精霊樹の番人達 5

 レオの言う場所に、精霊樹の苗は無かった。まだ新しい掘り返され、埋め戻した跡があるだけだった。

 「無いね」

 「無いな」

 「苗、見る?」

 「他の場所もくろ確認してみよう。クー、案内をしてくれ」

 苗の見学の後は精霊樹巡りを再開する予定だったが、予定は変更。

 まだ、掘り返されていない苗探しになった。 


 「無かったね」

 「無かったな」

 精霊樹の苗を探して歩き回ったのだが、見つかるのは掘り返され埋め戻された跡ばかり。レオは鼻の頭に皺を寄せ、忌々しげに舌打ちをする。

 「エルフ共が・・・・・」

 「?」

 レオの小さな呟きは、イチの耳には届かなかった。

 「レオ君?」

 「何でもない。行こう」

 ゴブリン、コボルト、オークにトカゲ。魔の森の外側にいる魔物の群れ。遠くに、冒険者の影を見る。

 取りあえず魔物にはレオが突っ込んで、結界を張って身を守るイチが、蝶を使って致死毒や麻痺毒をばらまいたが魔法のスキルレベルは、1つも上がらなかった。冒険者は、こそっと隠れてやり過ごした。

 1日歩き続けても精霊樹の苗木は1つも見つからず、その度レオは忌々しげに舌打ちした。そんなレオの様子が気になるイチだったが、不機嫌な様子は一瞬で、聞くに聞けずに精霊樹の下で夜を過ごす事になる。

 今日のディナーは、ケチャップベースのミートソーススパゲッティ。

 レオの、下顎の毛に付いた挽肉がなんだか可愛い。

 「どうした?」

 じっと見過ぎたようで、レオは不思議そうに首を傾げる。

 「顎」

 「顎?」

 今度は反対側にレオの首が傾けられる。

 「挽肉が付いちゅう」

 「・・・・・・取れたか?」

 レオの左手で下顎が拭われる。が、

 「たてがみに絡まった」

 「取ってくれ」

 「はいはい」

 体ごと手を伸ばし、鬣に絡まった挽肉を取って焚き火に向かってポイ捨てる。

 焚き火にくべられた挽肉は、炭になって燃え尽きた。

 「取れたよ」

 「ああ。ありがとう」

 「どういたしまして。お代わりは?」

 「くれ」

 「はいはい」

 すっと差し出された皿を受け取り、お代わりを盛って返す。

 「それにしても、精霊樹って人気の素材ながやね。あんなに探して、苗木が1本も見つからんとは思わんかったわ」

 「そうだな。私も予定外だった」

 イチは食後の様子でのんびりと茶を啜り、レオはスパゲッティをもぐもぐしながら、少し不機嫌に応じる。

 「精霊樹の苗木は、人にも魔物にも人気だからな」

 「何で魔物に?」

 「食べると強くなるらしい」

 「スーパーフード?」

 「何だそれは?」

 「流行廃りの速い、なんか食べると体にえいらしい食べ物」

 違う。それは、イチのスーパーフードに対する偏見だ。

 「精霊樹に流行廃りは無いが」

 スーパーフードと言う物を知らないレオの突っ込みは、いまいち冴えが無い。

 「まあ、魔物にとって凄い食べ物って事やね?」

 「大体そうだな」

 「でさ、」

 「うん?」

 「肉食の魔物も食べるが?」

 「食べる」

 「へぇー」

 猫が草を食べるように、肉食の魔物も強くなる為に精霊樹の苗木を食べるようだ。

 魔物は、猫のように植物を食べて毛玉を吐き出すのだろうか。

 ―吐かんかな?ないか

 己の妄想を自分で否定し、茶を飲み干してほっと息を吐く。

 レオはまだまだ食べそうだ。お代わり用のパスタを追加で茹でる。

 「デザートは?」

 「くれ」

 「はいはい」

 春らしく、今日のデザートは苺。彼方から持ち込んだ物だ。

 ―あ、種採って増やしたらえいかも

 次に育てる作物が決まった。この苺のような甘くて味の良い苺は出来無いだろうが、味の予想の出来ない、面白い物が出来るだろう。

 「くふっ」

 ふと、マーを背に乗せたクーがイチの膝に脚をかける。

 「苺、食べる?」

 食べるようだ。

 嬉しそうに体を揺らす2匹の前に、苺を盛った皿を置く。

 ―私も食べよ

 そうそう、イチは苺には何もかけない派で、西瓜には塩派である。

 「イチ、お代わりくれ」

 「はいはい」

 本日4度目になるお代わりを入れて渡す。

 「その赤いの、」

 「苺?」

 「私の分も、残しておいてくれ」

 「・・・・複製があるき、なくならんよ?」

 「残しておいてくれ」

 「はいはい。あ、ねぇ」

 「何だ?」

 「・・・・やっぱ、何でもない」

 「そうか」

 まあ、そう一々気にしても仕方がないだろう。


 

