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 「こんなもんかねぇ」

 魔の神様がくれたリストとにらめっこをし続けること数時間。じっくり悩んで、追加希望の魔法を決めた。

 支援・付与魔法と幻影魔法。それから直感の3つ。

 支援・付与魔法は状態異常や強化など、状態変化を起こす魔法。それに幻影をプラスして逃げ易くし、さらに直感で逃げられる可能性を上げる。

 本当は気配を隠す魔法かスキルがあれば良かったのだが、それは戦闘系のスキルなのか、貰ったリストの中には無かった。

 「ん、なんとなく生き残れそう?」


貰えるもの

 言語理解、鑑定眼、危機感知、生活魔法

 回復魔法、罠魔法

追加希望

 支援・付与魔法、幻影魔法、直感


 逃げ特化の魔法使いを密かに目指していたのだが、なんだか微妙に違うものになったような気がする。

 だが、満足だ。

 我ながら良い組み合わせになったと、思う。

 「うん、後はお金をどうやって稼ぐか、やね!」

 千華は、自分に商売の才能があるとは思ってはいない。物作りも、センスが無い。

 「ライトノベルやったら、薬草取りとかやるイメージがあるけど、そんなに簡単にいくとは思えんしねぇ」

 薬草は、安く買い叩かれそうな気がする。

 「あ、ポーションとかあるがやろうか?。うん、よし」


 ポーションや回復薬のような物があるのでしたら、簡単な物の作り方を教えてください


 紙に希望を書き込み、満足感を得る。

 これを魔の神が受け入れてくれれば、イチの収入源が確保出来るはずだ。

 薬草を採ってきて、ポーションを作って売るのだ。

   グウ

 「あ、お腹すわあっ!?」

 自己満足をして、うんうん頷いていると腹に空腹を主張され、思わず出たぼやきが悲鳴に変わる。

 テーブルに散乱していた紙とペンがまとめて端に置かれ、固そうな見ためのパンとシチューの皿が、目の前にあった。

 「うう、ありがたいけど怖い・・・・」

 ホラーは苦手だ。


 「あ、」

 居間にあった本を読み、昼寝をしてむかえた夕食。サラダに入っていたくし形の赤い野菜を認識した千華は、ぴたりと動きを止めた。

 トマト。

 毎日、嫌になるほど関わっていた野菜に、職場の同僚達を思い出す。

 あの時、千華は同僚達の目の前で、アイスを持ったまま消えた。

 「そういや、あのアイスどうしたっけ?」

 この部屋で魔の神様と最初に話した時は持っていたが、ソファに置いてから記憶にない。

 「魔の神様に食べられた?」

 その可能性が高い気がするが、とりあえずアイスを気にするのはやめよう。

 それ以上に大切な事がある。

 「明神さんらぁ、心配しゆうろぉなぁ。目の前でおらんなったし、家族もなぁ」

 幸い、実家の家業は弟夫婦が継いでくれているので、両親の心配はいらない。妹も、母方の家を継いで、元気に旦那を尻に敷いている。

 長女ながら千華は気楽な立場で、それを良い事に30歳を過ぎた今でも、独り身でぷらぷらしていた。

 「心配はしちょらんけど、心配はかけゆうし。ああぁあ、帰れんかぁ」

 母の作る、葱のたっぷり入った卵焼きが無性に食べたい。

 散らかしたままの部屋が気になる。

 本棚の一番下にひっそり入れているBでLな漫画を家族に、特に弟に見られる事が気まずい。

 そしてなにより、

 「うちの貯金!」

 千華は、貯金が大好きだった。

 1度目の職場では毎月増える通帳の数字にニヤニヤし、2度目の職場では増減をくりかえす貯金にハラハラし、2度目の学生時にはアルバイトが出来ずにただ減り続ける貯金に崩れ落ち、3度目の職場でジリジリと増えていく数字に安堵していた。

