 「何処っすか?」

 「青い鹿亭」

 「良い宿っすね」

 「門番の隊長さんが教えてくれました」

 「シグマさんっすね。あの人は、見た目と違って親しみ易い良い人っす」

 親しみ易い良い人と言う割に、少々雑なフォローだ。

 「ええ。確かに悪人顔でした」

 「良い人なんっすけどね。それで、今は何処へ?」

 「「・・・・・・・」」

 レイベルトの何気ない問い掛けに、2人の表情が嫌そうに歪む。

 「え?あの」

 何か不味いことを聞いたのかと、レイベルトは顔色を変える。

 「冒険者ギルド」

 「そこしか、迷宮の素材を買い取りしていないそうなんです」

 「冒険者ギルドが嫌なんで?」

 「奴等に、良い印象は無い」

 「危ない人には、近付きたくないです。でも」

 「「そこしかないから、行くしかない」」

 声を揃え、揃って溜息を吐く2人にレイベルトは苦笑い。

 レイベルトも冒険者なのだが、彼の事は気にしていないらしい。

 「俺、案内するっす。登録はしてないんっすよね?」

 「するつもりありません」

 「する訳がない」

 「ですよねー」

 

 レイベルトに案内されたのは、門の前の広場に面した3階建ての建物。盾と交差する剣と槍の看板が目印の、冒険者ギルド。

 レイベルトに続いてレオが出入口のスウィングドアをくぐった瞬間、それまで賑やかだった待合いを兼ねた酒場スペースがしん、と静まりかえった。

 「・・・・・」

 静かになっただけでなく、誰も動かない。

 ―え?何、この状況

 レオに続いてギルド内に入ったイチは、異様な静けさにびびる。

 『・・・・・・・』

 誰も彼も、カウンターのギルド職員までもが固まってレオを見つめる。レオが注目されすぎて、誰も後ろにいるイチに気付いていない。

 レオは、不快そうに黙って立っているだけ。

 「買い取りはあっちのドアの向こうなんっすけど、まずはカウンターで買い取り希望の申請からっす。トラブル防止?の為らしいっす」

 レイベルトが居てくれて良かった。彼は動きのなくなった人々は気にせずカウンターの女性に声をかけ、買い取りとプレートの掛かったドアの前で2人を手招く。

 「3番の買い取り部屋っす。俺も着いて行って良いっすか?」

 「ああ」

 「来てくれた方がありがたいです」

 レイベルトを先頭に、連れだってドアを潜るのだった。

 3人がいなくなったホールでは、冒険者達がざわついていた。

 「え?連れ?」

 「どういう関係だ?あれ」

 「あいつ、Eランクのレイベルトだろ?なんであいつが」



 「は?黒獅子?」

 町の冒険者ギルドマスター、熊族のセルバンテスは、部下からの報告を聞いて首を傾げた。

 レイベルトが声を掛けた女性、エルフ族のニースはセルバンテスがギルドマスターになる前から受付を務めてくれているベテランで、可笑しな事を報告してくるような者ではない。

 領主の子息の友人である獣頭の黒獅子は、子息と共に先頃あったスタンピートの後片付けに出ており、まだ帰っては来ていないのだから。

 「アルマ様ではありません。アルマ様より随分お歳が上の方です」

 「アルマ様以外に、獣頭の黒獅子がいるという話しは聞いた事が無いが」

 アルマとは、王都の学園で領主子息、ノインの学友。ノーグヴェルグ伯爵家の4男、アルマ・ノーグヴェルグ。普通の獅子であるノーグヴェルグ家に産まれた獣頭の突然変異である。

 アルマは冬にこの町に遊びに来ていたのだが、スタンピートが起こった事で町に留まり、友人の手助けをしてくれていた。

 「恐らくは、地方の寒村で産まれた突然変異だと思われます。ですが、流石は黒獅子です。威圧感が並ではありませんでした」

 「ふむ、そうか。で?今は?」

 「買い取りの3番で、査定中です」

 「お前の印象を聞かせてくれ」

 「そう、ですね」

 記憶を探るようにニースは目を伏せ、口元に手を当てる。

 「連れの方への対応を間違わなければ、大丈夫かと」

 「連れがいるのか!?」

 「はい。フードを被られていたので顔は分かりませんが、恐らくはまだ若い人族の女性です」

 「・・・・そうか。それは、要注意だな」

 無意識にだろう。セルバンテスは唇の端をひくつかせる。

 わざわざ連れ歩くという事は、女性は彼にとって特別な存在なのだろう。

 獣人は、伴侶を大切にする魔族の中でもとりわけ伴侶に対する執着が強い。

 己の身をもって自覚しているセルバンテスは、絶対に下手はうてないと、覚悟と怯えを唾と共に飲み込む。

 「なあ、」

 「それから」

 ニースに変わりに行ってくれと言おうとしたセルバンテスは、言葉を被せられ口を閉じる。

 「そのお2人を連れて来たのは、レイベルトさんです」

 「何?」

 「レイベルトさんです」

 「何故だ」

 「私には分かりかねます。ですが、例のあれの入手元ではないかと愚考いたします」

 エルフ達から精霊樹の蜜を手に入れる事が出来ず、一日一日と死が近づいていた領主。その彼が、ある冒険者達が持ち込んだ精霊樹の蜜のお陰で命を取り留めた。

 その冒険者達は領主のかつての仲間達。だが、蜜を手に入れたのは彼等ではなく、着いて行っていたまだEランクの冒険者レイベルト。

 領主とその側近。そして冒険者ギルドのマスターとその側近だけがレイベルトが蜜を持ち帰ったと知っている。だが、レイベルトは森で偶然出会った者から蜜を譲ってもらったとしか報告しておらず、精霊樹の蜜の本当の出所は未だ不明なのだ。

 「そうか。それは、益々不況をかう訳にはいかないな」 

 獣頭の黒獅子ならば、森の殺し屋共の包囲をかいくぐり、精霊樹の蜜を持ち帰る事も可能だろう。

 ニースの考えを否定するには、黒獅子の現れたタイミングが良すぎた。

 「所で、ニース」

 「お気を付けていってらっしゃいませ」

 「・・・・・・・」

 肩をがっくりと落としたセルバンテスは、背中に哀愁を漂わせながら、ニースに見送られて部屋を出て行った。

 ギルドマスターとして、精霊樹の蜜を採れる可能性を持つ正体不明の黒獅子と、レイベルトを放置する事は出来なかった。重い足取りで、彼等がいるという買い取り部屋へ向かうのだった。

 

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