蟻の巣と風呂 2

 「入れば良かった。勿体ないことをしたって、どういうこと?」

 イチとしてはまだ尻尾騒動の衝撃は治まっていないが、絶対に聞き逃せない事柄なので問い掛ける。

 風呂に今日初めて入ったであろう人が、何処かで見たかのような言葉は、聞き捨てならない。

 「何処かで、温泉でも見た?」

 「名称は知らん。蟻の巣で、湯が湧く泉を見た事があるだけだ」

 「それ、温泉!っとと」

 「何をしているんだ?お前」

 思わず飛び起き、くらっとなってバランスを崩してレオの腕に支えられる。

 「ったく」

 「うえっ!?」

 目を白黒させるイチを毛布で巻き直し、右腕を背中に回して、胡座をかいた膝の上に座らせる。

 「湯が湧く泉を温泉と言うのなら、私が見た物は温泉だろうな」

 この状態でなら、自由に動けないのでイチが目眩を起こす事もないだろう。

 「素晴らしい。それで、その蟻の巣とか言うのはいったい何?」

 自由に動けないイチはレオの膝から逃げる事を諦め、大人しく問い掛ける。

 「竜の巣の地下だ」

 「りゅうのす?」

 蟻の巣も竜の巣も知らないので、首を傾げる。

 「環状連山の表面が竜の巣。地下が蟻の巣だ」

 「へ~」

 環状連山は、表面と地下で全く違う2つの迷宮が存在する、世にも珍しい迷宮だった。

 レオの言うには、蟻の巣とは環状連山の地下へ文字通り、蟻の巣のごとく張り巡らされた広大な洞窟迷宮。虫型、不死者、不定形の魔物が数多く生息する、精神に優しくない迷

宮なのだそうだ。

 その、ちょっとアレな迷宮の何処かに温泉が湧いている。

 ―い、行きたい

 だが、レオに連れ行ってもらわない限り、イチはその温泉へ辿り着けない。

 「・・・・・・」

 チラリと、レオの顔を窺う

 不機嫌では無い事以外、分からなかった。

 「どうした?温泉か?」

 「・・そう。温泉行きたいがやけど、」 

 「虫、不死者、不定形だが?」

 主に生息している魔物を上げ、本気で行きたいのかと確認する。

 レオとしては、イチを蟻の巣へ連れて行く事に抵抗は無いようだ。

 「不死者は良く分からんけど、蜘蛛以外なら頑張れると思う」

 「そうか。私は、不死者が苦手だな」

 「?」

 「奴等は、大概臭い」

 「ああ、」

 納得した。

 獣人は、鼻が良いのだ。そんな彼等の鼻に、動く死体は多大なダメージを与えるのだろう。

 「お前を温泉に連れて行く事に、私は反対しない。だが、」

 「だ、だが?」

 イチは、かなりの嫌な予感を感じた。

 温泉へ行きたいばかりに、レオの、妙なスイッチを押してしまった気がする。

 「お前にも、迷宮攻略をしてもらう」

 「え、?」

 「迷宮攻略」

 楽しそうに、獰猛な獅子が笑っている。

 ―どうしよ、かなり怖い!

