精霊樹の番人達 4

 イチとレオが採取した山菜は、天ぷらやお浸し、酢味噌和えになって美味しく食べられた。

 そしてその後日、

 「よ、よるなぁっ!」

 涙目になりつつ、眼下を睨みつける。ただ、涙目なので迫力はない。

 ここはゴブリンの集落。

 レオはGのつく害虫のように沸いてくるゴブリンを駆除するために別行動をしており、イチはクーとマーと共に高い木の上に残され、周りをゴブリンに囲まれていた。

 「死蝶」

 食べられる魔物ではなく、容赦はするなと強めの口調で言われている事もあり、足元のゴブリンに向けて致死性の毒をばらまく。

 イメージは、毒の鱗粉をばらまく黒い蝶。

 「えっぐい!」

 バタバタと倒れて動かなくなるゴブリンに、頬をひくつかせる。

 これは、魔物は兎も角、人相手には使いたくない。自分の事ながら、良くもまあ、こんなえぐい魔法を思いついたものだ。

 ―勢いで人型の魔物を殺すとか、ないわぁ

 内心で、密かに落ち込む。

 「あー、もうっ。やったもんは仕方ない!女は度胸!もっかい、死蝶。も一つ死蝶!おまけに死蝶!」

 開き直ったイチは、足元にゴブリンの死体を積み上げてゆく。

 レベルが1つも上がらない事が、少し悲しい。色々と魔法を使い、せめてスキルレベルは上げる努力をしようと魔力を使いまくる。

 「拘束、拘束。もう色違いでえいわ。麻痺蝶」

 死蝶は黒。麻痺蝶は、黄色い鱗粉を撒き散らす。その鱗粉に触れたゴブリンは、そのまま倒れてぴくぴくしている。

 「すっころべ!」

 イチの声に答えるように、黒い何かがゴブリンの足を引っ掛けて転ばしてゆく。

 「あ、こんなんでも魔法になるが?何でもありやねぇ」

 自分でやっておきながら、あきれ顔で転んでゆくゴブリンを眺める。

 「あれ?でもこれ、いつまで続くがやろう?」

 転ぶゴブリンは1匹で終わらず、今もまだゴブリンは転び続けていた。

 「うおっ!?」

 遠くでレオの驚いた声が聞こえたが、気のせいという事にした。


 このゴブリンの集落はかなり大きなものになっていたようで、レオがイチのいる木に戻って来るまでに20分近くかかった。

 「イチ、そろそろ降りてこい」

 「無理!」

 「・・・・・」

 「私には、そんな筋力ありません!」

 イチの主調に、レオは深々とため息を吐く。

 「クー、降ろしてやってくれ」

 「わっ」

 イチはクーの糸で巻かれ、するすると木から降ろされる。

 「うわ、血塗れ」

 「ああ、不味かった」

 「食べたが!?」

 「ああ。魔素が足りなくなったからな。こいつらは不味いから、食べたく無かったんだがな」

 嫌そうな顔をして、レオは口直しをイチに要求する。

 「不味いがやったら、別のもんを食べたらえいと思うがやけどね」

 洗浄でレオに付着していたゴブリンの血を洗い流し、乾燥で全身を乾かしてから浄化をかけ、おにぎりの入ったタッパーを渡す。

 「ここの片付け、どうする?」

 「むあ、」

 「口の中が無くなったてからでえいよ」

 「む、」

 レオはゆっくりとおにぎりを咀嚼し、イチを見下ろして首を傾げる。

 「ここは、迷宮だぞ?」

 「・・・あ、そうやった」

 片付けも何も、迷宮で死んだものは、一部を残して迷宮へ吸収される。迷宮で生まれものも、外から迷宮へ入ったものも、変わらない。

 はっとその事を思い出したらしいイチの目の前で、ゴブリンの体が消えてゆく。

 片付けなけらばならないのは、死体よりもボロ小屋だろう。

 「あれ、どうする?」

 「・・・放置」

 「えいが?」

 放っておけば、またゴブリンが住み着きそうな気がしてならない。

 「壊すだけ、壊して行こうか」

 「分かった」

 「お前もやれよ?」

 「え、」

 レオはボロ小屋を蹴り倒して壊し、イチはどうやって小屋を壊そうかと頭を抱える。

 「私、攻撃魔法らあ出来んがやけど」

 イチが悩む間も、レオはボロ小屋に殴る蹴るの暴行を加え、壊し続ける。

 「壊す?破壊?いかん、物騒すぎる。解体?あ、なんか行けそうな気がする」

 さあ、思い込め。

 ―あれは罠。あれは罠。罠、罠罠罠

 「解体」

 「うおっ!?」

 レオが壊そうと近づいていた小屋が、屋根から崩れ落ちる。

 「イチ?」

 「ご、ごめんなさい」

 「私の目を見て言ってくれ」

 「ごめんなさい」

 「次からは、気をつけてくれ」

