衣服と饅頭 4

 「寒い!」

 魔の森は、寒かった。

 それもそのはず。世界樹の聖域や蟻の巣とは違い、魔の森の気温は迷宮の外の季節と共に変化しており、今迷宮の外は冬。

 そう、よりにもよって冬!

 外に比べれば迷宮内は暖かいのだが、今まで常春の環境にいたイチの体に、この急激な温度変化は辛かった。

 服を重ね着し、レオの背中にくっついて震えている。

 「帰るか」

 言葉は一言も発さずに、何度も頷く。

 「お、温泉」

 「ああ」

 冷えた体を、蟻の巣温泉で温めたい。


 「ひやかったね」

 「ああ。寒かったな」

 2人は温泉でほこほこと温まりながら、反省会。それ以外の、クーは温泉には近づかず、マーは冬至の柚子のようにぷかぷかと温泉に浮いている。

 イチは、これまで季節とはまったく関係ない所にいたので、寒さ暑さがあることを、すっかり忘れていた。じんわりと温まる体にうっとりと目を細める。

 「でもさ、久々に寒くて、なんか新鮮やったね」

 そう、寒さできゅっと毛穴が縮まるような、何とも言えない感覚を久々に感じて、とても新鮮で心が躍った。

 「そうか」

 「でもね、私はまだ冬服があるき良いけど、レオ君が問題やね」

 イチには、レオが着られそうな服の持ち合わせが無い。ズボン作りを諦めたイチには、当然服も作れないので、今回も女王に頼るしかない。

 ―レオ君は体が武器やから、マントとか邪魔って言いそうやしなぁ

 「私は、暑さ寒さには強いぞ」

 「でも、強いって言うても、感じん訳やないがやろ?」

 「まあ、それは」

 いくらレオでも、暑いものは暑いし、寒いものは寒い。

 「ベスト的なもんでも作れんかなぁ。帰ったら女王に相談してみる。んで、温度調節的なものを付与できんか、やってみる」

 「また、増えるのか」

 きゅっと、レオの眉間に深いシワが刻まれる。裸族なレオは、身に付ける服が増える事を喜べなかった。

 「まあまあ、そう言わんと」

 手を伸ばし、眉間のシワをぐにぐにと揉みほぐす。

 「上手くいったら、暑さ寒さにわずらわされんで済むで?」

 「聖域に、暑さ寒さはない」

 「聖域にはね。魔の森と、嫌やけど、竜の巣にはあるやろ」 

 「ぬう」

 揉みほぐした眉間に、再び深いシワが刻まれる。

 「私をあちこちの狩りに連れて行くつもりながやろ?暑さ寒さ対策は大切で?」

 「それは、お前だけで良いだろう。私は、今のままで」

 「良くないよ?」

 「・・・・・」

 レオの言葉を遮り、じっと見つめ合う。

 「まぁ、レオ君に服を着せたいってのもあるけどね。自分1人だけぬくぬくして、レオ君が寒い思いをしゆうとか、普通にありえんやろ!」

 「いや、それはな、」

 「ありえんやろ?」

 「それは、」

 「レオ君がぬくぬくせんやったら、私もぬくぬくせんで?」

 イチは、自分をネタにレオを脅した。

 「ぐぬっ。・・・・・分かった、着る。着るから、ぬくくしてくれ」

 「ありがとう、レオ君。私、頑張るよ!」

 レオの言葉にイチは勢い良く立ち上がり、気合いを入れて拳を握る。

 「レオ君が納得の、素敵なベストを作ってみせる!」

 何故、イチががベストに拘るかというと、ベスト位簡単なものでなければ、クーや女王に絵を書いて説明して、理解してもらう自信がないからだ。

 「でもあんまり、期待せんと待ちよってね!」

 それは、良い笑顔で、自信たっぷりに言うような事では無いのだが、レオはひくりと唇の端をひくつかせるだけで、賢く何も言うことはなかった。

 「そ、そろそろ出るか?」

 「やね、」