 そうして貯めてきた貯金が、全てぱあ。

 なにもかも、他力本願に勇者召喚をした国が悪い。

 「呪われてしまえ!」

 思い出す、力いっぱい叫んでしまったのは仕方の無い事だと思う。

 「・・・・突然、物騒な娘だの」

 「あ、」

 いつの間にか来ていた魔の神様に突っ込まれ、叫んだまま開いていた口をすっと閉じる。

 「まぁ、気持ちは分からんでもないが、誰かを呪う言葉を容易く口にしてはいかんよ」

 「はい、すみません」

 素直に謝罪すると、魔の神様は苦笑して頷いた。

 魔の神様も、千華が何を呪う言葉を吐いたのか理解しており、それを仕方の無い事だとは思ってくれているのだろう。

 「何故、呪っておったのだ?」

 「・・・・貯金です」

 何が呪いを口にした原因なのかという問いかけだと理解した千華は、神様にこんな事を言っても良いのかと思いながらも、己の未練を口にする。

 「ちょ?」

 「貯金です!学生時代に大分減りましたが、それなりにあった私の貯金!頑張って、貯めたのにい・・・」

 テーブルには夕食があるので、ソファの座面を悔しさに任せて殴りつける。

 因みにだが、千華の言う学生時代は2度目の事で、学費から寮費、生活費まで全て自分の貯金から全て出した。

 「勇者召喚なんぞしやがったクソ共のせいで、全てぱあです。滅びろクソ共」

 「う、うむ」

 金への未練をきっかけに、元いた世界への未練もまとめて魔の神様に向けて吐き出す。

 「来年には5人目の甥か姪が産まれてたんですよ。仕事も、やっと色々分かるようになってきて、楽しくなった所だったんです。飲み屋のお兄さんとも仲良うなった所やったのに!・・・・ん?なんか話が違ってきたような。まあ、貯金は家族の次くらいに未練な事なんです」

 「う、うむ」

 魔の神様は、今まで大人しかった千華の勢いに若干腰が引けていた。

 「その貯金の事なのだがな、一応補填はある」

 「え!?」

 魔の神様の言葉に、千華の勢いがすうっと大人しくなる。

 別の巻き込まれた者達の中にも貯金を気にする者がおり、こちらとあちらの神様との間で話し合いがもたれ、貯金分のこちらの金か、あちらの物、又はその両方が転移者達にに渡される事になったのだそうだ。

 ただし、あちらの物を手に入れる事が出来るのは、今この場所にいる間だけ。無くなったからといって、入手は不可能。

 「複製!複製の魔法かスキルを貰えませんか?」

魔の神様から貰ったリストにそんなスキルは無かったが、あちらからの入手が出来ないのならと願望を口にする。

 「すまないが、複製という魔法もスキルも存在しない」

 「・・・残念です」

 「其方等のイベントリには量の制限が無い。時も流れておらん。大量に手に入れて、保管しておくが良い」

 「そうします。あ、米はありますか?」

 「魔族の国の一部地域では食べられておるよ」

 「では、そこを目的地にします」

 気持ちが激しく上がり下がりした所為で、精神的疲労を感じた千華は、補填と米がある事に満足して、再び主張を始めた腹に促されて箸を手に取る。

 魔の神様はそれを見て自分用のお茶とお菓子を出し、千華の書いた魔法とスキルの希望リストを手に取り、目を通す。

 「追加は3つと、ポーション?」

 「はい。ポーションや回復薬のような物があるのなら、簡単な物の作り方を教えて欲しいんです」

 「ふむ、収入の為か?」

 「はい、そうです。今の私に現金を稼ぐ手段はありませんから」

 「なるほど、良かろう。薬は私の領分では無いが、薬神に初級の薬師スキルを付けてもらうようにしよう」

 「ありがとうございます!」

 これで、収入源が確保出来ると、喜ぶ。

 「他のスキルだが、なかなか面白い偏りだな。うむ。この3つは検討しておこう」

 「ありがとうございます」

 あれもこれも欲しがらなかったのは正解だったようだ。満足そうに頷く魔の神様に、ホッと胸をなで下ろす。

 「では、今日を除いて3日のうちに、持って行く物を決めるように」

 「はい」

 「決まったら、そこの棚にある玉を割って知らせるように。でわ」

 そうして魔の神様は、お茶を飲みながらふっと消える。

 「割る?」

 神様を呼び出す方法は、思いの外アグレッシブルだった。

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