第18話

 音の主は、下流のボートにいたまりえだった。


「まりえ、あなたじゃ無理よ!」

「駄目よ。そこは流れが速いわ」


 あゆみと優姫がそれを心配そうに見て声をかける。まりえはあまり泳ぎが得意ではないのだ。魚類は皆泳ぐのが当たり前に上手だと思われがちだが、琉金は泳ぐのが下手。観賞用に改良されるなかで、泳ぎの上手さより美しさが優先された。あえて泳ぎが下手なものが選ばれていったともいえる。案の定、まりえは泳いでいるのか溺れているのか見分けがつかないような状態だった。それでも、俺を気遣って声を掛けてくれた。


「下流に浅瀬があります。ここは流れに任せて下さい!」


 その言葉に励まされ、俺は流れに身を任せてみた。途中でまりえと一緒になった。抱き合うような格好となり、まりえの胸が俺の胸を圧迫する。気持ちが良い。だけど、それ以上に俺を安心させてくれたのは、光に包まれたような感覚だった。それは感覚に過ぎないから本当に光があったかどうかは分からない。でも俺はこの感覚を知っている。金魚達が人の姿となったあの時と同じ感覚だ。いや、もしかすると、もっと前にも経験しているかもしれない。とても温かく、心地いい。光が落ち着いた頃には、俺の心もすっかり落ち着いて、辺りを見渡す余裕が生まれた。ここはプールではなく自然の川である。危険がいっぱいある反面、水棲生物に溢れている。流されながらも少しずつ浅いところを目指して身体を動かしながら、生物の棲家をなるべく壊さないようにした。そしてそのまま数百メートル下流の浅瀬に辿り着いた。


「ゆっくり足をついて下さい」


 俺は、まりえに救われた。まりえに励まされ、まりえの言う通りに行動し、俺は助かった。もしそのままジタバタしていれば体力を無駄に消耗し、無事ではなかったかもしれない。


「良かった、ご無事で」


 まりえはそう言ったきり、気を失ってしまった。精魂尽き果てたといった表情だ。俺なんかのために、相当に気を張っていたのだろう。そう考えると、まりえが愛おしく思えた。俺はまりえを負ぶって川原を歩いた。ちょうど良い円形の刺激が2つ、俺の背中にある。あぁ、気持ち良い。

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