衣服と饅頭
「あ」
蟻の巣を大体攻略し終わろうかというある日、イチは久しぶりに己のステータスを見て、崩れ落ちた。
イチ(35) 人族
(35)これだ、35歳。イチが、ここに来たのは33歳の時だった。気付かない間に、いつの間にか2歳も歳をとっていた。
いつの間に、こんなに時間が経っていたのだろう。
「気がつかんとか、ありえんわー」
確かに、この2年はとても充実した毎日だった。
畑を耕し、種を播いては水やりだの何だのと番人達と共に世話をして、収穫。森へ行くレオに付いて行っては草木染めの素材を探し、美味しい実や茸を採り、実は酒に漬けてみたり、合間に数日間の蟻の巣攻略。
意識して使っていたので、魔法スキルも大分レベルが上がった。一番レベルが高いのは生活魔法のLv.8。一番低いのは、回復魔法で、Lv.2。
2人ともあまり怪我をしないので必然的に使う機会が少なく、精々イチの精神的、肉体的疲労を癒す為に使う時しか使用機会がない。なので、Lv.2に上がっただけでも頑張ったと思う。
勿論、褌も沢山作った。褌を糸から紡いだのは、女王やクーを初めとした番人達なので、イチは染色を頑張った。
本当は、イチはレオにズボンを履いてもらいたいのだが、番人達でも上手く作る事が出来ず、イチに作る技術は無い。だが、番人達、特に女王の熱意は素晴らしく、嫌がるレオを説得し、彼が納得するズボンを作ろうと奮闘している。
イチは、褌や布を染めたり魔法を付与するしか出来る事が無く、少し寂しい。
とにかく、そんなこんなあって毎日が非常に充実していて、年月の経過を失念していた。
「35。30代も折り返しか・・・」
微妙なお年頃のイチとしては、年齢に対して拘りを持っている。突っ込むな、話題にするな、的な意味でだが。
ともかく、いつの間にか過ぎていた2年という年月に打ちのめされる。
「もう少し、気にしちょけば良かった・・」
時計もカレンダーもないので難しい事ではあるのだが、気にしているといないでは、気持ち的に違うのだ。
「取り敢えず、料理しよ・・・・」
先日ついに、レオが言ったのだ。
“そろそろ、蟻の巣攻略終えようか”
と。
なので今、一生懸命攻略に持って行く為の料理を作っている。
「あ、鳥肉がこれで無い」
鳥肉は鳥肉でも、イチが持ち込んだ鳥肉ではなく、レオが狩ってきてくれた魔物肉である。
「牛肉は玉ねぎと焼肉のタレで焼いて、豚肉は、煮豚かな。卵も入れて、味玉も作らんとね」
牛も豚も、当然魔物である。
「まぁ、2年もかけたらレオ君もそろそろ攻略を、終わらせたくなるよねぇ」
と言うよりは、良く2年もかけてもらえたものだ。
―レオ君ってば、微妙にせっかちやきねぇ
「あ、卵焼きも作っちょこ」
ただ、葱を大量に刻む必要があるので、少々面倒臭い。
―でもなぁ、魔法スキル上がりきらんかったけど、迷宮攻略どうするがやろう
大量の葱を刻み、卵と1対1で混ぜて焼く。刻んだ葱ん使い切るまで、ひたすら玉子焼きを焼く。
―竜の巣は、勘弁して欲しいなぁ
竜の巣には、蟻の巣にもあった転移魔方陣のある安全地帯が、無いのだ。
最初から最後まで、全て危険地帯。
出来れば、否!絶対行きたくない。
きっとイチは、レオに行こうと誘われた瞬間、逃走を図るだろう。それほど、行きたくない。
だって、竜の巣は、その名の通り竜ばかりが住んでいるのだ。いや、それ以外にも魔物はいるが、一癖も二癖もあるものばかりなのだ。
―レオ君が、竜の巣とか言い出しませんように
心の中で祈り、ホットケーキミックスに卵を割り入れ、牛乳を投入してかき混ぜる。
―第2陣にはココア、第3陣にはチーズを入れよう。あ、焼き芋もありやわ
