衣服と饅頭 2

 「出来たがやね!」

 何が出来たって?レオの、褌の上に着せる為の新装備。 

 ズボンである。

 製作者は、勿論女王。

 膝丈の、半ズボンの試作品から始まり、今のアラビアン風のゆったりズボンに行き着くまで、女王がどれ程の試行錯誤を繰り返したかった分からない。

 尻尾穴は当然開けられているが、最もレオが五月蠅かったのはズボンの裾の絞り部分。 

 ひらひらと広がる事をレオが嫌ったので、クーが開発したゴムのように伸び縮みする糸を束ねて作った紐を、絶妙な締め付けになるように配置している。

 「これなら、いくらレオ君やって、文句は無いやろ!」

 女王や番人達と共に、ハイテンションに喜び合う。

 レズボンを履かせたい相手は、最近になってやっと慣れたのか、諦めたのか大人しくズボンの試作品を履いてくれるようになった、裸族歴ウン百年の筋金入りのレオだ。

 間近に迫った完成に、テンションが上がってしまうのは仕方が無い。

 「後は色々付与して、感想を聞んとね」

 針と、クーに作ってもらった糸で、ズボンの側面に刺繍を刺していく。

 この世界で日本語は読める者は、イチと同じ召喚に巻き込まれたか、召喚された者以外にはいないので、模様のように見えるコレは、態々隠す必要が無くて都合が良い。さらに、上から違う色の布を縫い付ければ、隠せてアクセントにまでなる。

 防汚、防臭、耐摩擦、等と日本語で刺繍をして、効果を膨大な魔力に物を言わせて付与していく。

 浄化、耐魔法、耐物理、何より大切な事はレオの動きを阻害しないための効果。

 「動きを阻害しない?どういう言葉にしたら、分かり易いやろ。・・・・ま、そのままが一番分かり良いか」

 そのまま、動きを阻害しないと刺繍した。

 「・・・よっしゃー!あ、いかんいかん」

 出来たーと、言いかけてハタと思い留まる。

 再び針を持ち、ちくちくと縫う。

 「こうか、い、ん、ぺ、いっと」

 効果隠蔽。ズボンに付与した効果を隠します。 

 誰に隠すかって?対象は、今の所レオしかいない。

 ―気が付くかな?つかんかな?どうなるかな~

 ちょっとした悪戯だ。

 わくわくしながら、効果を付与する。

 「秘密ね?」

 足元にやって来たクーに、ニヤニヤ笑いながら人差し指を口の前に立てる。

 こくこくと頷くクーは、これでイチの共犯だ。

 「ふふふ、楽しみやねぇ」

 ニヤニヤが、止まらない。

 蟻の巣の攻略を終え、魔の森に挑む前の何もない穏やかな時間。ちょっとした悪戯が、楽しい。

 「んふふぅ」

 ―さて、このズボンは何色に染めようかな

 ズボンは、褌と比べて大きい。土鍋では少々無理があるので、コレを染める時はおでん鍋を使おう。金属鍋なので染め液が変色しないか心配だが、変色したらその時はその時はだ。

 タッパーに詰めた、染め液コレクションを並べる。

 赤、青、黄、緑、水色、桃、紫、群青。

 「何色にしよう。クーちゃん、何色が良いと思う?」

 問われたクーは、迷うようにタッパーの前をうろちょろとし、脚でトントンと蓋を叩く。

 「ピンク・・・・・」

 レオが身に付けるには大分可愛らしい色だが、ピンク色の褌はもうすでに作っている。何を隠そう、褌を染めた初めての色はピンクだ。本当は赤に染めたくて何度も繰り返し染めたのだが、ピンクにしかならず、諦めてピンクにしては渋い色にはなったが、ピンクはピンクだ。

 この際ズボンもピンクにして、いったい何の問題があるだろうか。

 いや、無い!