 洗浄で温泉の湯を洗い流し、乾燥させて服を着込む。一応、イチは岩陰に隠れて着替えている。

 そういえば、この温泉に来るようになった当初は一緒に入ることに抵抗があったのに、今ではすっかり慣れしまった。

 ―慣れって、怖いわぁ

 しみじみと思いながら、のんびりとベルトを締める。もう帰るだけなので、靴ではなく便所下駄を履く。

 「今日は温かいものにしてくれ」

 「じゃあ、また鍋にしようか」

 「肉は、鳥で」

 「はいはい。本当に好きやね、鳥」

 「まあな」

 イチはひょいっとレオに持ち上げられ、彼はクーとマーを呼び寄せ踵を返す。

 「私、歩けるがやけど」

 「気にするな」

 レオは、イチを歩かさずに家まで帰った。



 「ぐふっ」

 我慢出来なかった。

 口を両手で押さえ、蹲ってぷるぷると震える。

 「おい」

 いつになく低く、地を這うような声で圧をかけられるのだが、 

 「ぶふっ。ぐふ。ふひ、ひひひひひ。や、やめて、その格好ですごまんといて。ふ、腹筋痛いぃ」

 イチは笑うばかりで、まったく効いていない。

 「お、お前が着せたのだろう!」

 笑い続けるイチに、レオは尻尾を不機嫌そうに揺らしながら反論するが、返ってくるのはイチの引き攣れたような、奇妙な笑い声のみ。

 「ひはっ。ぐふっ。ふひゃひゃひゃ」

 イチが、このように奇妙な笑いの発作を起こしたのは、簡単に言ってしまえば、彼女本人の所為だった。

 イチがノートに下手な絵を書いて説明して、女王に作って貰ったベストの試作品。それをレオに着てもらったのだが、どうやら小さかったようで、ぴっちぴち。

 窮屈そうに逞しい肩を竦めながら無理矢理袖を通し、破ってしまわないよう気をつけるあまり、ぷるぷる震えている姿がイチの笑いを益々あおる。

 「ひっ、ふはっ。ひ、ひぃっ」

 笑いすぎ、引きつけを起こしそうになってまで笑っているイチを見下ろし、レオは複雑そうな顔をして頬をひくつかせる。

 レオは、イチがここまで笑う姿を始めて見た。

 笑い顔を見られる事は嬉しいのだが、自分の姿をネタにここまで笑われると、微妙な気持ちになるのだ。そして、ひぃひぃと苦しそうに笑う姿に心配になる。

 「大丈夫か?」

 これ以上笑いの発作を起こされないよう、レオの体には小さいベストを脱ぎ、自分のイベントリに放り込んでから、腹筋が痛いと蹲り笑うイチの背中をさする。

 「お、おなか痙りそう。・・ぶふっ」

 笑いの発作は大分収まってきたが、思いだしたように吹き出す。

 「妙な事を考えるな、深呼吸をしろ」

 背中をさすりながら、深呼吸を促す。

 「・・・・・ありがと、大分落ち着いた」

 「そうか」

 「うん。でも、あれは出さんとって。絶対、また笑う」

 「分かった」

 また、大笑いのネタにはなりたくないので、ぴちぴちベストをイチに見せる気は無い。

 「あれはね、レオ君の腕回りやら肩幅を測らんと作ってもらったから、失敗したが。やから、」

 さっと、小さなメジャーをイベントリから取り出す。

 「採寸させて!」

 「お?お、おお」

 とは言え、イチに測るべき場所を指示するのは、製作者たる番人達の女王。イチは彼女の指示に従い、せっせと測ってはノートに記入。

 「よっしゃ、これで終わり。試作品が出来たらまた着てね」

 と言い残し、女王の背中に乗って慌ただしく去って行く。

 この場に残されたのは、レオ1人。クーとマーは、イチに付いて行ってしまった。

 「イチよりも、女王が張り切っていないか?」

 

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