精霊樹の番人達 6

 聖域で畑仕事と食事の作り貯めをし、危険な散歩を2人と2匹で楽しむ。

 「そろそろ、花の時期も終わりだな」

 世界樹の花は花びらを落とすようになっており、はらりはらりと、風に白い花びらが舞っている。

 短い花の時期が、終わろうとしていた。

 その花の終わりを蜂達も感じているのか、いつにも増して忙しく働いている。

 「散りゆうねぇ」

 ―なんか、桜みたいやねぇ。花は、柚子っぽいけど

 白い花びらに、ピンクの花びらを重ねる。

 ―こっちにも、桜ってあるがかなぁ。あ、そういや花見をやってない

 今日は花見をすることにした。

 「くふっ。昼間から酒か。たまらんね」

 収納に入れている酒類を思い浮かべ、ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべる。

 「おつまみは何にしよう。・・・芋でも揚げるか」

 久しぶりに、揚げ芋が食べたい。

 他に、何をおつまみにしようか。

 ―芋を揚げるんやったら、揚げ物よね

 唐揚げだ。コロッケだ、メンチカツだ。

 「レオ君、今日は揚げ物で花見をしよう」

 「花見?」

 耳慣れない言葉だったらしく、首を傾げられる。

 当然だ。イチはこれまで、此処で花見をした事がない。

 「花を愛でながら、お酒飲んで美味しい物を食べる行事の事」

 「素晴らしい行事だな。唐揚げか?」

 「唐揚げも揚げるけど、他の物も揚げるよ?」

 「肉、狩って来るか?」

 「ノリノリやね」

 この日、ノリノリなレオによって聖域の魔物が多く狩られ、2人は昼から酒を飲み、揚げ物を楽しんだ。

 何故なら、翌日から魔の森に行く予定だから。

 景気付けのためにも、ぱぁっとやりたかったのだ。

 


 「あれ?」

 世界樹にある転移陣を通ると、天井に出入り口がない。

 「む」

 「ねえ、レオ君」

 「静かに」

 問い掛けると、答えの代わりに口を塞がれ、ひょいと片手に抱き上げられた。

 「耳を澄ませ。何が聞こえる?」

 問い掛けと共に、口から手が離れる。

 「?」

 言われた通りに耳を澄ませると、剣戟と怒声。甲高い破裂音が、遠く聞こえた。

 「聞こえたか?」

 こくこくと、頷いて答える。

 「何、これ」

 問い掛けは、小声だ。

 「冒険者共が、番人達と戦っているんだよ」

 「え!ヤバくない?番人さん達、大丈夫?」

 「傷を負ったり、死ぬ者もあるだろうが、番人が負ける事はない。それに、私達には手出し出来んよ」

 レオ曰く。

 レオとイチは世界樹に所属する者であり、世界樹を守る為になら手を出す義務と権利を持っているが、精霊樹を守る為に手を出す義務も権利も持っていない。

 なので、もし番人達の戦闘中に来てしまった場合は、けっして手を出してはいけない。戦闘が終わり、彼等が出入り口の蓋を開けてくれるまで待たなければならない。

 「歯がゆい」

 「まあ、我慢してくれ。出入り口が開いたら、番人達を癒してあげれば良い」

 「分かった。でもさ、」

 「うん?」

 「ここの出入り口、いっつも番人達が開けてくれよったがやね。気が付かんかったわ」

 「転移には、若干タイムラグがあるからな。その間に開けてくれている」

 「なるほど」

 それから、抱き上げられたままの常態で待つこと約10分。

 唐突に、外が静かになった。

 「終わったか」

 レオの言葉を合図にでもしたかのように、天井の出入り口が開く。

 「少し、此処で待っていてくれ」

 イチはマーと共に残され、レオはクーを連れて身軽に壁を蹴って穴から外に出る。彼が外の安全を確認してから、クーの糸が垂らされ、それにつかまってイチは外へ引き上げられる。

 「うっわ」

 魔法の影響か地面はあちこちが抉れ、怪我を負った番人があちこちに転がり、彼等の間にはぽつりぽつりと糸の塊や、魔石が落ちていた。

 何匹か、番人が犠牲になったようだ。

 「イチ」

 「?」

 「私はこいつらを森の外へ捨てて来る。お前は此処で、彼等の手当を頼む」

 レオの両手と、足元には4人の冒険者らしき男女が転がっている。

 体が消えていないという事は、彼等は生きているという事だ。

 「ケモミミ!?」

 レオの左手の男に、イチの目が釘付けになる。

 男の頭には、ケモミミ。ただし、レオのような獣顔ではなく、人族の顔にケモミミ。そして、お尻にはふさふさの尻尾。犬系の獣人のようだ。

 「こっちはドワーフで、」

 右手につかんでいるずんぐりむっくりな人は、ドワーフらしい。

 「この2人はエルフと悪魔族だな」

 足元に転がっている弓使いがエルフで、魔法使いが悪魔族という事らしい。

 エルフは色白で線が細く、耳の長い金髪の女性。悪魔族は小さな蝙蝠の羽と黒く細い尾、額に瘤のようなでっぱりが2つある、浅黒い肌の女性。なんと言うか、とても分かりやすい外見の者達だ。