 思い立ったが吉日。さっそく、やろう。

 という事で、やった。

 何度か漬けて、干して洗ってを繰り返すのでまだ完成ではないが、悔いは無い。取り敢えず、乾くのを待つ間にご飯を作る。

 「なぁ、イチ。あの、ピンクの布は・・・」

 「レオ君の新装備」

 「お、おお」

 「今、レオ君が履いちゅう褌位の色にするき、楽しみにしちょって!」

 鍋をかき回す手を止め、グッと親指を立てる。

 何の偶然か、レオの今日の褌はピンク。何度も染め液に漬け、渋く濃く染めた一品だ。

 それと物干しで揺れるズボンを見比べ、項垂れる。褌を着けるようになった時と同じように、拒否しても、結局身に付けている自分が想像出来てしまう。

 「そうか」

 それしか言え無かった。

 「可愛らしい色は、勘弁してくれ」

 「大丈夫。可愛らしいどピンクは、私も抵抗あるし」

 「おい」

 「ん?」

 低い声で呼びかけられ、かき混ぜていた鍋から顔を上げる。

 何故か、レオがプルプルしていた。

 「疑問に思っていたのだが。何故、私の持ち物にピンクがあって、お前の持ち物にピンクが無いんだ?」

 「ピンクって、元々苦手やし。この歳でピンクってないやろ」

 「ピンクは私も苦手だし、歳は私の方が上だろう」

 「レオ君は、歳とかそういうもんを超越する程歳くっちゅうき、大丈夫!」

 「なんだその訳の分からん理由は」

 「レオ君、もうちょっとで千歳やん?」

 「ちょっとではなく、あと85年後だ」

 つまり、レオは今915歳。

 「スケールが大きすぎて、違いが分からんよ」

 「私はお前が分からんよ」

 イチとレオは、互いに呆れたように相手を見つめる。

 「まあ、良い。私にピンクを着せたのだ。今度、お前にも着させてあげよう」

 「えっ」

 「素材は知っている。可愛らしいピンクを期待していてくれ」

 「ちょ、」

 「期待していろ」

 レオはニヤリとと笑い、楽しそうに森へ出かけて行った。

 「ええー」

 お玉片手に突っ伏する。

 やり返された。悪戯を、悪戯で返された。

 実に素晴らしい、返しだ。

 「断れんやん」

 ピンクの褌は既に履かせてしまっている。ピンクのズボンは、現在製作中。レオが、ピンクの何かを持って来ても、イチには拒否出来る理由がない。 

 あれは、絶対に染色用の素材を採りに行った。

 作る気だ。あれは絶対に何かを作る気だ。そして、着せる気だ。

 「ま、負けた・・・・」

 しばらく落ち込み、沸騰する鍋にハッと我に返り、蓋をしてイベントリへしまう。

 ―いかんいかん。作り置きをたっぷり作らんと

 気を取り直して、米を炊き、肉をタレに漬けて、火の端で芋を焼く。

 しかし、

 「ピンクか~」

 作業の合間にレオとの遣り取りを思い出して、悶える。

 レオは、いったいピンクの何を持って来るつもりなのだろうか。

 超気になる。

 「ん?」 

 項垂れるイチの足元で、何かを言いたそうに行ったり来たり。

 「クーちゃん?」

 所が、声を掛けると大慌てで何処かに駆けて行ってしまう。

 「えぇー」

 何だろう、クーの行動が分からない。

 「なんだろうねぇ」

 首をかしげ、取りあえずおにぎりを握っていたら、戻って来た。

 「え?」

 クーの背中に何か乗っかっている。

 銀色がかった、薄い緑色の水饅頭に似ている不定形なアレ。

 「スライム?え、ちょっと、まさかソレ蟻の巣から持って来たが?いや、待って。ダメやって」

 プルプルと、水饅頭のようなスライムが、クーの背中で震えている。

 クーが危険だ。スライムは、全身から消化液を出して捕らえた獲物を溶かす、その上物理にも魔法にも強い、蟻の巣に生息する魔物の中でも超危険な魔物なのだから。

 「元いた蟻の巣へ戻して来なさい!」

 慌てたイチは、つい犬猫を拾ってきた子供を叱る親のような事を口走る。

 イチも子供の頃、母親から子犬を拾って同じ事を言われた記憶がある。まあ、その時の子犬は、その後20年家に居続けたのだが。

 「嫌ってね。危ないって、溶かされるって」

 嫌々と言うように体を振るクーに、困ったように眉を下げる。しかし、なんとかクーからスライムを引き剥がしたいのだが、消化液が怖くて手がけ出せない。

 「ちょ、危ないって」

 なのだが、何を思っているのか、クーはスライムを乗せたままじりじりと近づいて来る。

 そして、体を左右に振る。

 「のおぉう。溶かされるってぇ」

 クーの体が左右にフリフリ。

 「何が違うが~」

 軽いパニック状態で、イチは今にも泣きそうだ。

 クーはスライムを脚で示し、体を左右にフリフリ。

 「スライム?」

 今度は体を上下にブンブン。

 「・・・・・まさか、そのスライムは危なくないって言いたいが?」

 大きく上下にブンブン。

 「うっそぉ」

 今度は左右にフリフリ。

 やはりクーは、背中に乗せたスライムを危なくないと主張している。

 「うっ」

 じっと、つぶらな3対の瞳に見つめられ、たじろぐ。心なしか、スライムも何かを訴えかけるようにプルプル震えている。

 飼って良い?

 イチは、すっかり小さな子供に訴えかけられる親の心境だ。

 「か、飼いたいが?」

 それも、もう陥落寸前の親だ。

 「え?違う?」

 クーは体を左右にフリフリ。何故かスライムまで左右に体を揺らしている。

 「訳分からん!」

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