 気配を隠そうと息を殺し、音を立てないようにレオの背中に負ぶわれてじっとする。

 レオとイチ、木の上に隠れる2人の視線の先には蜂の魔物と闘う冒険者達。

 人数は5人。顔の判別は出来ないが、盾、剣、槍の前衛と身の軽い弓と魔法使いとバランスの良いパーティーだ。ただ、槍だけ練度が低い。

 「ねぇ、レオ君。あの人等ぁ、なんで蜂ばっかり狩りゆうが?」

 こそっと小声で問い掛ける。

 2人は、この冒険者パーティーを見つけてからずっと、こっそりと後をつけているのだが、彼等は蜂の魔物ばかりを執拗に狙って狩っていた。 

 「蜂蜜だな」

 「蜂蜜?」

 「今は精霊樹の花が咲く時期だからな」

 「?」

 精霊樹は枝、葉、樹液、花、蜜、実全てが貴重な素材。特に、蜜と実は効果の高い回復薬の材料になる。

 体の一部を欠損した者、重い病を患った者、強力な呪いをかけられた者が、蜜と実を求めて冒険者に依頼を出す。

 だが、花のたくさん咲く大きな木には強力な番人が複数おり冒険者には蜜を集める事が難しい。それ故彼等は蜜を集める蜂を狩り、蜂蜜のドロップを狙うのだ。

 「効率、悪すぎん?」

 蜂のドロップ品は針、もしくは羽。花粉玉さえ出る事は稀である。蜂蜜、それも精霊樹の蜂蜜が出る可能性は、限りなく低い。

 まず、ドロップしない。

 「精霊樹から直接蜜を採取出来る者は、番人が認めた者だけだからな。番人をただの魔物としか思っていない奴等には、無理だ」

 「うん?」

 「番人は個体差もあるが強い。数も多い。大人数の軍なら兎も角、5人ではまず全滅する」

 「やき、蜂をねらうが?」

 「そうだ」

 「なるほど」

 確率は限りなく低くくても、命には替えられない。だから蜂を狩って蜂蜜を狙うのだ。

 「まあ、この辺りにいる蜂は、巣が精霊樹から遠くて精霊樹の蜂蜜は出ないのだがな」

 「出んが!?」

 「誰っ!」

 「げ、」

 思わず出してしまった声が大きすぎた。冒険者達にも気付かれ、蜂から一番遠い場所にいた魔法使いから誰何すいかの声が上がる。

 「レオ君、ごめん」

 「良い。舌を噛むなよ」

 イチがしっかりと口を閉じた事を確認し、背中にいた彼女を左手に抱きかかえ、枝を思い切り蹴る。

 「なっ」

 「キリ、蜂が先だ。取り合うな!」

 驚く声と、嗜める声が聞こえたが、後は知らない。

 レオが地面に降りず枝から枝へ飛び移るので、他の事を気にしている余裕はイチには無かった。

 ―ジェットコースターは嫌~

 イチは、絶叫マシーンの中でも落下系の物が大の苦手だった。落ちる時の、ふわっとしてギュッとなる感覚がダメだった。

 「いぃいぃぃ」

 激しい上下の連続に、イチの口から奇妙な悲鳴が上り続ける。が、レオが足を止めたのは、近くの精霊樹に着いてからだった。

 「おえっ。・・・・酷い目に遭った」

 魔法でどんなに強化しても、ジェットコースターのような激しい上下運動に、三半規管が勝てなかった。

 地面に膝をついて蹲り、口元を両手で押さえてぷるぷる震える。

 「きぼぢわるい」

 「だ、大丈夫か?穴、掘るか?」

 ―なんで穴!?

 「それは、いらん」

 突っ込みを入れる余裕は無かったが、意味の分からない提案だけは断りを入れる。

 「そうか。・・・・背中、さするか?」

 「み、水を下さい」

 今背中をさすってもらうと胃の中身が出そうなので、水を要求する。

 「水だ」

 ―何故、丼

 さっと出されたのは、レオのご飯茶碗。彼のご飯茶碗は、うどんの丼だ。

 「あ、ありがとう」

 並々に水の入った丼は、地味に重い。

 魔法で水を出せないレオのために水筒に氷を入れて持たせていた物なので、冷たくて気持ちが良い。

 ―水筒のままくれた方が面倒が無かったんじゃ?

 なんて事は、言えない。

 ぐびぐびと、半分程飲んでレオに返す。レオは残った水を飲み干し、丼を自身のイベントリにしまう。

 「水筒、貸して」

 「ああ」

 「湧水」

 減った分の水を加えて戻す。

 「今日は、ここで帰るか?」

 「そうする。あ、でもちょっと待って。花と草、採ってくる」

 それは、当然レオの褌やズボン、ベストを染める為の染色液を作る為の物。

 「まだ、集めるつもりなのか?」

 「色がせたら染めんといかんきね」

 だから、少し休んで採取を始める。

 「余り精霊樹から離れるなよ」

 にこにこ、楽しそうに花や草を集めるイチを、レオは止めずに少し離れて見守る。

 ―気配は遠いな

 イチを常に視界に入れながら、先程の冒険者達の気配を追う。十分な距離がある事を確認し、警戒をほんの少しだけ緩める。

 ―まぁ、あいつにはクーとマーがいる。この辺りなら、番人もあいつを守る。そう気にする必要はないか

 クーとマーを肩に乗せ、はしゃぐイチの姿に目を細める。

 「程々にしておけよ」

 「はいはーい」

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