1章 世界樹の聖域

褌を巡る日々の諸々 

 イチの生活は、魔の神様によってレオの元へ送られてから激変した。

 「ぬあぁぁあ、腰にくるわぁ」

 鍬を片手にぐうっと腰を伸ばす。

 この世界に、便利な農業用機械はない。農業用に転用出来そうな、魔法もスキル持っていない。

 イチは、人力で世界樹近くの土地を耕していた。 

 女王や番人達の許可を得て、危険な迷宮でのんびり自給自足生活を始めていたのだ。

 勿論、レオに褌を履かせるという目的は忘れていないが、褌作りばかりしていても生活は出来ない。

 複製しながら飯を作り、畑を耕して持ち込んだ種を蒔く。目的は、新鮮な生野菜。

 ただ、自力だけの農作業というのは初めての経験で、想定していた以上に全身にくる。

 「あぁあぁぁ、伸びるぅ」

 前に後ろに上半身を倒し、腰を伸ばす。

 「ん?」

 足元で動く黒い生き物。

 「クーちゃん?」

 クーはイチのズボンの裾を引き、脚でテントを指し示す。

 「そうやね、休憩にする」

 首に掛けたタオルで汗を拭き、靴に付いた泥を落として畑から出、草の上に腰をおろしてホッと息を吐く。自覚は無かったが、相当疲れていたようだ。

 「クーちゃんもお茶飲む?」

 クーの全身が左右に揺れる。

 これは、否定の意思表示だ。

 「そっか、残念」

 クー達番人は、女王を含めて火の通った食べ物を食べようとしない。

 水筒のお茶をカップへ移し、茶菓子替わりの蜜柑の段ボールを取り出す。とたん、わらわらと集まって来る番人達。

 イチは、いくつか蜜柑を取り出すと、そっと蜜柑の入った段ボールを番人達に手渡す。彼等に任せれば、適当に分けてくれるので安心だ。

 ただ、止めはしないが、イチがはいだ蜜柑の皮まで持って行くのはどうかと思う。

 「神様方もどうぞ」

 これまた女王の許可を得て、枝で作り世界樹の根に立て掛けた小さな鳥居の下に、蜜柑を4つ積む。

 ただ単に思いつきで作った鳥居だが、八百万やおよろずの神様に見守ってもらっているような気がして、何だか落ち着く 。 

 「さて、続きっと」

 お茶を片手にしばらくボーッとして、鍬を手にして気合いを入れる。

 「おお!」

 耕した所に畝が出来ていた。 

 畑の周りでカサカサと動き回る小さな番人達。どうやら彼等が、昨日イチが作った畝を見本にして休憩中に作ってくれたようだ。

 「番人さん達、ありがとう!」

 思わず大声で礼を言うと、一斉に脚を振って答えてくれる。

 畝が出来ると種を蒔けるので、本当助かる。

 「何を蒔こうかなぁ」

 この3日の間に、小松菜、ほうれん草、人参、トマト、トウモロコシを蒔いた。

 イベントリのリストを見て次に蒔く種は何にしようかと頭を悩ませる。

 「芋・・・・」

 ジャガイモとサツマイモ。そして、イチが愛してやまない干し芋用の白芋。 

 「ふふふ、次は芋にしよう」

 ジャガイモは大きい物を半分に切って植えよう。サツマイモと白芋は蔓が欲しいので、間違わないように別の畝の端に1個づつ植えて、蔓を増やそう。

 「楽しみやねぇ」

 一番の楽しみは、干し芋になる白芋だ。

 ご機嫌に芋を植えていく。そう広くないので、すぐに終わってしまった。水撒きも、同じくだ。

 「なにしよう。・・・米、炊くか」

 レオは米を気に入ったようで、良く食べてくれる事は嬉しいのだが、折を見て炊かないとすぐに無くなってしまう。

 それから、肉を使ったおかずを、本を見ながらせっせと作りためる。

 レオは肉食獣らしく生肉を好んでいるが、イチの作ったおかずも良く食べてくれる。作りためないと、足りない。

 「ロールキャベツ・・・・・」

 美味しそうな写真に、目が釘付けになる。だが、ハンバーグも作りたいのに、ひき肉が心許ない。

 「ひき肉、レオ君に作ってもらおう」

 肉を叩いてひき肉にしてもらおうと決め、そっと包丁を複製した。

 ―今回は、別のを作ろう

 「・・・肉巻きにしよ」

 本の料理は辞めにする。中の野菜を変えたら、同じ味でも楽しめるだろう。

 米を炊きながらおかずを作り、おにぎりを握って褌の試作品を縫う。