ホットケーキを焼く合間に芋を洗い、アルミホイルに包んで火の回りに並べる。
「あっつ!」
指先を火傷をした。
この日、熊肉を大量に捕ってきたレオは、鳥肉が無いとイチに言われるとさっと森へ取って返し、朝まで帰って来なかった。
イチには、この2年で増えたスキルがある。
世界地図。
迷宮内部も、行ったことの無い土地もばっちり網羅。その上、罠や隠し部屋に宝箱まで分かる素敵仕様。さらには、索敵、人探しまでバッチ来い。
何故、こんな便利過ぎるスキルが生えたのか分からないが、便利に使っている。
「よし、そろそろ行こうか」
「はいはい~」
しゃがむレオの背によじ登り、クーの糸で固定される。
「今回で、攻略終わるかな?」
「終わらせたいな」
蟻の巣は消臭剤を設置した温泉地以外は基本的に臭いので、イチもレオも進んで入ろうとは思っていない。
女王の住み家にある魔方陣から、まだ攻略していない場所へ一番近い魔方陣に転移する。
「あと、少しやね」
イチの視界に、環状連山の内部に広がる広大な蟻の巣の地図が映る。まだ、イチが行ったことの無い未踏の地は極一部のみ。
「ああ、終わらせよう」
レオも、やる気だ。足早に洞窟を進み、出会う魔物を次々イチに倒させる。
「百足か。やってしまえ、イチ」
「はいは~い。結界」
全長10mの黒い百足3匹は、イチの結界にまとめて閉じ込められ、そこだけ赤い脚をがしゃがしゃと蠢かせる。
見慣れた光景だが、何度見ても気色が悪い。
「駆除!」
びたんびたんと、結界の中で暴れた後、びんっと伸びて動かなくなる百足。
「よし、行くか」
「は~い」
残された物をイベントリへしまい、レオが歩き出す。
イチはいつも不思議に思うのだが、レオは道を見失わない。1度通った道は行き止まりから引き返す時以外に、通らない。
レオも、もしかしたらイチのもつ世界地図のようなスキルを持っているこのかもしれない。
「あ、ねぇ、レオ君」
「どうした?」
「竜の巣だけは、勘弁してね」
イチは知っている。レオは、イチを狩りに連れ回したがっている。
ただ、その為にはイチの上がらないレベルが問題になる。
生命力、防御力共に低いイチは、守り石があっても流れ矢や、魔法の衝撃等の間接的理由で簡単に死ねる。レオはそうならないように、魔法スキルを鍛えさえ、そのついでにイチを側に置きたがっているのだ。
「安心しろ。次は魔の森だ」
やはり次があったことに頬を引きつらせ、竜の巣ではないことに安堵する。
「竜の巣には、外縁から慣れていこうな」
頬が盛大に引きつる事が分かる。
―この人、その内私を竜の巣へ引き込む気満々やん。マジやべぇ
逃げ出したいと切に思うのだが、逃げる先が無い。
「大丈夫だ。生き物は、住んでいる環境に適応するものだ」
何故だろう。その言葉に不安が膨れ上がる。
「・・・・・あの、程々にお願いします」
レオの計画を止める事は出来ないだろうが、せめて、せめてその内容を少しでもマイルドなものにしたい。
「いきなり竜の巣にぶっ込んだら、おかずを毎日きゅうりにしてやる」
「それはやめてくれ!」
瞬時に反応する肉食系。
きゅうりは、ほぼ水。それをメインにするなんて、イチでもキツい。肉食系なレオには益々キツいものになるだろう。
「万が一行く場合は、外縁だけね?」
「う、うむ」
「奥へ行ったら、きゅうりね」
「うむぅ」
―よし、釘は刺せた!
イチ、内心で大きくガッツポーズ。ご機嫌で蟻の巣攻略に臨むのだった。
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