第32話
「わんちゃんを愛玩したいー!」
そろそろ諦めてくれても良いのだが、奈江は相当に拘っているようだ。それでも犬と遊ぶことはない。却下だ。優姫が未だに犬を怖がっているからだ。
「じゃあ、どうするの?」
羽衣が言うのも尤もである。『犬』に似ているが、『もっとも』と読む。俺はつまらないことを考えながら、それを待った。
ーリーン! リーン! ー
電話である。俺は喜び勇んで応じた。
ー岩場先生! お助けください。お頼み申します!ー
今までとは少し雰囲気が違うのだが、とんでもない顧客には変わりなかった。聞いてみると、父の顧客リストに名のある中では上位に位置する大企業、湾岸テレビの社長からだった。
「イベントの告知が間違っててね。このままでは我が社は倒産してしまうよ」
今までとは規模が違うだけに、厄介も大きい。そのイベントというのは湾岸テレビが社を挙げて取り組んでいる『ワンガンまつり』らしい。それを今年は『ちゃんあいまつり』と告知してしまったのだとか。そんなの、どうやって間違えるんだ! 意味がわからない! ちゃんあいって何だよ! 俺は憤りを露わにする。それに、マスコミの初歩的なミスを隠し通してしかもイベントを成功させるだなんて、不可能に近い。
「わんちゃんを愛玩したいー!」
まだ言っているのか。奈江には困ったものだ。俺はさすがにイラついてきた。
「なるほど。わんちゃん愛玩か!」
「え?」
社長が何を言い出したのか、全く理解出来なかった。社を挙げて『ちゃんあいまつり』と銘打っていたのを引き延ばして『わんちゃん愛玩』にして、それから縮め直して『ワンガン』にしようというのだ。馬鹿げている。こんな会社、潰れてしまえ! 俺はもう付き合っていられない。平穏に暮らしたい。
「いやー、さすがは岩場先生の息子さんのお連れさんだ」
もはや他人でしょう。どのお笑い芸人でも素人でも突っ込むだろうな。
「それじゃあ、告知、頼むよ!」
「えっ?」
「あぁ、俺は直ぐタレント犬の手配に走るよ」
「いや、そうじゃなくって!」
偉い人はどうして人の話を聞かないのだろう。そもそも聞く気がないなら、依頼しなければ良いのに。俺の憤りはさらに大きくなった。
「いや、さすがに公共の電波での告知は出来ないよ」
「えっ、そんなの頼んでないですよ」
「ネットで充分だろ」
「……。話を聞いて下さい、社長」
「成功すれば、今日から君が社長、失敗すれば……。」
社長に嫌な含みを持たれたことで、金魚達は俄然頑張ってくれた。お陰で配信は大成功。埋め立てたばかりの更地に人がワンさか集まった。その数、20万人! 金魚達の集客力は恐るべしだ。
「わーい、わんこが一杯!」
特に奈江の喜びようは尋常ではない。犬と戯れるその姿は本当にかわいい。奈江が国民の妹と呼ばれる日も近いような気がする。
「わんこは見るだけでも嫌ね」
「シバラクハ、オ散歩ハ全てキャンセルデス」
疲労困憊のようでいて、皆の顔にはどこか達成感があった。
「いやー、本当に助かったよ。ありがとう」
元社長がどれほど優秀なテレビマンかは知らないが、俺はもう顔も見たくない。本当のところ俺は大して働いていない。皆を適当に励ましていただけである。とはいえこのタコ元社長だけは許せない。
「良いんですよ、一般視聴者さん!」
「えっ、せめて平取くらいにはしてくれないの」
「無理ですね」
俺は冷たく言い放った。こうして、俺はテレビ局や、系列のラジオ、新聞、雑誌出版社の経営者も兼ねることになった。忙しくなりそうである。
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