精霊樹の番人達 7

 「へぇ、冒険者って仕事の定義が広いんですねぇ」

 「そうっす。俺も見習いの時は、一般家庭に良く手伝いへ行ってたっす。怪我して魔の森に行けない時は、町の門番もしてたっす。俺、まだまだ半人前を卒業出来ないんっすよねぇ」

 「へぇ」

 のんびりと料理をするイチと、彼女の出方を探るように会話をする糸の中の人。糸の中の人を警戒をするクーとマー、番人達。

 精霊に安全地帯は、何とも奇妙な光景が出来上がっていた。

 「なあ、」

 「はい?」

 「俺は、何時になったら、この状態から解放してもらえるんっすか?」

 「私の連れが帰って来て、あなたを森の外へ出したら、ですかね」

 「俺、暴れる積もりは無いっすよ!?」

 「口では何とでも言えますからね。それに、私って弱いんですよね。私の心の平穏のためにも、このままでいて下さい」

 「俺の心の平穏は!?」

 「・・・・後回しで、お願いします」

 男にすれば、身動き出来ないだけでも不安だろう。その上周りには、蜘蛛の番人がうじゃうじゃといる。

 不安でたまらないだろうが、レオがいないのだ。彼を自由に出来る訳がない。

 「不安でしょうけど、貴方がその中で大人しくいてくれたら、彼等も手出ししませんよ」

 「それだ!」

 ―どれ?

 豚肉の胡麻味噌焼きを大皿に盛り、また同じ物をせっせと作り続ける。かぼちゃは、もう少し煮た方が良さそうだ。

 「なんで、森の殺し屋が大人しくしているっすか!?」

 「森の殺し屋?」

 ―なにそれ

 番人達の事だとは分かるのだが、イチの中の彼等に対するイメージと、殺し屋という言葉が一致しない。

 「精霊樹に住み着いている、蜘蛛の魔物の事っす」

 「はあ、」

 彼曰く、精霊樹の素材を求める冒険者の多くが番人達に殺され、その為魔の森における恐怖の象徴として恐れられているそうだ。

 「へぇ」

 やはり、イチか持つ番人達のイメージと合わない。

 まあ、他の魔物を倒す姿を良く見るので、荒事が得意な事は知っている。彼等の武器は糸と毒。そして、速さと数。

 彼も、仲間と共に決死の覚悟で此処まで来た。なのだが、

 「なんで、あんたは森の殺し屋に襲われないんっすか?」

 のほほんと、番人達の中にいるイチが、信じられないようだ。

 「私は、精霊樹を傷付けませんから。それに、彼等は自分達の家を守っているだけですよ?」

 「?」

 「貴方は、家に押し入る強盗を持て成しますか?」

 「それは、」

 「持て成さないでしょ?」

 イチの言葉を、男は肯定した。

 ただ、男としては冒険者と強盗を同じに見て欲しくないし、魔物相手に人と同じような対応は出来ない。

 イチも、男の気持ちは何となく分かる。クーとマー、番人達以外の魔物は家族扱い出来ない。

 「なので、彼等にとって強盗扱いの貴方達は襲われて、お客さん扱いの私は襲われません。答えになります?」

 「理解は出来るけど、したくないっす」

 「でしょうねー」

 ―分かる分かる

 イチも、聖域で番人達と共に暮らしていなかったら、文句無しに男へ同意していただろう。

 まあ、絶対にそれはないが。

 「どうやったら、殺し屋達にお客扱いされるんっすか?」

 「さあ?それは、私には分かりかねます」

 魔の神様が何かしてくれたのだろうが、イチにはそれが何なのか分からない。

 「まあ、このままでいてくれたら私の連れが森の外へ連れて行くんで、大丈夫ですよ」

 「そ、それは困るっす!」

 「うわ」

 突然うごうごと暴れ出した糸の塊に、フライパンを片手に持ったまま距離をとる。

 「俺達は、俺は、あの人を諦める事は出来ないんっす!」

 「えぇー」

 うごうごと暴れる塊に対して、番人達が微妙に攻撃体勢をとりはじめている。

 目の前で冒険者を殺されても寝覚めが悪いので、イチは慌てて彼等とクー、マーを止める。

 「ちょ、待って。この人、うごうごしゆうだけやって。別に私をどうこうするつもりはないがやき、仕留めようとせんの。いかんって。貴方も、死にたくないなら、暴れんとって!」

