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3日目、4日目と、千華は何をどれだけ持ち込むかと、これまでの自分の生活を思い出しながら悩み続ける。
味噌、醤油、塩、白出汁、コンソメ、塩コショウ、油はすぐに大量に持ち込むと決めた。しかし、その他に悩む。
米に対しては、悩みは無い。実家の米を30㎏の米袋で80袋。実家ではJAに1袋あたり5000円ちょいで売っていたので約40万。
魔族の国の米がいまいちでも、この米がなくなる頃には慣れているだろう。ただ、精米前なので少々面倒くさい。
上記に上げた以外の各種調味料、食材、菓子や酒、茶などの嗜好品。調理道具などの日用生活雑貨。持って行きたい物は多いが、使える金には限りがあり、物は使えばなくなる。そして、あちらで使える金も残しておきたい。
考える事が無くならない。
「んーーー」
これで良いと思い、本棚の玉を割ろうとするたびに迷いが生まれ、ソファに戻っては悩みを繰り返す。今日は魔の神様に言われた5日目だというのに。
「「んーーー」」
「ん?」
「やあ」
唸り声が重なり、顔を上げると困り顔の魔の神様がいた。
「すみません。せっかく来ていただたのに、まだ決めきれていなくて」
「確かに、決断はきちんとしてもらわなければ困るが、私の方でも困った事があってね。迷っている」
「魔の神様が、困って迷う?・・・・今回の召喚の事ですか?」
「んー、其方等が召喚された事ではない。それについては、既に片がついている」
「はあ」
片が付いていると言うわりに、魔の神様は困ったような微妙な表情で、千華を見つめてため息を吐く。
「まず、其方が召喚されてあちらは500年が既に経っている」
「は?」
それは、まず言うことなのか。
先の話と噛み合っていない気がするが、魔の神様はいったい何を言いたいのだろうか。
「其方等が案内されたこの亜空間に流れる時間は、亜空間毎に違っておるのだ」
「・・・・・・」
千華の思考が止まる。
亜空間毎に流れる時間が違うのは、それぞれが召喚を察知してとっさに造った空間だからで、神々にも時間の流れの違いをどうにかする事は出来なかった。短いもので1日が1年になり、長い者では1日が千年以上になるのだという。
千華の場合は1日100年。千年の者と比べればまだ短い。
なので、今あちらはでは魔王はとうに勇者達に討たれ、召喚をした国もとうに滅び、魔族と人族との関係も、一時期最悪な状態だったがそれも解消されて300年以上がたつ。
魔王が討たれ、時代はすでに2度変化していた。
「・・・・・・・」
想定外すぎる現実に、千華の停止していた思考は考える事を放棄した。
「め、面倒事は、少なくなっていそうですね」
「其方は、三重迷宮を知っているか?」
魔の神様の話しの変えようが急すぎる。慌ててこくこくと頷く。
「え?それは、まぁ一応」
大陸の真ん中、かなりの面積を締める、森、山、森の歪な三重円で構成された広大な3つ迷宮。魔の森の奥深く、環状連山に囲まれた森の中央には巨大な世界樹があり、大陸のヘソとも言われる前人未到の地。
千華が気分転換に読んだ本にも書かれており、地図も居間の壁に貼られているので、その位は知っている。
「其方に、頼みたい事があるのだ」
「え?」
嫌な予感がする。非常に嫌な予感だ。
危機感知や直感はまだ持っていないのに、嫌な予感に冷や汗が止まらない。
「世界樹の聖域へ、行ってもらえないだろうか」
世界樹の聖域とは、世界樹が生えている三重迷宮の真ん中。
「無理です」
脊髄反射で、欠片も考えずにお断りする。
無理なのだ。千華には、どうしても世界樹の聖域は無理なのだ。
なにしろ世界樹の聖域は到達した者が誰もいない人外魔境。逃げる事にこだわり、戦闘能力皆無な千華では、1秒もたたずに魔物の餌になるだろう。それになにより、世界樹を守る番人は巨大な蜘蛛なのだ。
「蜘蛛は無理!」
百足もゴキブリも、虫全般比較的平気な千華だったが、蜘蛛だけは無理なのだ。
特に、家に良くいる大きな茶色い蜘蛛。見た瞬間に思わず悲鳴を上げて固まってしまい、殺すまで落ち着かなくなる。
餌になるより何より、
「蜘蛛だけは勘弁して下さい」
ソファを降り、魔の神様に向けて綺麗な土下座を実行。
蜘蛛回避のためなら、躊躇はしない。
「そんなことはやらなくて良いから、座りなさい」
魔の神様に促されて、渋々ソファに座り直すが、心情的にはいつだって土下座は再開出来る。
いつの間にか用意されたお茶とお菓子を進められ、ゆっくりと口にする。
魔の神様はそんな千華の様子をうかがい、タイミングを見計らい、そっと問い掛けた。
「複製でどうだね?」
「ふ、ふくせい?」
警戒しながら魔の神様をちら見していた千華は、魅力的すぎる提案に思わず動きを止めて考えてしまう。
複製があれば数を気にしなくても良く、持ち込む物の種類を増やせる。メリットは多い。しかし、巨大な蜘蛛が・・・。
「複製。それから、各種耐性も付けよう。特に、世界樹の番人に対する精神耐性を念入りに」
「念入り。・・・・番人だけ?」
思わず、突っ込んでしまう。
「それが一番の問題なのだろう?魔物の餌になるよりも」
「それは、まぁ、はい」
グラグラと、心が揺れる。それだけ、複製と耐性(対番人)は魅力的だった。
「守り石を渡すので、餌になる事はない」
「そういえば、そういうお話しでしたね」
そんな物を貰えると言う話しを初対面の頃にしていたが、すっかり忘れていた。
「で、どうするのだ?」
「お受けする方向に、心が傾いています」
見え見えの餌に食い付いてしまう、現金な己が恨めしい。
「そうか。では、詳しい話しをしよう」
魔の神様は千華の答えに満面の笑みを浮かべる。しかし、その笑みはすぐにこの部屋に来た時と同じ、困り顔に変わる。
「かつて魔王の四天王筆頭をしていた魔族解放の知られざる英雄が、燃え尽き症候群を患い、世界樹の聖域に引き籠もって野生化し、出てこないのだ」
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