蟻の巣と風呂

 「お風呂に入りたい」

 ある日、イチの中でそんな思いが膨れあがった。

 浄化があるので体は綺麗なのだが、お湯に浸かってぼうっとしたい。

 湯に浸かる。それは至上の快楽だ。

 しかし、此処には湯船がない。いや、ないのなら作れば良い。落とし穴の要領で、地面に湯船を作ろう。

 レオはいつも通り森へ出掛けていない。

 やるなら今だ。

 では、思い立ったが吉日。さっそくやる。

 クーを通じて、女王から領域に穴を掘る許可を貰い、小川の近くに湯船になる穴を罠魔法で掘る。

 土が剥き出しの表面は、固めて石にするイメージでやってみよう。

 「おお、案外上手くいくもんやね」 

 横幅1.3m縦幅2m深さ1mの湯船が出来た。レオが入る事も考えて、大きめにしてみた。

 表面は叩くと硬く石のようで、土が溶けて湯が汚れる事はなさそうだ。

 「湧水」

 地面から湧き出す水のイメージで、水を湯船に貯めてゆく。

 思った以上に時間がかかり、イライラする。

 ―大きくしすぎた?いや、私はともかくレオ君を基準にしたらこれが正解

 イライラしつつ、諦めて水が貯まるのをじっと待つ。

 30分程かかった。

 あんまり時間がかかるので、米を炊いてハンバーグの種まで作ってしまった。今回は、かさ増しのために豆腐が入っている。

 「加熱」

 これは思った温度に出来るので、とても便利な生活魔法の一つだ。

 水は、あっという間に40℃の適温になる。

 「おー、良いねぇ」

 手をつけ、お湯をかき回す。

 とても、気持ちが良かった。

 「あ、排水・・・・」

 地面に掘った穴に湯を入れているので、風呂に入りた終わった後、排水する事が出来ない。それに、地面と同じ高さの湯船は目線が低くなりすぎて嫌だ。

 「失敗した!」

 頭を抱えて、しゃがみ込む。

 いやいや、待て待て。風呂の為だ。こんな

小さな 失敗がなんだ。こんな失敗、

 「無かった事にしてやる!」

 という事で、湯船の回りの土を切り離すイメージで固める。そして、その穴の下を隆起させる。

 湯船がせり上がり、地面にドーン。

 「うわ、周りと違和感ありすぎ」

 美しい森の中に、土を固めて作った茶色の湯船。

 センスが欠片も感じられない、とても残念な見た目だ。

 「まあ、風呂は風呂やし、いっか」

 因みに、湯船に張ったお湯は浄化を掛けたら消えた。

 湯船に湯を張り直し、側に簀の子を置いて足場を確保。タオル、セッティング良し。目隠しが無い事が辛いが、バスタオルを巻けば良いだろう。

 森を汚したくは無いので、シャンプーにリンス、ボディーソープの出番は無し。まあ、毎日浄化をかけているので汚れはない。

 「よっしゃ、風呂!」

 寝床のテントで服を脱ぎ、バスタオルを巻いて外へ出る。足元は靴ではなく、愛用の便所下駄だ。

 ―ああ、大自然でタオル1枚だけって、妙な開放感

 危ない感覚におちいりつつ、片手鍋を洗面器代わりに使って掛け湯をし、念願の風呂へゆっくりと浸かる。

 「ああぁぁぁああぁ」

 ―超気持ちいい

 幸せな気持ちで、体中の力を抜く。 

 ―最高

 「ん?気になる?」

 イチの頭の上か肩にいつも乗っているクーが、風呂の縁へ移動して、不思議そうに湯を見つめていた。

 「これは風呂っていうてね、向こうにおる時は毎日入りよったが。まあ、気持ちの良い、娯楽みたいなもん。クーちゃんも、入ってみる?」

 普通の蜘蛛なら茹で蜘蛛になりそうだが、番人の1匹であるクーなら、なんともない気がするので薦めてみた。

 クーはそっと脚の1本を湯に入れ、慌てた様子で脚を湯から出す。

 「あ、ダメ?そっかぁ、残念」

 「なにがだ?」

 「うわぁ!?」

 声に顔を上げると、レオが頭側に立ち、イチを見下ろしていた。

 何故、こんな時に限って帰りが早いのだろう。

 それと、イチが驚いている様子を見て、ニヤニヤと楽しそうにするのはやめて欲しい。

 「お、お帰り」

 「ああ。で、お前は何をしているんだ?」

 「風呂」

 「どこぞの、貴族のようだな」

 この世界の住人は、大概の者が生活魔法の浄化を使えるので、わざわざ風呂に入るのは貴族か金持ちの道楽者だけなのだ。

 「私が住みよった所は、皆綺麗好きでね。誰でも毎日入りよったで」

 「ふうん」

 「え?ちょっ!?」

 イチが何か言う暇は無かった。

 両脇に手を入れられ、持ち上げられたと思ったその瞬間には、風呂の中でレオの膝の上へ乗っかっていた。

 溢れ出す湯、流されてゆくクーと簀の子とタオル。

 呆然とするイチ。

 抱き枕にされるのは、何とか慣れたというか自分の所為なので諦めたが、コレはダメだと思う。

 ―なんでこんな状況!?

