6

 「て、手強い・・・・・」

 燃え尽き症候群からの、野生化。会って、話して、魔の神様が言葉を濁していた理由が、なんとなく理解出来た。

 突っ込み所が満載で、もうどこから突っ込めば良いのか分からない。やっていけるだろうか、とか、そんな不安はまとめて吹っ飛んだ。

 否。

 気にしている暇がなくなった。

 己の事も、周りの事にも基本的に無頓着。だからこそあっさりとイチの事を受け入れてくれたのだろうが、それとこれとは別だ。

 裸と、不衛生は許容出来ない。

 着ていた服が、5年程で朽ちて以来服は一切着ていないとか。戦闘に明け暮れているうちに、戦闘に関わらない魔法やスキルを使えなくなったとか。なので生活魔法の浄化が使えず、臭いが気になったら水浴びをしていたそうだ。因みにだが、生活魔法の浄化は汚れを分解するための魔法であり、不死者を浄化するめの聖魔法とは別物である。

 しかし、それにしてもだ。体の汚れや臭いは、絶対に無頓着になってはいけない所だ。速攻その場で、浄化を連続でかけてしまった。

 一応だが、彼の格好や状況へ突っ込む以外にも話しはしている。

 最初に出会った巨大蜘蛛にも、謝罪と自己紹介をした。彼女は番人達の女王で、戦闘能力の限りなく低いイチの為に、子供の内の1匹を専属の護衛として付けてくれた。

 男の名も尋ねたのだが、彼は死亡扱いですでに死者の碑に真名が刻まれているので、名無しだと言う。

 呼び名は勝手に付けろと言われたので、彼は黒色なのだが、ライオンの名前なんて白いジャングルの大帝しか思いつかなかったので、イチは男をレオと呼ぶ事にした。

 それにしても、何故ジャングルなのだろう。ライオンなら、ジャングルではなくサバンナだと思うのだが。語呂の善し悪しなのだろうか。

 まあ、兎に角、男の意見は一切聞いていないが、勝手に付けろと言われたのだし、付けた本人は気に入っている。

 2人の役割も、ざっと決めた。

 イチが家事、レオが狩り。 

 そこまで話しを付けると、レオは満足げに頷いてどこかに行ってしまった。イチが渡したカーディガンは、不器用に畳まれて返された。

 「くそぅ。服は無理でも、下着は絶対にはかす!」

 家代わりに小さな1人用テントを張りながら、決意を口にする。

 イチだって、女性なのだ。レオはそんな事を気にする精神をどこかに置いて来てしまったようだが、すっぽんぽんで目の前をうろうろされるのは、とても困る。

 「絶対に下着、違う、褌をはかせる!」

 男物の下着や服なんて持って来ていないから、作るしかないのだが、イチにそんな技術はない。作るしかないのでただ単純に、褌が一番作り易そうだと思ったからなのだが、気合いを入れて口にする。

