第10話

「まさか、うちの仔がこんなに懐くなんて」

「もしかしたら、これがまりえの天職なんじゃないかしら」


 水草姉妹が揃って感嘆の声を上げたのは、水草家の飼い猫のヤジローがまりえに懐いていたからだ。ヤジローは近所では有名な孤高の戦士で、これまで全く人に懐かなかった。そればかりかあゆみや優姫は、その姿を見て怯えるほどだった。金魚達にしたら、猫は天敵なのだ。


「あわわわわ、恐ろしやー、恐ろしや!」

「まりえ、大丈夫? 噛まない? 引っ掻かない?」

「怖がらなくっても平気よ。撫で撫ですると気持ち良いわ」


 それが、まりえにだけは猫特有の甘え上手っぷりを発揮し、目の前で寝転がりお腹を摩られてゴロゴロとご機嫌なのを表現する。まりえもそれを優しく扱うから、もう懐いてるとしか言いようがない。まりえに誘われて3人も近付いてみたが、奈江が尻尾の先をちょんと摘んだところ、ヤジローにパンチを繰り出されてしまい、懐かせることは出来なかった。唯一まりえだけが、ヤジローと心を通わせるように触れ合っている。


 そんなまりえの動物を簡単に手名付けてしまう力が、天職につながるかもしれないということで、今回の天活がはじまった。


 俺は、父の顧客リストから天活先を探した。そして、近所にあるペットショップを見学することにした。本当は動物園か水族館が良かったのだが、父のリストには北海道の動物園とアメリカの水産試験場があるだけで、近所には全くないのだ。父は経営コンサルタントとして一代で財を築いておきながら、ツイ友が偉い人になったからと言ってその補佐官としてアメリカまで行ってしまうほどの行動力のあるお人好しだ。母と妹のなごみは付いて行ってしまった。残されたのは俺と困った時には使いなさいと言って渡された父の顧客リストだけだった。名義上、俺は父の会社の部長をしている。高校生なのに。


ーーー



「それでは早速、籠の掃除に取り掛かります」


 出迎えてくれた店長は、親切に作業を教えてくれた。はじめは猫の販売コーナーだった。1日に2回も清掃すること、洗剤は200倍に薄めて使うこと、餌は与え過ぎないこと、身体をよく撫でてあげること、その時にブラッシングは優しく行うこと。どれも金魚達にとっては新鮮なことだったようだ。これまではお世話される側だったのが、動物の世話をすることになり、それが楽しいのだ。俺もそんな金魚達を観ていて微笑ましく思っていた。だが、動物を直接触ることとなると優姫やあゆみはどうも苦手なようで、まりえや奈江に任せっきりで専ら掃除ばかりをしている。


「マスター、このにゃんこ、オスだよー」


 奈江は一々俺に動物を見せに来る。まりえだけでなく奈江も動物達の扱いが上手だった。奈江の場合、ヤジローを除けばの話ではあるが。それにしてもかわいい。奈江の連れて来る動物ではない。動物と戯れている奈江の姿が、俺にはとても爽やかでかわいらしく感じられた。だから俺にとっても楽しい時間となった。


「はじめてにしては、皆、上手ですね」


 店長も上機嫌に金魚達の仕事ぶりを評価してくれた。だから、俺の鼻はツーンと高くなっていた。このまま何事もなく、まりえが天職に巡り会えたら、何と喜ばしいことだろう。しかし、世の中はそんなに甘くない。あんなことがおこるだなんて……。


「いやん。この仔ったら変なところに鼻を押し付けてくる!」


 犬のコーナーであゆみが色っぽい声を出す。股間を嗅がれているのだ。


「それは愛情表現なんですよ」


 店長が説明してくれた。友達になりたいと思っているのだと。だからあゆみも思い切って犬達と戯れるようになった。俺は、その犬達をみて羨ましい気持ちになった。あんな風にあゆみの身体中を舐めまわすだなんて。


「思ったよりも怖くないわ! それに、このもふもふ感、最高!」


 こうして次第にあゆみも動物達に慣れていった。だから、あんなことがおこるだなんて、思ってもいなかった。

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