負けてしまう

 目の前に、泣きそうな顔をしている女子がいる。スーツを着ているからおそらく就活性で、しかも上手くいっていないんだろう。俺も就活しているが今のところ全滅。売り手市場とか嘘なんじゃないかと思うくらい上手くいかない。この前なんてボロクソに言われた。性格はもちろん、今日までの生き方まで全否定された。俺は昔から基本的に人の輪の中心にいた。大体何でも出来たスーパーマンみたいな存在だった。人から嫌われた事も、下に見られたこともなかった。正直中身はどうでもよくて、外面だけ固めて生きてきた。それで間違いないと思ってたから。揉め事や決め事をどうにかする時は基本、反発もしなければどちらにつくとかもしなかった。そんな俺は本当に平和だったし、優しいからって他人に頼られることの方が多かった。そんな俺のことをたかが紙切れ1枚と1回のやり取りで分かられてたまるか。俺を落とした会社はあとで後悔しろ。なんて小さい呪いをかけるようになった。


 「落としましたよ。」

泣きそうな女子が目の前で見覚えのあるボールペンを落としたから拾ってやった。このボールペン、あの会社のやつだな。あそこでは本当にひどいことを言われた——


 「……というのが御社を受けさせて頂いた理由です。」

今回は上手くいっただろ。この理由なら悪いところが一切ないはずだ。

 「君は、弊社以外にどんな企業を受けているのかな。」

はい、その質問への答えもしっかり考えてある。

 「私は……。」

あれ、しまった。ど忘れしてしまった。嘘だろ。やばい。沈黙はもっとやばい。切り抜けろ、俺……。

 「わ、私は、御社以外まだ受けていません。私は何をしたいではなく、御社へ入社したいと思っております。理由は先程言ったように、以前御社で働いている方を見た際に、その方達の雰囲気の良さが……」

 「雰囲気が良いというのは具体的に?」

 「あ、それは……。仲間との協調性が取れていそうだなというような……。」

 「君は、中身がないね。さっきの志望動機も、弊社のホームページかなんかを見て表面だけ何となく汲み取って適当に考えたんだろう。伝わるんだよね。君はそもそも、君自身に中身がない。一体どんな学生生活を送ってきたのかな。私が感じた君の性格は、周りに合わせて、必要以上に空気を読んでふわふわしてきた。自分で何か考えるって事はしてこなかった、ただの操り人形ってところかな。何か間違ってる?もし反論が合ったらどうぞ。」

正論だった。何も言い返せなかった。こんなに責められるような状況自体、初めてだから。俺は周りの目が気になって気になってしょうがなくて、嫌われないために自分の意見なんて言ったことがない。とりあえず雰囲気で乗り越えてきたから。もう駄目だ。負ける。ここから早く去りたい。

 「あ……りません。その通りです。申し訳ございません。」

これしか言えなかった。後のことは記憶にほとんどない。ただ最後に

 「君は社会人になれないよ。今のままじゃ。社会っていうのは空気を読むだけじゃすぐに切られる。頑張って自分を持つようにね。」

と、無責任なアドバイスだけもらった。俺は社会不適合社か?空気を読むっていけないことなのか。自分を持つって何だよ。自分を持ったら反感を買ったりしないのか?


 「ありがとうございます。」

泣きそうだった女子が口を開いてくれたおかげで嫌な記憶から目が覚めた。今の俺、暗い顔してなかったかな。この子に暗い奴だとか思われてたら嫌だな。

 「これ、俺も受けましたよ。超圧迫面接だった上に、ボロクソ言われて落とされました!」

余計なことだったかな。いやそもそも、この子があの会社に落ちたかわかんないのに!

 「私も落とされましたよ。もうどうしたら良いかわかんなくなってきたところです。」

あ。良かった。良くはないけど、良かった。俺はつい口角が上がった。俺は落ち込んで暗くなってる訳じゃないって知っといてもらおう。俺は負けてない。俺は出来ない奴だと、思われたくない。

 「いや、あんな会社入ることにならなくて良かったですって!入るなっていう神様の計らいだと思ってますよ。じゃ!」

こんなの本当は思っちゃいない。自己暗示だ。相手は俺が楽観的で何でも上手く行ってる人のように錯覚すれば良い。錯覚だって中身を知らなければそれが本物だと思うんだから。


 あーあ、もういっそ高校生に戻りてーや。帰りの電車で女子高生を見て心底羨ましいと思った。今からの数十年、長いよなぁ。

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内心 ネコテン @nekotenpoppo

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