 「転移の魔方陣を使えるようになれば、色々便利になるぞ?」

 聖域の外側にある迷宮には、転移魔方陣と言う便利なものがあり、機動させればいつでも使えるようになるそうだ。

 ファンタジーな物に、とても引かれてしまう。

 「蟻の巣の魔物は、聖域の魔物よりは弱いから、お前の魔法のレベルも上げる事が出来るぞ?伸び悩んでいるんだろう?」

 「う、」

 その通りだ。 

 聖域の魔物に、イチのレベルの低い魔法はほとんど効かない。効果が現れなければ、魔法のレベルは上がり辛い。

 イチが、地味に悩んでいる事だった。

 「イチ、どうする?」

 「ぐぬぅう」

 レオは、実に良い笑顔で笑っている。

 「頑張ります~」

 「ああ。私も協力するが、メインはあくまでもイチだからな。頑張って、全攻略しような」

 「何だか話が違わん!?」

 温泉に行く為に、迷宮を攻略する。そういう話しだったはすだ。

 「私がイチを温泉に連れて行く代わりに、イチが攻略を頑張る話しだな」

 「なんか違う気がする」

 毛布に巻かれたまま、モゴモゴと悶える。

 「おい、余り動くと中身が出るぞ」

 「言い方!」

 突っ込みつつ、モゴモゴ動くことをやめる。

 「レオ君~。私のテントへ連れて行って」

 「もう大丈夫なのか?」

 「大丈夫~。お腹も空いてきたし、ご飯にしよう」 

 「分かった」

 ひょいっと持ち上げられ、寝床のテントへポイッと入れて貰う。

 レオは、イチの茶色の大きめ便所下駄も持ってきてくれた。

 ぱぱっと着替え、便所下駄を履いて外へ出る。なお、今夜のおかずは豚汁です。


 風呂をきっかけに始まった、レオによるイチ強化計画は3日後問題なく開始された。

 世界樹下の鳥居に行ってきますのあいさつをし、聖域を縦断して蟻の巣へ連れ込まれる。

 「さあ、やれイチ」

 蟻の巣は、所々に光る茸や苔が申し訳程度に生えるだけで暗く、イチは自分の目に暗視の魔法をかけ、体を強化し、薄く結界を張り、レオに背負われて、クーの糸製おんぶ紐で固定され、魔物を倒せとけしかけられる。

 ただ温泉に入りたいだけなのに、やることが想定外に超ハード。

 最初の相手は、不死者の中でも取っ付きやすいスケルトン。ただし、大柄で全身鎧を身に纏い、個々に武装までしている骨が7体。

 「なんかゴツイ!」

 「スケルトンの上位種だからな」

 イチとレオ、2人が住んでいる世界樹の聖域は世界でも屈指の難易度を誇る、難攻不落の迷宮。回りにある他の迷宮の難易度も当然高く、生息している魔物もレベルが高い。

 上位種がいる事が当然である。

 「さあ、まずは動きを止めろ。穴は掘れないから、気を付けろよ」

 「分かってるよ~ぅ」

 迷宮の地面は魔法では殆ど動かせない。

 なので、落とし穴は掘れない。落とし穴が使えないので、それ以外で動きを止めなければならない。

 「拘束!」

 地面から伸びた蔦は、避けられた。役目を果たせなかった蔦は、花の蕾のようにぎゅっとまとまり、何事も無かったように消える。

 「うげっ」

 蔦を避けたゴツイ骨に集られそうになるが、レオが壁を蹴ってその頭上を飛び越え、背後を取る。

 「ほら、今だ」

 「拘束!」

 今回は、骨の拘束に成功。3体の骨が蔦に絡まれて、藻掻いている。

 残り、4体。

 「ほら、残りも拘束してしまえ」

 「するき、ちょっと止まって~」

 レオが洞窟の壁まで使いアクロバティックに逃げるので、イチはなかなか狙いを定める事が出来ないのだ。

 「動体視力の強化はできんのか?」

 「や、やってみるぅ」

 身体強化を使っていても、好き勝手に動くレオの動きに合わせるのも、なかなか辛い。だがまあ、その内慣れるだろう。

 「ど、動体視力強化。あ、出来た」

 ビバ魔法。

 言ってみたら、動体視力が強化された。

 「拘束!」

 良く見えるようになったお陰で、残り4体も1度で捕まえる事が出来た。

 蔦に搦まれてウゴウゴと蠢く骨。

 「これ、次どうしたら良いが?」

 放置しても良いなら、放置いて行きたい。

 「放置?ねぇ、置いて行かん?」

 「私なら、魔石を握り潰すが」

 「私にそんな握力はないよ!」

 戦闘特化な人と、一緒にされては困る。イチは、支援特化なのだから。

 「不死者には、浄化だが」

 「その浄化は浄化違いやと思う」

 不死者を浄化するのは、聖魔法の浄化であり、生活魔法の浄化ではない。

 「ダメで元々。やってみたらどうだ?」

 「そうやね」

 やってみて、失敗しても損はない。ダメだったら、レオに潰して貰えば良いのだ。

 ―アレは汚れ。アレは汚れ

 自分自身に言い聞かせ、

 「浄化!」

 「「あ、」」

 浄化をかけた骨が、ボロボロと崩れて消えた。ついでに、役目を終えた蔦も消える。残ったのは、黒みがかった緑色の魔石だけ。

 「不死者って、生活魔法の浄化でとどめさせるが?」

 「生活魔法では無理だったと思うが、」

 「やれたで?」

 「やれたな」

 おそらく、イチの魔力が馬鹿高いからということにして、2人してそれ以外考える事をやめた。

 ―思い込みって、案外有効?まあ、出来るなら、それでいっか

 残りの6体に生活魔法の浄化をかけ、残った魔石や武器、防具を回収して先へ進む。

 目指せ、温泉。

 

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