蟻の巣と風呂 3
骨。毛虫、百足、ゴキブリ等の超巨大な虫、動く死体、幽霊の親玉。天井から垂れてくる粘性生物。プリプリ、ブリブリしたゼリー的な色の汚い物体X。
これまで出てきた魔物は、どれもこれもテンションが下がる物ばかり。温泉というご褒美がこの先になければ、頑張れなかっただろう。
「そろそろ、休憩しよう」
「や、やっとだぁ」
レオの言葉に、イチはホッと息を吐いて脱力する。
「休憩まで長いって~。休憩はもうちょっとこまめに頂戴やー」
レオの鬣に顔を埋め、額をグリグリと押し付ける。
「おい、グリグリするな。クー、イチの糸を解け」
レオは腰を落としてしゃがみ、クーがくるくると糸を回収して、イチはレオの背中からずり落ちて地面に座りこむ。
「イチ、結界を張り直してくれ」
「は~い」
イチの周りだけにあった結界を消し、2人と1匹の回りに展開し直す。
「つっかれた~」
ごろりと地面に横になり、目を閉じる。
「おい」
「戦闘で緊張しっぱなしって、背負われちゅうだけでも、けっこうキツいね」
転がりながら体制を整え、頭の下に枕を敷く。
寝る体制だ。
「適当に起こして」
レオとクーの為におにぎりと果物、お茶の入ったやかんを置いて目を閉じる。
眠りはすぐに訪れた。
「なぁ、クーよ」
昼寝を始めたイチを正面に眺めながら、出されたおにぎりを頰ばり、自分のカップに茶をそそぐ。
呼びかけられたクーは、リンゴを齧りながらレオを見上げる。
「少し、急ぎすぎたようだな」
危険からは出来るだけ遠ざけたが、戦闘を続けさせ過ぎたかもしれない。
イチは、明らかに戦闘とは遠い者なのに、急ぎすぎた。
戦闘による精神的負担を軽くするためにも、休憩をもう少しこまめに入れようと思う。
「誰かと共にあるという事は、喜ばしい事ではあるが、大変だなぁ」
「ふあぁあ。・・・おはようございますぅ」
レオは、イチを起こさなかった。自然に起きるまで待ち、背中に背負った。クーに糸で固定され、結界解除からの再展開。
虫、不死者、不定形のオンパレード再び。
「げ、ゾンビ」
2人の視界に、蠢く腐乱死体。
強くなる気がする腐臭。ただし、2人共鼻はとうに馬鹿になっており、匂いがする気がするだけで感じてはいない。
「浄化。浄化、浄化、浄化、浄化!」
不死者の中でも、腐乱死体は問答無用で即浄化。
正直、腐乱死体には近づきたくない。潰したくない。何かの汁が飛んで来たら、半狂乱になる自信がある。
なので、さくっと生活魔法で浄化するに限る。
「生活魔法が、一番育ってる気がする」
「一番使う魔法だからな」
「迷宮でこんなに生活魔法を使う事になるとは思わんかった」
「そうだな。それは私も同感だ」
腐乱死体達は魔石や、目玉が結晶化したような丸いナニカや古びた武具が残ったが、元の持ち主がアレなので、そっと放置した。
時間が経てば、これも迷宮が吸収してくれる。
「さて、そろそろ行こうか」
「はいよ」
レオの呼びかけに、調子良く答えて身体強化と動体視力強化、暗視をかけ直す。
「まずは、温泉とやらを目標に行こう」
「楽しみやね!」
ただ、イチは思うのだ。蟻の巣は、臭い。だから、温泉があるだろう場所も、きっと臭い。
正直な話、臭い所でリラックスしたくない。
蟻の巣攻略中の今はともかく、後で色々考えてやってみなければならない。
臭い温泉で、すっきりしたのにまた臭くなるとか勘弁して欲しい。
生活魔法の浄化で不死者を倒し、虫は支援魔法で拘束して殺虫剤代わりに生活魔法の駆除で殺虫。不定形は生活魔法の冷却で凍らせて、鶴嘴で砕いて核を割る。
ほとんど生活魔法しか使っていない。
「イチ、分かるか?」
レオが、そう言って指差すのは、なんの変哲も無い洞窟の壁。
「壁?」
「そう見えるだろう?」
レオはイチを振り返り、ニヤリと笑う。
どうやら、レオが指差す場所は、ただの壁ではないようだ。
「ほあっ!?」
手が、レオの手が、洞窟の壁にめり込んだ。
「え、何ソレ。訳分からん」
「お前も手を入れてみろ」
「え、マジ?」
「うむ」
レオは、大真面目な顔をして頷く。
「えぇ~」
「えーではない。ほら」
「ちょっ。・・・・・おおぅ」
止める間もなく手を取られ、壁へ持って行かされる。
何の違和感無く、手が壁の中へ入った。
「なんともないだろう」
「なんともないね。え?ちょ、わぁっ」
思わず、情けない悲鳴を上げてしまう。
何の前触れも無くレオが壁に向かって歩く。手が入った事で何となく壁が見た目だけだと分かっているのだが、怖くて目を閉じしがみつく。
「おい、目を開けろ」
声の端々に、笑っている気配を感じる。
「イチ。なんともないだろう?」
「・・・・・あれ?」
促され、恐る恐る目を開ける。
洞窟の小部屋にいた。
「え!?」
後ろを振り返ると、そこには通路がちゃんとある。
「何コレ!」
「魔方陣の隠し部屋だ」
「魔方陣なんて、ないよ?」
「魔方陣は、魔力を通さんと見ることは出来ん」
イチはクーにお願いして、レオの背中から降ろしてもらう。
この小部屋は通路からは幻影に阻まれて見えず、入れたとしても、魔方陣は魔力を通さない限り現れない。そして、この小部屋は魔物が入って来られない素敵仕様。
「イチ。コレに魔力を通せ」
小部屋を観察していると、レオに呼ばれる。
小部屋一番奥、直径1m程の魔方陣がレオ足元で光を発している。
「端に、手を乗せるだけで良いぞ」
「分かった」
魔方陣の端に、触れる。
自分の中にある何かが、魔方陣に吸い込まれ、一瞬強く光が放たれる。これで、魔方陣は機動され、この魔方陣をイチは使えるようになった。
「少し休んだら、再開しよう」
「どうせやったら、ご飯にせん?」
「それも良いな」
作り置きの味噌汁、おにぎりと刻み葱たっぷりの卵焼き。
迷宮攻略中、手を抜ける所はしっかりと抜くつもりである。
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