 近づくのは怖いので、拾った枝でぺしぺしと糸の塊を叩く。

 糸があるので冒険者にダメージは加わらないので、遠慮は無い。

 「暴れんが!」

 「わ、分かった。分かったっす」

 冒険者が蠢く事をやめるまで、叩き続けた。

 「私は弱っちいんですから、番人さん達を刺激するのはやめてください。下手に私をびびらすと、死にますよ?」

 「そんな死因は、嫌っす」

 冒険者は一応落ち着いたようで、糸の塊は大人しくなる。

 「何度も言いますけど私の連れが、ちゃんと森の外へ連れて行きますから、安心して下さい。貴方の連れの人も、ちゃんと生きていますから」

 「あ、」

 「え、まさか」

 忘れていたらしい。

 何とも言えない、微妙な気配が糸の塊から感じられる。

 「お仲間でしょ!?」

 「ぐふぅ。あの人達には、言わないで欲しいっす」

 「貴方のお仲間に会う予定は無いんで、大丈夫ですよ?」

 そんなお願いをされても、会う予定が無いので大丈夫だ。

 やれやれと肩をすくめ、フライパン片手に元いた場所に戻り、豚肉の胡麻味噌焼きを仕上げて仕舞う。

 ―次は何作ろう。あ、キノコが食べたい

 彼方から持ち込んだキノコと、此方で採取したキノコをベーコンと共に炒める。味付けは、めんつゆとバター。

 そうそう、草はいつの間にか生え揃っていて、イチはその瞬間を見逃してしまった。

 「生きて返してくれる事はとても有難いっす。けど、俺はこのまま帰る訳には行かないんっす」

 うごうごと暴れる事を辞めた男は、放置されて少し落ち着いたようで、真面目な声でイチに語り掛ける。

 「あー、そう言えば諦められないとか言ってましたね。まあ、大体予想は付きますよ。此処まで来る人の目的って、十中八九精霊樹の花か蜜ですから」

 会話を続けながら、キノコ炒めを大きめのタッパーに詰める。まだまだ入りそうなので、追加を続けて作り始める。

 「美味しいですからね、ハチミツ」

 「は?」

 「え?」

 「・・・・・まさか、万能薬の素材を食べたんっすか?」 

 「?」

 信じられない!とでも言いたそうな男に、イチはただただ首を傾げる。

 「ハチミツは、食材ですよ?」

 「その通りだけど、違うっす!」

 「えー」

 イチの言い分と、男の言い分。この世界的には男の言い分の方が正しい。

 いや、イチも一応は知識として知ってはいるのだ。ただ、理解はしていない。

 今まで、ただのハチミツとしてしか利用してこなかったのだ。万能薬などの最上級の回復薬の素材になるなんて言われた所で、今更でしかない。

 「・・・兎に角」

 男は、賢くイチとの認識の擦り合わせを諦めた。

 「俺は、万能薬の素材として精霊樹の蜜を求めています」 

 「精霊樹に来る人は、大概それが目当てですね」

 急に丁寧な言葉遣いをする男に、頷きながら首を傾げる。

 何だか良く分からないが、今までがかなり荒い言葉遣いだったのでちょっと気色悪い。

 「精霊樹の蜜をください」

 「蜜?」

 男は、率直に己の望みを口にした。

 「貴女は、貴女方は精霊樹を守る者達にとって、客なのですよね?ならば、蜜を蜘蛛達から貰い受けていてもおかしくはないはずだ」

 確かに、イチは精霊樹の蜜を番人達からお裾分けされている。

 「何故、蜜を求めるのですか?」

 男が訳ありで、精霊樹の蜜を強く求めていることは、イチも分かっている。だがしかし、冒険者に対して良いイメージを持っていないので、ほいほい渡す気にはならない。

 たが、エリスさんがどうのと言っていたので、女性関係だと思う。渡すかどうか、微妙な所だ。

 「それは、その、」

 男は少し、言い辛そうだ。

 「エリスさんの為とか言ってませんでしたか?彼女さん?」

 「彼女ではなく、その、母親です」

 「母親!?」

 驚いた。が、親をどう呼ぶかは、家庭それぞれだろう。

 ―あ、なんかあげても良い気になってきたかも

 現金なものである。

 「なるほど、納得。あ、無理に敬語とか使わなくて良いですよ?」

 精霊樹の蜜を求める理由を言い辛いと言うよりも、使い慣れないから言い辛そうな、そんな風に感じられた。

 「あ、助かるっす。俺、敬語ってむず痒くて」

 糸の塊から、ほっとした気配が伝わってくる。

 心底、敬語が苦手なようだ。

 「冬が終わってちょっとして、魔物のスタンピートがあったっしょ?」

 「あ、私達ずっと此処に引き籠もっているので知らないです」

 「そ、そうっすか」

 男の、強い戸惑いを感じる。

 無理も無いだろう。迷宮に引き籠もるなんて、彼にとっては非常識なのだから。

 「兎も角、スタンピートがあったっす」

 「あ、はい」

 「その時に、母の恩人が怪我をしたっす」

 ―回復薬や魔法薬で、怪我くらいどうにでもなりそうやけどなぁ

 何が何でも、と執念すら感じさせるのだ。何とかならなかったのだろう。

 「左目と左腕を失っただけじゃ済まなくって、厄介な毒まで受けちまったんっす」

 「おお、」

 何というか、踏んだり蹴ったりな目に遭った人もいたのものだ。

 腕や目は兎も角、スタンピートで溢れた魔物の中に毒持ちのものは特におらず、出所不明な毒が解毒できず、じわじわと死に向かう恩人の為、精霊樹の蜜に望みを託して此処まで来たのだと、男は語った。

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