 そんなイチの決意を応援するかのように、肩に乗った25センチほどの黒い蜘蛛が脚の1本を振り上げた。

 「ありがとう、クーちゃん!」

 番人達の女王が、イチの護衛として付けてくれた蜘蛛のクー。雄か雌かは分からないが、取りあえずは気にしないで名付けた。

 「レオ君が戻って来たら、浄化の生活魔法をくらわしてからの飯やね。寝床も、急にテントに寝泊まりは無理でも、直に地面に寝るのは辞めてもらいたいしね」

 ちらりと世界樹の根元、草が不自然にへこんでいる場所を見る。

 あきらかに、そこがレオが寝床としている場所だ。

 小さな事からコツコツと、少しずつレオの野生をマイルドにしてゆくのだ。

 ただ、少々不安な事が一つ。

 イチが野生化しないかという事。

 さすがにレオのように潔く野生化はしないだろうが、切羽詰まれば生肉くらい平気でむさぼりそうな気がする。

 元の世界では、ユッケも馬刺しも大好きで、レバーも火を通した物は嫌いだったが、生レバーは好きだった。肉の生食は、平気なのだ。

 ―多少影響は受けるやろうし、気をつけよう

 己の食い意地の張りようを改めて自覚しながら、テントを張り終える。

 「よっしゃ。次はご飯かな」

 枝を拾って来て、点火の生活魔法で火をつける。コの字に石を並べてかまどが完成。

 魔法というものは、つくづく便利だ。適性と想像力次第で、イメージしたことが現象になって起こる。

 「ええっと、土鍋と本と計量カップと米。あ、精米しとらん」

 イベントリから米袋を出し、中身を確かめて動きを止める。米袋の中身は、当然玄米。

 玄米は玄米で美味しいのだが、オール玄米は遠慮したい。

 いや、こんな時こそ魔法の出番だ。

 計量カップで3合の米を計り、緊張しながら呟く。

 「精米。・・・・おお、素晴らしい」

 透明なプラスチック製計量カップの中には、白く艶やかな米と、黄色がかった糠が同居している。ザルにあけて、米と糠を分離。

 もったいないので、糠は大きなタッパーに入れて保管。もっと増えたら、空いた米袋に移そう。

 「いや、本当に便利やわ。魔法」

 料理本に書かれてある通りに土鍋で米を炊き、竈をもう1つ作っておかずを作る。

 面倒くさいので、鳥肉を粗挽き塩コショウで焼いただけのもの。トマトとレタス、きゅうりでサラダを作る。

 鳥肉を焼いたのと、米はたくさん炊こう。

 レオは体格が良いので、たくさん食べそうだ。



 レオは、太陽が沈みきってから、血塗れになって帰ってきた。

 全て返り血だったのでホッとしたが、不思議そうな顔で首を傾げる姿にイラッとしたので、問答無用で浄化とついでに清潔からの乾燥と生活魔法コンボをくらわしてやった。

 レオの、ごわごわで油っぽかった全身の毛という毛が、ふわふわさらさらになった。

 驚き戸惑いながらも、気持ち良さそうな顔に満足感を得、イチは機嫌良くレオに食事を勧めた。

 レオは箸が使えなかったので、フォークを渡したが普通の人間サイズのそれは、彼が使うにはかなり小さかった。

 そのうち、機会があればレオサイズのフォークを手に入れたい。

 見た目が肉食獣なレオは肉の方が好きなようだったが、野菜も米も残さず完食してくれた。そして、

 「なにこれ」

 食後。

 イチは、レオから大きなピンク色の肉の塊を手渡され、目を白黒させる。

 「肉」

 「なんの?」

 「亀」

 「・・・・・・・・」

 その亀とやらは、スッポンのような亀なのだろうか。それとも陸亀系なのだろうか。

 一瞬そんなくだらない疑問を持ち、肉は肉だと結論づける。

 「ありがとう、助かるよ」

 「うむ」

 イチの感謝を目を細めて受け取り、レオは寝床と決めているだろう草の上にゴロリと寝転がる。

 「寝るが?」

 「ああ」

 「そう」

 「?」

 「浄化」

 「!?」

 レオな口の中を狙って浄化をかける。

 驚いてぎょっと体をかたくする姿が、申し訳ないが面白い。

 「ふふ、驚かしてごめんよ?口の中もキレイにしとかんと、臭くなるきね」

 「お、おお、そうか。ありがとう」

 驚いた事は驚いたレオだったが、口の中がいつになくさっぱりとしている事も確かな事だったので、気にしない事にして目を閉じる。

 彼が寝息を立て始めるのに、1分もかからなかった。

 「早っ。の〇太君並みに寝付きが良い人やね」

 イチはまだ眠くはならない。

 ずっと早寝早起きの生活を続けていたので、そろそろ眠くなっても良いのだが、まだ眠くならない。

 異世界にやって来て、その興奮で眠気がやって来ないのだろう。

 「うん。米でも炊いて、おにぎりを作ろう」

 眠れないのなら、眠らなければ良い。時間を気にする必要は、もうないのだから。

 「あ、土鍋が足りん。・・・あ、複製。ああ、ステータスの確認も忘れちょった」

 忘れていた複製を、調度良いので土鍋で試す。

 石の竈は2つ。土鍋を2個増やして1個はイベントリの中へ保管して、2個の土鍋で米を炊く。

 「あー、失敗した。テントも張る前に複製しちょったら良かった」

 米を洗い、水に浸して30分待つ。

 やかんで沸かしておいた茶をカップに入れ、ちびちびと飲みながらどうすればステータスを確認出来るかと考える。

 良くあるライトノベルの中ではステータスと言ったり、思ったりして自分のステータスを確認していた。それ以外なら、鑑定だろうか。

 ―ステータス

 声に出すのは恥ずかしいので、頭の中で唱えてみた。

 「おお」

 目の前に浮かび上がる、半透明の白い板のようなもの。


イチ(33)  人族

  レベル 1(固定)

  生命力 51

  魔力  99999999


 「は?」

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