第42話

「あっ、あんたら、何で裸っちゃ!」

「嫌だな、おばさん。彼女達は、はじめっから裸でしたよ」

「そうかぁ? 東京の人は進んどるっちゃ」

「さすがに寒いから、着せに行って来ますね」

「そんな泥だらけで、服は着せられんよ。風呂ば沸かしてやるっちゃ」

「それはどうも、ありがとうございます」


 俺にも大分免疫が出来たのだろう。どうやらおばさんをうまく誤魔化せたようだ。さあ、お風呂を沸かしてもらう間に、キタノメダカ達と仲良くならないと!


「キタノさん、ごめんなさい。気付かなかったの」

「ミナミさん……。私達、一体どうなったの?」

「人化したんです。この人の光で!」


 紗南がキタノメダカの4姉妹と話してくれた。ありがたいことだ。俺1人では、野生のメダカとは簡単には仲良くなれないだろう。ミナミメダカ達がそうだったように。案の定、キタノメダカ達は俺達を警戒している。


「大丈夫です。この人は、とっても良い人だから」

「でも、金魚がいるわ」


 良い人だなんて言われて照れている暇はない。紗南達メダカだけでなくまりえ達金魚が一緒なのを警戒している。それほどに金魚とメダカの確執は大きいのだろう。


「でも、その金魚、この人を助けようとしたわ」

「この人は、私達を助けようとした」


 ミナミメダカが紗南を中心に纏っていたのと違い、キタノメダカの4姉妹は、それぞれの意見を自由に言い合うようなコミュニケーションのとり方をしているように思えた。それは、4人纏めての調略が難しいことを意味する。彼女の登場までは、俺はそう思っていた。


「お姉様方、ミナミさんが言うなら、信じましょう」

「そうね」

「そうしましょう」

「それで良いわ」


 この集団の中心は、どうやら末の妹にあるらしい。それが分かっただけでも紗南の助け舟は充分だった。


「はっ、はじめまして。俺は岩場景虎! よろしく!」


 俺はすかさず自己紹介し、彼女達に急接近を試みた。それに、どうせ彼女達には名前なんかないだろうから、名乗ればきっと彼女達も名前が欲しくなって、俺に名付けてくれるように頼むのだろう。そうしていくうちに、俺に懐いてくれれば、全裸の野生の少女でなく、飼いメダカになってくれるだろう。しかし、そんな打算は末の妹には通用しなかった。彼女は頭が良いらしい。


「私達には、名前なんてないわ」

「無名は、野生のシンボル」

「名乗るほどのものでもないし」

「ABCDで充分よ」


 何という結束力だろう。末の妹を中心に、統率されていて、取り付く島がない。


「でも、貴方!」

「はっ、はいっ!」


 末の妹が俺を指差した。その姿はとても凛々しい。俺は、ビシッと背筋を伸ばして、彼女の次の言葉を待った。


「そんなに名付けたいなら、名付けさせてあげなくもないわよ」

「はっ、はぁ」

「命名権」

「衣食住の保障と交換」

「安いものよ」

「あっ、ありがとうございます」


 こうして、結局は俺が名付け親ということになったが、なんだかしてやられたような腑に落ちない気持ちだった。キタノメダカの末の妹は、頭が良く、統率力のある、凛々しい、天然娘のようだ。


「紗北、志北、素北、瀬北で、どうですか」

「あからさまの手抜きね」


 末の妹には、俺の心は見透かされているようだ。手強い。


「紗北、嬉しい」

「志北も」

「素北も」

「仕方がないわね。じゃあ、それで良いわよ」


 こうして、キタノメダカ達の名が決まり、俺達はお風呂に入ることとなった。もちろん、16人一緒である。


「いやぁ、東京の人は進んどるっちゃ」


 おばさんが驚くのも無理はない。東京にも男女で仲良く風呂に入る集団なんて、俺達だけだろうから。

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