第8話
「マスター、いよいよですね!」
あゆみは、既にクタクタの俺に鞭を打つように言った。福引きのことである。確かにこれが目的だった。もう充分に元が取れたように思うのだが、年に1回のことだし、勝負しない手はない。
「良いですか、2等狙いですよ」
2等は20万円相当の大型テレビ。家にあるものよりもひと回り大きい。金魚達には1等の『旅行券どドンと40万円分』より価値が高いらしい。赤い玉を出せば良い。
「よしっ」
ハンドルを握る手に、力が入る。1回目と2回目は、白い玉。ハズレである。そして3回目。
ーガラガラ、ポンー
出てきたのは、青い玉。
「おめでとう!」
カランコロンとベルが鳴り、商店街の会長が、高らかに当選を宣言する。3等賞だった。受け取ったのは、商店街で使える商品券、10万円分。惜しい。もう少しで、テレビに手が届く。しかし、あゆみは容赦ない。
「マスター、下手過ぎます。へなちょこのウスラトンカチのアンポンタンですね」
あゆみに罵られて、そんなに言うなら自分でやってよと言いたい気持ちに、少しだけ嬉しい気持ちが混ざった。こんなのは生まれて初めてだ。このままさらに続けられたら、もしかすると何かが目覚めたかもしれない。しかし、あゆみの次の一言は、至極まともなものだった。
「良いですか、もっと肩の力を抜いて、ゆっくり回すんです」
どこかで聞いたことがある。ガラガラの玉は、色によって大きさや重さが違い、上位の玉は軽くて大きいから力一杯回すと出にくいのだと。だからゆっくり回すのがコツなのだ。それを思い出した。福引所には、そんな雑学を一瞬で忘れ去らせてしまう雰囲気があるのだが、今の俺は違う。あゆみの一言で目が覚めた。深呼吸し、肩の力を抜いて、優しく握り直した。4回目。これが最後。
ーガラガラ、ガラガラ、ポンー
「おっ、おめでとうございます! 『旅行券どドンと40万円分』!」
さっきよりも盛大にベルが鳴らされる。出てきた玉は、黄金色をしていた。俺は歓喜し興奮した。会長と抱き合い、ハイタッチした。あゆみが、またも俺に幸せをもたらしてくれた。だが、その幸せな気持ちを消し飛ばしたのもあゆみだった。
「サイッテーです。やはりマスターは、駄目駄目のボケナスの単細胞でしたか」
「えっ……?」
「はいっ……?」
俺だけでなく会長も唖然とし、目を丸くした。
「テレビは2等ですよ。赤ですよ。旅行券なんて、誰も欲しがりませんよ」
「そうなの?」
「そう、だよね」
どこか納得できない気持ちを抑えて、会長も俺もお互いに申し訳ない素振りを見せつつ、目録を受け渡しした。
「もうちょっと、喜んでくれても良いんじゃないの? 1等なんだから」
「そうですよね。俺もそう思います」
会長も俺も苦笑いで、奇妙な授与式となった。
「なんなら、交換しようか? 2等と!」
「いいえ、負けは負けです。もう1回というなら話は別ですけどね」
あゆみは端正な顔でクールにきっぱり気を使うこともなく平然と、1等を負けと言い放った。女子受けするのはこういうさっぱりとした物言いによるのだろう。それで吹っ切れたのが会長だった。
「わっはははは、だったら1回、おまけするよ」
各店舗で山ほどおまけを貰い、福引所でも1回分のおまけをしてくれる。俺が1人で来ていたら多分こうはならないだろう。この商店街は、かわいい女の子に弱いらしい。
「そういうことなら、最後は私が回します」
そう言って、あゆみはガラガラを握る。腕に力が入っているのが分かる。
「あゆみ、ゆっくり、ゆっくり」
そんな俺の声を聞いていないようだ。あゆみは思いっきりガラガラを回した。
ーガラガラ、ポンー
コロコロと転がったのは、赤い玉だった。
「おっ、おみごとー!」
会長はまたも目を丸くしながら、今まで以上に盛大にベルを鳴らした。そして、俺にしたのと同じように、あゆみと抱き合おうとした。しかしあゆみはそれをひょいとかわし俺のところに来た。
「マスター、やりましたよ、私!」
いつもより1オクターブ高い声で、目に薄っすらと涙を浮かべ、歓喜のまま抱き合おうと、俺を誘った。
「すごいよ、本当に! あゆみ、すごいよ!」
俺はあゆみに声をかけ、あゆみの誘いに乗り、がっしりと抱き合った。そして、抱き合ったまま、言葉を交わした。
「皆も喜ぶよ」
「うんっ」
いつの間にか集まっていた商店街のお客さん達からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。俺はお客さん達にあゆみの顔を見せ、その左腕を高々とあげた。より一層の拍手に包まれた。そのあと、あゆみは何度もお客さん達にお辞儀をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます