衣服と饅頭 5
イチは、まず女王にレオの体に合ったベストを作ってもらい、試着を終わらせて付与する機能について悩む。
「適温?温度調節?エアコン」
参考にしたのは、彼方の世界にいた時に読んだ携帯小説に書かれていた魔道具。
それがマントだったか、コートだったかは忘れてしまったが、上着で、周りが暑かろうが寒かろうが内側を快適に保つ。確か、そんな魔道具だったはずだ。
だが、
「レオ君の上着は、ベストやきねぇ」
袖はない。腹はほぼ丸出し。丈は精々ヘソまで。
範囲を服の内側としたら、効果は極々狭い範囲にしかない。
「表面をこう、覆うような。体の表面、体表?」
ノートにいちいち書き殴るのは勿体ないので、枝で地面にガリガリと記入していく。その手元を、クーとマーがじっと見つめている。
「体表。体表、たい・・・。ああ、体表適温。おお、なんか分かり易いかも」
本で知った知識は攻撃魔法に関する事ばかりで、ほぼ何となくで色々とやっているイチにとって、分かり易い言葉というものは、とても大切だった。
「後は、どこに刺繍するかよねぇ。2人はどう思う?」
真っ白な大きなベストを、クーとマーの前でひらひらと揺らす。
「防臭とか、防汚とか、後で色々と刺繍するよ?」
きちんと強化しなければ、レオは直ぐにデロデロ汚し、あちこちに引っ掛け、擦れ、3日と保たずにぼろ布になる。
「え、蔦模様?無茶言いなや。曲線が良いところで?私」
クーとマーの要求に突っ込み、不満げにわちゃわちゃしている2匹にため息を吐く。
「じゃあ、
歩み寄った提案は、受け入れられた。
「体表適温っと」
耐摩擦、耐魔法、耐物理。
ぶつぶつと呟きながら、一文字づつ波模様の曲線になるようにマジックで下書きしてゆく。
油性マジックだが、浄化をすれば綺麗に落ちるので、遠慮は無い。
「これも、一番最初はピンクやね」
ただし、下書きをして色も決めたが、染色をするのは体表適温が上手く機能したら、の話しだ。
四文字刺繍し、
―体表適温。体の表面を適温に保つ!
効果を念じながら、魔力を込める。おそらく、上手く付与出来たはずだ。まあ、効果を確認するには魔の森に行くしかない。
「明日、試してもらおう」
そうするとイチもこのままでは寒いので、イベントリに仕舞いっぱなしになっていたダウンのジャンパーを引っぱり出す。
流石、時間の流れないイベントリに入れていた物。2年ほったらかしにしていたにも関わらず、綺麗なままだ。
「明日は、いざとなったらコレやね」
ジャンパーを仕舞い、苔色のポンチョを取り出す。コレはレオの褌を作って貰った後に、女王が作ってくれた。
膝の上まですっぽり覆い隠す、フード以外に飾りのないシンプルなポンチョで、聖域に行く時には良く着ていく。腐臭が付くのが嫌なので、蟻の巣では着ない。
既に色々と付与しているポンチョに、体表適温を付け加える。
「あ、いかん。野菜の収穫忘れちょった」
途中で針を置いて、野菜を収穫する。畑仕事にすっかり慣れた、クーを始めとした番人達が手伝ってくれるので、色々と楽ちんだ。
「はい、レオ君。これ着てね」
「うむ」
イチが差し出す真っ白なベストを、レオは微妙な顔をして受け取る。
「白か、」
レオは、どうやら色が気に食わないようだ。
「上手くいくか分からんきね」
レオが不機嫌な理由を何となく察しながら、イチは知らんぷりで苔色の上着を羽織る。
「お前は、色付きのようだが?」
「そりゃ、元から持っちょったもんに付与しただけやきね」
不満げなレオに対して、イチはやはり知らんぷり。
「そういえば、そのズボンはどう?どこか、気にいらん所はない?」
嫌々袖を通しているレオを見ながら、問い掛ける。彼は不満げにイチをチラ見し、ため息を吐く。
「お前が、色々と小細工をしてくれているお陰で快適だ」
「あれ?ばれちょった?」
「お前が何かしている程度にはな」
内容は分からないが、何かしているという事だけは分かるらしい。
「そっか。まぁ、不具合が無いみたいで良かったよ」
相変わらずレオは着衣を嫌がるが、不満が無ければ着てくれる。彼に不満は無いようで、イチとしては満足だ。
「行くぞ」
「はいはい」
女王の寝床から、蟻の巣の、魔の森側にある出入り口へ転移する。
抱き上げられていた状況から下ろしてもらい、2人並んで魔の森に向かって歩き出す。
「ほう」
「寒く無い」
体表適温は、上手く働いてくれた。以前に来た時は、毛穴が縮むような寒さを感じたのだが、今は快適な温度に感じる。
「これは、中々良いな」
「うん、快適」
イチの中で、レオ用ベストの増産が決定した。
―真っ白ベストは作り置きがあるし、合間に染色しよう。まずは、ピンクで!
