褌を巡る日々の諸々 3

 「ぐおっ!?」

 「ん?」

 何か硬い物がぶつかる痛そうな音と、悲鳴。

 顔を上げてそちらを見ると、レオが額をおさえ、うずくまって悶絶していた。

 「ちょ、レオ君!?大丈夫!?」

 駆け寄り、レオの手の上から額をさする。

 毛皮があるので、腫れているのか瘤になっているのか良く分からないが、今もまだ唸っていて、とんでもなく痛そうだ。

 そうだ、こんな時こそ回復魔法を使うべきだろう。

 練習に調度良いと思ってしまった事は、レオには内緒だ。

 「痛いの痛いの飛んでけー」

 痛みを何とかするならコレだろう。イチも、小さな頃には良くお世話になった。

 「どう?痛いが、ないなった?」

 「ああ」

 痛みを感じなくなったレオは額から手をどかし、呆れ顔でイチを見つめる。

 「だが、その呪文はもう少しどうにかならんか?」

 「無理ー」

 イチの魔法はイメージが大事で、1度しっかりイメージが固まると、なかなか変える事が出来ないのだ。

 「そうか。しかし、なんだこれは」

 レオは、不思議そうな顔をして何も無い空間を、何かがあるかのようにペタペタと触れるような動きをする。

 「?。何もないで?」

 レオにならってその周辺に手を持って行くが、イチは何にも触れずに首を捻る。

 「私が出かけている間に何かしなかったか?」

 「レオ君がおらん間?」

 そう言われても、特に変わった事はしていない。

 「結界魔法の練習はしよったけど」

 「それだ」

 「どれ?」

 「結界魔法は、指定した範囲に指定した者以外を入れないようにする魔法だ。張るなとは言わん。だが、分かり易いようにしてくれ」

 「・・・・・色を付けるように頑張ります」

 というか、レオも入れるようにします。

 「そうしてくれ。それから、今ある結界を消してくれ。また、ぶつかる」

 「危ないね!ええっと、解除?」

 あちこちで、何かが消えた気がする。

 まあ、見えないのではっきりとは分からないが。

 「そんな事より、乾燥。浄化。はい、これ。試しに着けてもみてね」

 濡れたままの毛皮を乾かし、綺麗にして、にっこり笑って試作品2号改をレオに押し付ける。

 レオに渡したばかりのカーディガンは、またしてもどこかに行ってしまっていた。

 「お、おお」

 「さあ、レッツ試着!」


 「感触は、悪くないが・・・・」

 何とも言えない違和感を感じているようで、微妙な顔をしてモジモジしている。

 ―なんやろう。何か、良い

 イチの、心の中の何か刺激される。

 「イチ?何かおかしな事を考えていないか?」

 「考えちょらんで?」

 疑いの目で見られても、知らんぷり。

 「じゃ、しばらくそれでおって」

 「・・・・分かった」

 ため息を吐いて、レオは突っ込みを諦める。

 「今日の飯は?」

 「昨日、レオ君にひき肉作ってもらったやろ?それでハンバーグ作ってみた」

 「新しい料理か、楽しみだ」

 「ちょっと待ってや」

 ハンバーグを焼く前に、味噌汁を作って米を炊く。

 その間暇そうに作業を眺めているレオに、魔法について問いかける。

 「魔法に、支援・付与魔法ってあるやん?」

 「ああ」

 「何で支援魔法と付与魔法じゃなくて、支援・付与魔法なが?似ちゅうようで、似ちょらんと思うがやけど」

 「そう言われてもな」

 胡座をかいたレオは困ったように頬をかく。

 「大昔からそうだからな。何故、と考えた事はないなぁ」

 何というか、とてもがっかりな答えだった。

 「そっかー。不思議なセットの魔法ながやねー」

 うん、全く分からない。

 仕方のない。あちらでやったゲームや、読んだ小説、漫画を参考に妄想して色々考えてみよう。

 なんだか楽しい。

 味噌汁の鍋と土鍋しまい、フライパンを温める。

 さぁ、いよいよハンバーグを焼く。

 「まあ、私は元々魔法は生活魔法しか使え無かったからな」

 ―今は、その生活魔法も使えんがな

 イチがハンバーグを焼く正面で、レオが何かゴソゴソとやっている。

 何かを探しているような、そんな様子だ。

 皿にキャベツの千切りをたっぷりとのせ、トマトのくし切りを添える。片面を焼いて、ひっくり返してふたをする。

 「?」

 そんなイチの視界の端でレオが、イベントリから次々取り出して、本の小山を作っていた。

 1冊の背表紙の幅が10㎝はありそうな本が6冊。その山をそっともちあげて、そっとイチの側に置く。

 「私は魔法は使えないが、使えないなりに学んだ時期もあった」

 「なるほど」

 つまりコレは、魔法の使えないレオが、せめて魔法を学ぼうと努力した跡。

 「うわ、属性魔法っていうか、攻撃魔法の本ばっかり」

 地水火風と光と闇の基本6属性の、攻撃魔法について書かれた魔法書。

 残念ながら、イチが使える魔法についての本はない。ないが、使えない魔法についての本でも、読めば何かの為にはなるだろう。

 「私にはもう必要の無い物だから、イチにあげよう」

 「ありがとう、レオ君!」

 取り敢えず、本を読もう。

 「危ない事と、妙な事はするなよ?」

 その、妙な釘の刺しようはなんなのだろうか。

 「そんな事せんって」

 レオが、イチを心配してくれているのだと思い、大人しく変な事はしないと胸を張る。

 「お前は此処の常識が無いからな。何かする時は、一声かけてくれ。」

 「・・・・・・」

 心配してというか、常識知らずと思われているだけらしい。

 イチば不満気にぶすくれる。

 「どうした?」

 「どうもせんよ。レオ君、お皿取って」

 「うむ」

 レオの皿に3つ、イチの皿には1つハンバーグを乗せる。フライパンに残った肉汁に、ケチャップとウスターソースを適当に入れてひと煮立ちさせて、ハンバーグに回しかける。

 2人で協力して、食事の支度をして、いただきますをする。

 ハンバーグは好評で、レオは張り切ってひき肉作りを請け負ってくれた。人力でのひき肉作りは大変に疲れるので、彼の申し出はとても助かった。

 そしてこの夜、攻撃魔法についての本を寝落ちするまで読んでいたイチは、翌朝再びレオの抱き枕になっているのだった。

 

 

 

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