 「ふううぅ。これは、確かに心地良いな」

 「なんで、レオ君まで入って来るが!」

 首を捻って見上げ、抗議の声を上げるが、レオは不思議そうにイチを見返す。

 「コレは、私が入る事も考えて作られた物だろう?」

 「そうやけど、一緒に入るのは想定しとらんの!」

 「何故?」

 「何故って、男と女はある程度別にするべきやろ」

 「今更じゃないか?」

 「ぬう」

 それはイチも同意するが、認めるつもりは無い。

 「今更じゃないって、別やって!」

 「まあ、気にするな」

 「無理!て言うか、レオ君浄化した?お湯が汚れる!」

 「戻った時に1度した」

 「・・・したなら、まあえいか」

 実はイチ、魔石に魔法を付与出来るようになっていた。そこで魔石に浄化を付与して、レオがいつでも自分で自分を綺麗に出来るように、巾着袋に入れて渡していた。

 「ああ。だから気にするな」

 「・・・・一緒にお風呂は、気にするよ!?」

 「ちっ」

 「舌打ち!?」

 「気にするな」

 「むーりー」

 イチは風呂を出ようとするが、レオはそれを阻むように彼女の腹に腕を回す。

 一緒にお風呂を回避したいイチと、一緒にお風呂をしてみたいレオの間で攻防が起こったが、逆上のぼせたイチが大人しくなって終わった。


 「大丈夫か?」

 「ちょっと、気持ち悪い・・・・・」

 イチはレオの寝床に寝かされ、大きな葉で風を送ってもらう。

 「風呂は、暴れるものではないな」

 「そうやね、」

 元凶はお前だ。と、イチとしては言いたい。

 因みにだが、乾燥はかけて体もバスタオルも乾いていたが、今だバスタオル一丁である。

 自称乙女なイチには、あり得ない事である。

 「なんか掛けて~」

 「はいはい」

 毛布を掛けてもらい、蓑虫のように包まって一安心。

 「水は?」

 「飲む」

 「はいはい」

 気分はすっかり介護される病人。背中を支えてもらって水を飲み、再び寝転がる。

 ―ああ、今日はいったいなんて日なんやろう。膝に乗って一緒にお風呂とか、恥ずかしすぎ!

 大人しく寝っ転がりながら、イチは内心でもだもだと悶えていた。

 「お前、飯はどうする?」

 「食べる」

 平然と飯の話しをするレオが、普通すぎて悶えている自分が馬鹿らしくなる。

 「病人じゃないし、ちょっと待って」

 ―私も、気にするのやめよう

 「ああ」

 また、ぱたぱたと扇いで風を送って貰う。

 「温かい湯に入るのは、思った以上に心地が良かったな」

 レオは今回初めて湯に浸かったとかで、機嫌良く尾が揺れている。

 「これ程心地が良いなら、入ってみれば良かった。実に、勿体ないことをした」

 「入ってみれば良かった?」

 聞き捨てならない事を聞いた。

 パタパタと動く尻尾を、がっしりと掴む。

 「なっ」

 獣人型魔族の尾は、触ってはいけない。そこは、結構なセックスシンボルであるのだ。

 獣人型魔族は、尾と尾をからませて愛を表現したり、愛を確かめたりするのだ。

 イチは知らないが、これは知らないイチが悪い。

 「なっ。し、尻尾は掴むな」

 「さっきの、もう一回!」

 「尻尾を、掴むな」

 「そっちやないって」

 「尻尾」

 尻尾を挟んで、押し合いへし合いをしばらくして、話しを聞きたいイチがレオの尻尾から渋々手を離す。

 「イチ、獣人の尻尾は無闇に触ってはいけない」

 尻尾をイチから離し、レオ、じっくりと語りかける。

 レオの真剣な雰囲気に、イチも大人しく聞く。

 自分の身のためにも、今茶化してはいけない。そう感じた。

 実際は寝ているが気分は、正座だ。

 「私達獣人の尻尾は、愛情を表現するための器官であり、性感帯だ。性的に襲われたくなければ触ってはいけない」

 目が、ヤバいくらいに本気だ。

 チキンなイチはすくみ上がり、毛布に頭まで入り込んで丸くなる。

 「触らんので襲わんで下さい」

 そこまでして、お願いされると困るのはレオだ。彼は、イチに対してそれなりの愛着をすでに持っている。触るなとは言ったが、イチになら尻尾に触られても不快ではない。

 「・・・・・分かってくれればそれで良い。で?お前は何に引っかかったんだ?」

 毛布越しに頭を撫で、話しの続きを促す。

 ―焦っても仕方が無い。じっくり確実に、距離を詰めて行こう

 

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