褌も、ズボンも第一号はピンクなのだから、ベストも最初に染める色はピンクしかない。
「まずは、近場の転移陣を目指すか」
「おー!」
イチは自分の周りに防御の為の結界を張り、先導するレオを追いかける。
結界魔法のレベルが上がり、イチは動きながらでも自分の周りに結界を張れるようになっていた。
蟻の巣や聖域では万が一を考えて常にレオの背中に負ぶさって移動していたので、自分の足でまともに迷宮を歩くのは、これが初めてだ。
少し、感動する。
「足場に気をつけろ」
「はい!」
魔の森は冬とは言えども緑が濃く、下草も枯れずに残ってはいたが獣道が多く、聖域と比べて木の根が大人しく歩きやすい。
レオの背中を追いかけながら、時々現れる獣を狩る。
魔の森に主に生息するのは、獣系と人型の魔物であり、蟻の巣で身に付いた魔物の倒し方は通用しなかった。
良い方法が思いつかなかったので、取り敢えず結界に閉じ込め、レオに近場にあった倒木を放り込んでもらい、点火。
なんというか、エグかった。
自分がやった事ながら、直視し辛い光景が出来上がり、これはもうやらないと心に決めた。
魔物を結界で捕らえる事はやめ、拘束してレオにとどめを刺してもらう。
獣系と人型の魔物は、まだやりにくい。
「ほお。これは、中々良い豚肉が採れたな」
地面から肉界を拾い上げ、レオは良い顔で笑う。
残された肉は何故か大きな葉に包まれているので、おそらくは衛生的。
「豚肉?」
「ああ」
「え、まさかレオ君が持って来よった豚肉って、コレ?」
「そうだ」
「!?」
レオの肯定に、崩れ落ちる。
「なんてこったい」
レオの言う豚肉は、オークの肉だった。
人型、二足歩行の筋肉とぶ厚い脂肪の鎧を持つ力士体型な巨体に豚頭が印象的な魔物。ゴブリンと同じ、女の敵な魔物。
知らないうちに美味しく食べていた魔物だが、豚頭の人型という見た目は、実際に目にすると想定外にシュールで、思わず引いてしまった。
―まさか、コレを美味しく食べていたなんて・・・・・
食べるより先にオークを見ていれば、おそらく食べようとはしなかっただろう。
肉を持って来たレオは、特に何かを考えての行動では無かったのだろうが、イチの食生活の幅を広げると言う意味で、とても良い仕事をした。
「どうした?」
イチの内心の葛藤など知らないレオは、蹲る姿に足でも痛めたかと心配する。
「休憩、するか?」
「き、休憩しますぅ」
早いもので、イチと暮らし始めて2年が経った。
蟻の巣攻略、温泉、増えた私の服とスライム。その他にも色々とあったが、楽しい2年間だった。きっと、これからも楽しい日々が続くのだろう。
しかし、それにしてもあのスライム。アレは、ヤバいモノだ。そんな存在に饅頭とかいう巫山戯た名前を付けるのは流石にどうかと思う。
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