 試作品1号は失敗作だった。タオルで作ったのだが、1本しか使わなかったので、長さが足りなかった。それにもう1本足して、試作品2号を作っていた。

 レオが好む生地を探したいので、2号が出来たら、化学繊維や綿のTシャツで、3号4号を作るつもりだ。

 彼の好む生地を見つけて、それから尻尾を通す穴を考えるのだ。

 しばらく無心で縫い続け、指を針で刺してしまった痛みにハッとなり、味噌汁を作って気分転換。また無心で縫い続けてを繰り返して夕方を迎える。


 「出来たー!」

 試作品が、4号まで完成した。どれもこれも縫い目は歪だが、縫い慣れれば少しはましになるだろう。

 レオが帰って来たら、まずは試作品2号から試しもらおう。

 「そうか」

 「?」

 焚き火を挟んで、レオが胡座をかいて座っている。

 何だか、退屈そうに見える。

 「おかえり。いつの間に帰って来たが?」

 「大分前だ」

 言われて辺りを見回すと、木々の梢から見える空はかなり暗くなっていた。

 縫い物に集中し過ぎてイチは、かなりの時間レオを放置してしまっていたようだ。

 「うわっ、ごめん。ご飯にするね」

 慌てて試作品と裁縫道具を片付け、味噌汁の鍋と土鍋のご飯、おかずの皿を出す。

 「手は?」

 「言われた通り、血は全て流してきた」

 その言葉の通り、レオの上半身の毛はへたりとへたっている。

 「ねぇ、レオ君」

 「なんだ」

 「昨日渡したばっかりのカーディガンは?」

 レオが、また真っ裸になっている。

 理由は分かっている。レオに渡したカーディガンが無くなるのはこれで3回目。

 「・・・・・落とした」

 すいっと、レオの目が逸らされる。

 レオの毎日欠かさず行われる魔物との戦闘にカーディガンが耐えきれず、あっという間に擦り切れてぼろ布となり、数日で何処かへ落としてくるのだ。

 「そっかぁ。これ、履いてみて」

 ならば、早速試作品2号の出番だ。

 タオル2本を使った褌を、そっと近づいて手渡す。股間は、極力視界には入れない。

 「飯は?」

 レオの目は、並べられたご飯に釘付け。褌よりも早く飯を食べたいと、その目が雄弁に語っている。

 「こっちが先」

 「腹が減ったのだが」

 「股間丸出しの人は、ご飯お預けです」

 イチの言葉に、レオはすっくと立ち上がり、大人しく褌を締めた。

 締め方は、1号の時にイチが教えたので、今は自分で締められる。

 「尾が気持ち悪い」

 尻尾穴が開いていないので、抑え付けられた状態で、居心地悪そうに布の横から出ている。

 「ちょっと待って。そのまま動かんといてや」

 鋏を片手に、レオの背後に回る。

 「お、おい」 

 イチの行動の意味が分からず、レオは慌てて止める。

 「何をするつもりだ」

 「お尻の布に尻尾穴を開けるだけで?」

 シャキシャキと、鋏を開いたり閉じたり。

 「動かんといてや」

 「・・・・・・」

 改めてレオの背後に回り、タオルを切ろうとして動きを止める。

 緊張しているのか、怖いのか、ぷるぷる小刻みに震える尻尾に気が付いてしまったのだ。なんだか、無性に可哀想になってしまう。

 「あー。切り辛いき、やっぱり一辺外してもらえん?」

 素早く、さっと褌が外され、イチに手渡される。

 身に付けたまま切られる事が、余程嫌だったようだ。

 ―やっぱり、やめて正解やったわ

 褌を1度尻に当てて大体の見当をつけ、尻尾を出す部分を切り取ってからまた尻に当てる。

 何度か繰り返したのだが、穴を縦に長くし過ぎたかもしれない。お尻の割れ目が見えすぎな気がする。

 ―まぁ、えいか

 それでも一応着けてもらって、穴を開けた事でしばる時に、穴が余計に広がる不具合を確認し、そっと新しいカーディガンを渡した。

 試作品2は、食後に2号改になる予定だ。3号4号も改良しよう。

 「イチ、飯」

 「あ、うん。待たせてごめんよ」

 そうして、レオはやっと飯にありつけるのだった。

 

 

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