 「此処に置いていても邪魔なだけだからな」

 「そうやね。気を付けて」

 「ああ」

 レオは手慣れた様子で彼等の荷物を漁り、ポーションを取り出すとまとめて振り掛けて傷を癒し、体の大きな番人の背に乗せ、颯爽と森の外へ向かった。

 きっと、今までも何度も同じ事をしてきたのだろう。一連の動作がとても滑らかで、躊躇いが無かった。

 「番人さん達、待たせてごめんね」

 レオの後ろ姿を呆然と見送り、クーに肩をちょいちょいと 叩かれてはっと我に返ると、怪我をした番人達に回復魔法をかけてゆくのだった。

 ただし、イチの回復魔法はレベルが低いので傷は治っても欠損は回復せず、失った脚の回復は脱皮を待つ必要があった。

 番人達の回復が終われば、荒れた精霊樹の周りを片付けるべく折れた枝を回収し、抉れた地面を埋め戻すべく、彼等と共に共同作業。

 「地均し」

 人海戦術でかかる番人達に対し、イチは魔法で地面を均してゆく。

 使うのは、罠魔法。地面を均して、罠を仕掛け易くするための魔法だ。

 「んふー、楽ちん」

 ただし、番人達とイチが土を埋め戻した跡は、他の場所のように下草が生えておらず物寂しい。

 「え?直ぐに生える?さすが迷宮やね」

 番人達が教えてくれたのだが、草も迷宮の一部なので比較的直ぐに生えて、元通りになるのだそうだ。

 「1分くらい?あ、さすがにそれは無いか。え?それでも30分かからん?おう、ファンタジー・・・・」

 30分で草が生えるなんて、イチの常識には無い。呆然と土が剥き出しの地面を見つめる。

 「・・・・昼ご飯でも作ろ」

 ただ、草が生える所を観察する間の暇つぶしがしたいだけである。

 「何作ろうかなぁ」

 ちらりはらりと花びらが舞い落ちる中、地面に胡坐をかいて座り、料理本を収納から取り出してぺらぺらとページを捲る。

 「かぼちゃの煮物、生姜焼きもえいねぇ。あ、豚肉の胡麻味噌焼き、美味しそう。・・・・うん、肉を漬け込む間にかぼちゃを煮るか」

 ぶつぶつと小さく独り言を呟きながら、収納から豚肉、生姜、味噌、胡麻等を出して並べる。

 「・・・・やっぱり、かぼちゃの方を先に切って煮るか」

 予定、変更。

 「クーちゃん。ごめんやけど、このか」

 「うわあぁぁぁっ!?」

 「ぼ?」

 突然の悲鳴に、クーに切ってもらおうと持ち上げかけていたかぼちゃを、首を傾げて下ろす。

 地面をかさかさと歩き回っていたマーとクーは素早くイチの肩に登り、精霊樹の梢にいた体の大きな番人達は、声のした方へ向かって突撃する。

 「クソッ。俺は、諦めねぇっす。エリスさんの恩を返すためにも、精霊樹の蜜を、持ってかえ、うわああぁぁあ」

 「え、レオ君が、気付かんとかヤバすぎやろ」

 男の決意表明と悲鳴を続けて耳にしたイチは、レオがもう1人に気付かなかった事に戦く。

 「あ、出来れば穏便にしてあげて!」

 

 「ーーーー!」

 「うわぁ・・・」

 それから少しして、番人達が大きな糸の塊を引きずってきた。

 糸の塊からはくぐもった呻き声が絶えず上がり、うごうごと蠢いている。中に人が入っているとは分かっているのだが、少し気持ちが悪い。

 「あー。お兄さん、かな?」

 手に持ったままになっていたかぼちゃをまな板に乗せ、糸の塊に近づいて声をかける。

 番人達の糸はとても丈夫で、レオであっても中々引き千切れない代物なので、イチも安心して近づく事が出来た。

 「そんなに暴れなくても、後で私の連れが森の外へ連れて行ってくれるから、大丈夫ですよ。貴方の連れの人も、私の連れが森の外へ連れて行っているんで。貴方だけは、何故か私の連れも気が付かなかったんですけどねぇ」

 「・・・・・・」

 うごうごと蠢いていた塊は、イチが声をかけている最中に静かになり、じっと聞いていてくれている。

 「何で、気付かれんかったがですか?」

 「ーーー」

 返ってきたのは、くぐもった声で聴き取り辛い。

 「あー、番人さん。口の周辺だけ糸を除けることって、出来る?」

 イチの言葉に番人達が動き男の口の周辺だけ、糸がちょいちょいと外される。

 「・・・気絶すると、気配を隠す結界を張る魔道具を持ってるっす」

 なんだか、やられ役のチンピラのような話し方をする人だ。

 「なるほど」

 男の答えに満足したイチは、改めてクーにかぼちゃを切ってもらい、料理を再開するのだった。

 男の拘束?

 解く訳がない。レオがいない状況で、そんな危ない真似はしない。

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