第11話
あんなことがおこったのは、観賞魚のコーナーに行ってからのことだった。金魚達にとっては里帰りのような感覚もあったようだ。実際、40近く並べられた水槽の半分くらいは金魚用のものだった。和金、玉サバ、黒出目金、丹頂、江戸錦。どれも1匹数千円で、そのうちの何匹かには売約済みの札が下がっていた。俺は世界最古の観賞魚の奥深さというものを思い知った。
「ア、アロ、ワナ、ワナ……。」
さすがのまりえも、これだけは苦手のようで、わなわなと怯えていた。銀細工のような鱗は赤い肌を透かしているようで、薄っすらとピンク色をしている。先端から伸びた2本のヒゲは、沼の主を思わせる威厳がある。俺からすれば格好良い観賞魚なのだが、金魚達には違う。アロワナは天敵だ。さすがにどうすることも出来ず、水槽の手入れは俺がすることとなった。
「マスターは何でも出来るんですね!」
優姫にそう言われて、俺は顔を真っ赤にした。人に好意を持たれるというのがこんなにも良いものだと、改めて思った。たかが水槽の手入れをしただけでこんなにも褒められてしまうのだから。
「マスターが、アロワナになっていく……。」
紅潮した俺の顔を見て、まりえが恐ろし気に言った。あんまり怯えているので、からかってやろうと思った。だから、開くことは出来ないまでも下顎をぐっと突き出し、両手でヒゲを表現してみた。
「ワァオー、アロワナだぞー!」
「きゃあぁー! マスターのエッチ!」
ーバチンッ!ー
俺はまりえに思いっきり平手打ちを食らった。聞けばアロワナはマウスブリーダーといって口内に受精卵を抱き、孵化させるのだという。俺が模したヒゲが卵を蓄えようとするオスに似ていたらしい。それで、エッチなどと心外なことを言われてしまった。自分で言うのもなんだが、俺はエッチではない。ちゃんと自制心を持って金魚達と暮らしている。とはいえまりえは、俺が毎朝毎晩どんな思いで金魚達を襲うのを我慢しているのかを知らないのだから仕方がない。
「うわぁー、赤ちゃんだぁー!」
優姫がそう言ったのは、ちょうどアロワナの口からかわいい稚魚が溢れてきたからだ。成魚は怖くても、稚魚をみればパッと明るくなるのは、母性というものなのかもしれない。一瞬でもそう思った俺は、野生の摂理というものを理解していなかったのだろう。
「本当だ!」
「こんなに一杯居たんだねー!」
「どれから頂こうかしら!」
優姫とあゆみと奈江の3人は、エアジェットアタックストリームの構えをして、アロワナの稚魚達を見つめていた。いつでも襲い掛かれる体勢だった。金魚達にとって、アロワナの成魚は天敵だが、稚魚はタンパク源なのだ。
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