第20話

「話は変わるけど……。」

「うん。」

「まりえの天職が、『景虎くんの奥さん』だったとしたら?」


 そんなこと、考えてもいなかった。だから、俺の心をキュンと掴んだ。俺は何も言えなかった。羽衣はずっと窓の外を見ていたが、急にこちらを向いた。


「私、思うの。まりえには他の子にはない力がある」

「うん……。」

「それは、景虎くんを守ろうとする時に発揮されるんじゃないかって」

「うん……。」

「つまり、まりえは景虎くんのことが好きってことなんじゃないかな」

「……。」


 俺にとってもまりえは、他の金魚達と違って特別な存在だ。俺が掬った金魚だし、俺のことを救ってくれた人だ。容姿も俺のどストライクだ。だから、羽衣に言われてドキッとした。


「景虎くんはそれを受け入れるの?」

「えっ……。」

「つまり、結婚するのかなーなんて」


 俺は直ぐには何も言えず、しばらく考えてようやく思っていることが言えた。


「まりえの天職が俺の嫁だなんて、うれしいけどあり得ないよ」

「うれしいんだ。やっぱり。そうなんだ」


 羽衣は一言一言、怒り声に変わっていった。俺は迂闊だった。今になって羽衣の心配の種が分かった気がする。今朝の助手席を巡る騒動も、そう考えれば納得がいく。きっとそうなんだ。羽衣はきっと、俺のことが好きなんだ。だから、まりえが俺の嫁になるのが嫌なんだ。そうに違いない。そうだとして、今この局面を打破する手が浮かぶほど俺の恋愛スキルは高くはない。適当に機嫌をとっておけば良いのか、それとも突き放した方が良いのか、あるいは気付かないふりをした方が良いのか、分からない。結局この時、俺は羽衣のことばかり考えて自分の気持ちを整理せずに言葉を発した。


「分かんないよ……。」

「……。」

「羽衣が色々と心配してくれているのは分かったけど」

「うん……。」

「それは本当にありがとう。でも、今はその答えまでは分かんないよ」

「……。そうね……。」


 俺は答えをはぐらかしたつもりはない。分からないから分からないと伝えただけ。そのことは、羽衣にも充分に伝わったようだ。怒り声でなくなったのがその証拠だ。


「だけど、俺、決めた!」

「何よ、急に?」

「まりえの天活は、まりえが戸籍を持つまで続ける」

「戸籍を持つまで?」

「それで、その後のことは、その時考える」


 俺はきっぱりと伝えた。羽衣は正面に体を向き直し、ため息交じりに言った。


「相変わらずの優柔不断振りね」

「あぁ! そうさ。俺は優柔不断さ。でもそれは、深く考えている証拠なんだ」


 今度は俺が羽衣に体を向けた。それを羽衣は横目で追っている。


「……。そうね。それは景虎くんの良いところよね」

「うん。だから、もう少し力を貸して欲しい」

「分かったわ。そうすれば答えが出るものね」


 羽衣はそう言って体をこちらに向けた。俺達は向かい合う格好になった。改めて羽衣の顔を見ると、なんだか恥ずかしくなった。さすがは美少女である。目も口も鼻も耳も、見慣れているものだが、改めて良く見ると、かわいい。ほっぺも眉毛も髪の毛もみんな大好きだ。性格も華奢な体型も、ちっぱいを除けば、みんな俺の好みだ。それを再確認すると、俺の唇は自然と羽衣のそれに近付いていった。


 ーガシャン!ー


 そんな物音がしなければ、俺のファーストキスは羽衣とだったかもしれない。

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