第4話

 ーカチッー




「あれ?」


 羽衣は疑問に思いながらも、何度も引き金を引いた。


 ーカチッ! カチッ! カチッ!ー


 弾は出ることなく、金属音だけが虚しく響いた。空気が足りないようだ。それだけではない。


「弾は、ここにあるの」


 まりえが無表情に言った。俺がみても恐ろしい、凍り付くように冷たい目で羽衣を見下ろすようにしている。羽衣も無表情だった。敗北を覚悟したのだろう。1度ゆっくり瞬きした後、凛とした顔をまりえに向け、銃に弾をこめるまりえの姿を見届けた。まりえは丁寧に銃を扱い、入念に空気を詰め威力を高める。そのまま羽衣の正面に立ち、両手で銃を構えると1歩ずつ距離を縮めた。5メートル、絶対に外さない距離。4メートル、威力を増した銃なら痛みを感じる距離。3メートル、相当痛い距離。


「ちょ、ちょっと!」


 覚悟を決めた羽衣の表情が歪む。今日はこれで4度目となる。しかし、これまでと違うのは、美少女の原型をとどめていないことだ。


「危ないでしょう!」

「マスターの痛みに比べれば、大したことないわ」


 まりえの顔も声も無表情だった。2メートル、傷が残るかもしれない距離。


「あの世でマスターにお詫びしなさい」

「なっ……。」


 1メートル、大変危険な距離。


「まりえ、もう辞めるんだ。ゲームなんだから」


 俺は思わず、声を出してしまった。それは反則行為だった。リタイアした選手は、声を出してチームメイトに指示を出したり応援したりすることは禁止なのだ。だが、余りにもやり過ぎなまりえの行為に、俺は危険を感じていた。


「ゲームなんか、関係ない!」


 まりえはそう言うと、羽衣の小さな口をこじ開け、銃口を突っ込んだ。羽衣の顔全体が、恐怖で歪む。これが5度目。修復不可能と思えるほどの大きな歪みだった。尋常でない汗が羽衣の毛穴という毛穴から噴き出ていた。


「ドンッ!」


 羽衣がその音を聞いたかどうかは分からない。何故なら、俺は恐怖に顔を背けていて、気付いた時には羽衣は既に気を失っていたからだ。倒れ込む羽衣をまりえは支えようとするのだが、支えきれずに腰が砕けたようにして一緒に倒れ込んだ。まりえは、引き金を引いていない。大声でドンッと叫んだに過ぎない。だから命に別状がある訳ではないが、見る者全てが顔を背けたくなるような、羽衣の最期だった。


「マッ、マスター、旗を! 私はもう動けません」


 まりえが蚊の鳴くような声でそう言った。


「でも俺、ヒットしたし、声も出しちゃったから、もう負けちゃったんだよ」


「いいえ、マスターはヒットされていません」


 まりえは続けた。


「マスターはコールしていません。弾は床に当たってからマスターに当たりました」


 確かに俺は、痛さのあまりコールをしていない。コールせずともヒットされた人のその後の行為は全て無効になる。喋れば反則となる。ヒットされていなくてもコールすればそれは有効になる。そして、一度どこかに当たってから跳ね返った弾に当たった場合は、ヒットにならない。それがこのフィールドのルールなのだ。


「ですから、マスターはまだ生きています」


 まりえの言う通り、俺に当たった弾が床に当たっていたなら、俺は生きていることになる。喋ることも反則にならない。


「旗を取ってください。羽衣を撃たなくて済むから」

「……。」

「私、マスターを守れた」

その時になって、俺にはようやくまりえを理解した。まりえには、ちゃんと才能がある。そしてそれは既に開花している。そんな気がしていた。自分で言うのは恥ずかしいが、まりえの才能は俺を守ることなのだろう。



 ーリンリンリンー


 その時ちょうど、試合終了1分前のベルが鳴った。もう時間がない。だが、俺には1人で旗を目指すことなんて出来なかった。


「まりえ、一緒に旗を取ろう!」


 俺は自分の脚を引き摺りながらも、まりえを負ぶって歩き出した。まりえに守られっぱなしではマスターとしての威厳に関わる。それに、まりえと一緒が良いと単純に思った。背中にはいつもの柔らかいものの感触が伝わってくる。こんな時でも反応してしまう自分の身体が恨めしい。


「マスター。私もう駄目。サバゲの才能なんてないみたい」

「いや、そんなことないよ。まりえのおかげで勝てそうだし」


 まりえがさっきまでの活躍が嘘のように力なくそう言うのに、俺は背中にいるまりえからは見えないのは分かっているが、とにかく笑顔で答えた。


「マスターごめんなさい。重たいでしょう」

「大丈夫!」


 まりえの重いのは体重の1割強を占める胸だけだ。本体だけなら40kg程度だ。なんてことはない。


「でも、脚が腫れて……。」

「大丈夫! あとで冷やすのを手伝ってね」

「……。はい!」


 まりえは珍しく、俺に全体重をかけて甘えた。俺はさらに明るく笑顔を作った。少しでもまりえに安心してもらいたかった。俺からまりえの顔を見ることも出来ないが、俺の脳内のまりえはいつものように笑っていた。


 俺達は2人で敵本拠地に掲げられた旗を高々と掲げた。その直後に試合終了を知らせるベルが鳴った。気を失っていた羽衣も嘘のようにベルと同時に元気になった。試合が終わると、水草姉妹もあゆみ達もまりえも、皆直ぐに元の仲良しに戻ってしまうところは女子の特徴で、男子の俺には少し理解し辛いことだった。とはいえ、わだかまりを残すよりは余程ましだった。


 余談だが、2回戦が行われた。俺達7人対他の参加者9人のチーム編成となった。参加者の皆さんが是非手合わせをしたいと言い出したからだ。ゲームは、呆気なく俺達が勝利した。活躍したのは1回戦では見せ場のなかったあゆみ達だった。エアジェットアタックストリームは、ベテラン勢を凌駕したのだ。


 こうして、俺達の初めてのサバゲは、楽しい思い出となったが、まりえの『天活』は終わらない。

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