 「はい」

 もう少し、レオが小屋に近づいていれば崩れる小屋に巻き込まれる可能性があったので、誠心誠意謝り、これからは気を付けると約束する。

 「私はあちらを壊してくるから、お前はこの辺りを頼む」

 「了解ー」

 「クー、マー。こいつのお守りは任せる」

 レオの言葉に、張り切って左右に体を揺らすクーとマー。

 「お守りってね」

 「お前より、こいつらの方が荒事に向いているぞ?」

 「うっ」

 まったく否定出来ない所が辛い。

 「では、此処は任せる」

 レオはイチの心にダメージを与えて、さっさと行ってしまった。

 イチの両肩では、励ますようにクーとマーが体を揺らす。

 「・・・・うん、まあ、頑張る」

 レオとイチ、2人協力して小屋を壊して迷宮攻略を再開した。


 「今度の、この犬頭は何!?」

 「コボルトだな」

 10才児くらいの大きさをした、犬頭の魔物の群れに囲まれ、木の上にそろって避難する。

 「可愛くない!」

 目を血走らせ、涎を垂らしながら競うように木に登って来ようとするコボルトに、文句をぶつける。

 「魔物だからな。ほら、登ってくるぞ」

 「のぉーぅ!?」

 「可笑しな悲鳴だなぁ。ああ、ほら、来ているぞ」

 登ってくるコボルトに合わせて、木を登る。

 「イチ?」

 「やるよ。やれば良いんでしょ」

 掌を下のコボルト達に向けて、深呼吸。

 「死蝶」

 ひらひらと舞う蝶の群れ。舞飛ぶ鱗粉に触れたコボルトは、ばたばたと木から落ちてゆく。

 木に登っていなかったコボルトも、鱗粉に触れてばたばたと倒れる。

 「おお、これは中々の光景だな」

 「エグいよねぇ」

 「そうか?便利で良い魔法だと思うが。だが、これでお前が苦手にしていた人型も平気だな」

 「まあ、そうやね」 

 毒を使って丸ごとコロリなのだが、バタバタと倒れてゆく姿は少々心に来るものがある。

 生き物を殺すことに、忌避感を感じずにはいられないのだ。 

 ―日本人気質が抜けきらんなぁ

 物心つく前から培われた性質は、簡単には変わらない。

 生き物を自分で殺す憂鬱を感じながら地面を見つめていると、コボルト達の体が地面に飲み込まれるように消えてゆく。

 「吸収されたな」

 「されたね」

 するすると木から降り、転がった魔石を回収する。毛皮や牙は使い道が無いので放置する。放置された毛皮や牙は、時間が経つと迷宮に吸収されるので、安心だ。


 森の外へ外へと向かって歩いていると、ふいにレオが立ち止まり、空気の匂いを嗅いでイチを振り返る。

 「?」

 「そろそろ精霊樹の苗のある場所だ」

 「苗?」

 「ああ」

 レオ曰く。

 此処は弱い魔物も多い魔の森の外側。訪れる冒険者も多く、番人がせっかく植えた精霊樹の種も芽吹いたばかりでは強い個体が棲み着いて守る事が出来ず、彼等に根こそぎ持って行かれる事が多いのだそうだ。

 これからイチが案内される精霊樹の苗も、根こそぎ持って行かれたものを植え直して、芽吹いたばかりのものだという。

 「へぇ。」

 「まあ、今は森の周りの国も安定していて、世界樹も穏やかだから、持って行かれても問題はない」

 「?」

 世界樹の生えている聖域を囲む竜の巣、蟻の巣、魔の森は世界樹を守る為の言わば防衛機構であり、世界樹が危機を感じると、番人を使い、積極的に魔の森を広げようとするそうだ。

 かつての大国が勇者を使い、魔王を討ち倒そうとした時も、世界樹は森を広げたそうだ。

 「あの時は、勇者もそうだったが、森との争いも大変だった・・・・・」

 過去の出来事を思い出しているのだろう。

 レオは遠い目をして深く、細く息を吐く。

 「世界樹が森を広げようと積極的になると、魔物の活動が活性化するんだよ」

 当時は、森から魔物が度々出てきて、田舎の村に籠もっていたレオは村人と共に魔物対策に天手古舞いだったそうだ。

 「大変やったがやね」

 「ああ、大変だった」

 「苗、見たら次の精霊樹に行く?」

 「ああ。こんな所まで出て来たのは、お前に苗を見せたかっただけだからな」

 「そっか」

 何故苗を見せる必要があるかは分からなかったが、何だか嬉しかったので突っ込まない。

 イチは知らないのだが、レオのこの言動に意味は無い。

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