衣服と饅頭 3
「なんだ、これは」
レオが帰ると、イチがスライムを背中に乗せたクーから逃げ回っていた。
「あ、レオ君!そのままおって!」
「は?」
イチはレオに気が付くと駆け寄り、その勢いのまま飛びつく。
「なっ」
よろめきはしないものの、イチを受け止めて目を白黒。
「上!お願いやき、持ち上げて!」
戸惑いながらもリクエストに答え、レオはイチを肩に乗せる。
「ぬぅ」
何故か力一杯、頭に抱きつかれた。
「レオ君!クーちゃんの上のスライムとって!」
「ん?ああ。おい、逃げるな。クー」
イチを追いかける事をやめ、逃げようとするクーの背中から、素早くスライムを掴み上げる。
「これは、ずいぶん綺麗な色のスライムだな」
掴んだスライムを目線の高さに持ち上げ、しげしげと見つめた。
レオの手の中で、スライムは逃げようとぐにぐにと暴れて形を変える。
「だ、大丈夫?そんなに掴んで、手ぇ溶かされん?」
「ああ、大丈夫だ。お前も触ってみるか?」
「え?」
「ほう。どうやらこいつも、お前に触って欲しいようだぞ?」
「ええー」
レオの言葉に、スライムは暴れる事をやめ、じっと動かなくなる。
「ほれ」
それを受け、レオは握っていた手を開き、掌に乗せたスライムをイチの目の前に差し出す。
「え、」
目の前で、ぷるりと揺れる薄い緑色の水饅頭。
本当に大丈夫なのかと、レオとスライムを見比べる。
「え?」
「大丈夫だ。このスライムに敵意はない。第一、危ないものならクー達番人が駆除しているぞ?」
「・・・・・それもそうか」
番人の呼び名は伊達ではない。彼等女王の子供達は、世界樹とそこに住まう者を害そうとするものに容赦しない。
よってたかって襲われて、即効コロリだ。
ごくりと唾を飲み込み、そっと人差し指をスライムに向ける。
「ひょっ」
所が、じっとして動かなかったスライムが突然ぷにょりと揺れ、イチは可笑しな悲鳴を上げて指を引っ込め、レオの頭に再度抱きつく。
「・・・・・」
それを受け、レオは無言で五指をスライムに食い込ませた。
これはつまり余計な事をすれば握り潰すというアピールであり、スライムは怯えたように小刻みに震え、レオの足元でクーが慌てたように走り回る。
「クー、今は仕置きの最中だ」
クーのとりなしに短く応じず、ぐりぐりと指に力を入れ続ける事、約1分。スライムの震えが弱々しくなったのをみて、指から力を抜く。
「動くなよ?」
スライムに念押しをし、イチの太腿を軽く叩く。
「イチ?もう大丈夫だから、つついてみろ」
「大丈夫?」
「ああ」
しっかりと頷くレオに、イチは再び指を差し出す。
「・・・・・」
つんっと1度つついて手を引っ込め、2度3度とつついて手を引っ込めるを繰り返し、4度目にスライムのてっぺんに指先を乗せる。
「こ、これは」
ほんのり冷たいスライムボディーは、固いとも、柔らかいとも言えない、ぷりんとした弾力のある感触。
魅惑的な感触だった。
しっとりひんやり、肌触りの良い表面。触れる指を押し返す絶妙な弾力。
「むっちゃ潰したくなる!」
欲望のまま、握った。
なんの躊躇もなく、握り潰すとばかりにスライムを握る。
レオの脅しが効いているのか、スライムは暴れる事もなくプルプルと震えるだけ。そして何故か、クーが足元でおろおろと這い回っている。
―なんやろ、この感触。どっかで似た感触のもんを握った記憶があるがやけど、
イチの思う似た感触の物とは、縁日等で良く売られている、柔らかいゴムボールに液体の入ったアレである。名称は、知らない。
「どうだ、大丈夫だろう?」
「良い感触やね!」
微妙に、会話が噛み合っていない。が、レオは気にしない。
にっこり笑って、イチを肩から下ろす。
「飼ってみるか?こいつは、何でも食うぞ?」
「!」
スライムの消化液は、金属も溶かして取り込む。
「まさか、」
「ゴミ問題が解決するんじゃないか?」
イチが持ち込んだ、彼方の世界の物から出たものの、どうにも処理の出来ないまま、イベントリに溜まり続けるゴミの数々。
そのゴミを、このスライムは処理出来ると言うのだ。
「素晴らしい!」
ぐにぐにと遠慮なく握り続けていた手を開き、掌に乗せてじっと見つめる。
「結構、握ると思うけど、それでも良かったら、私に飼われてみん?」
イチは、このスライムのような感触の物を握り潰す勢いで握る事が、大好きだった。
ただし、生き物は握り潰さないし、思い切り握る事もない。
「私なら兎も角、お前の握力ではこのスライムは握り潰せんぞ」
レオから、イチにとっては素敵な、スライムにとっては厄介な指摘がされる。
「そうなが?」
「ああ。聖域にいるものが、弱い訳が無いだろう」
「それもそうやね」
聖域最弱の生き物は、間違いなくイチだ。
「たまに思い切り握ったりするけど、どうする?」
問い掛けに、スライムは縦にぷるりと揺れた。それは、スライムからの了承だった。
イチは、クーに続き2匹目のペットをゲットした。
名前も付けた。
第一印象からそのまま、饅頭。ただ、レオからあんまりだと突っ込まれ、通称をマーちゃんとした。
饅頭(?) ****スライム
レベル **
体力 ****
魔力 ****
だから、この*はいったい何なのか。大事な所が、さっぱり分からない。
まぁ、良い。次だ。
スキル
分解吸収、分裂増殖、溶解液、物理無効、
魔法抵抗、全属性魔法、****、**
***、*****
だから、この*は何なのか。
兎も角スライムのマーは、強かった。それなのに、イチの手の中で好き勝手に握られ伸ばされている。
微妙に、嬉しそうだ。
「先程までの怯えようが、嘘のようだな」
無心に、マーを握って開いてを繰り返すイチに、レオは呆れ顔で声をかける。
彼の肩には、クーがいる。
「うん。なんか、慣れたら平気になった」
ぶにぶにと握っていた手を止め、マーを地面に下ろして解放する。
「ご飯食べる?」
「ああ」
「今日のご飯はお鍋やでぇ」
今日のお肉は、亀です。白菜、椎茸、シメジ、豆腐、人参、大根。味付けは、白出汁のみ。碗によそった後に、それぞれの好みでポン酢を後入れ。鍋には途中で、うどんをぶち込む。
―ああ、最高
「イチ、うどんを・・・」
「はいはい」
箸の使えないレオに代わり、丼にうどんを入れる。
「次は鳥にしてくれ」
「ん、分かった」
鳥も良いが、豚も良い。次は鳥でもその次は豚だ。
―ん、亀うまぁ
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