第3話

 ーパンー

 乾いた銃声が、まりえの目の前で鳴り響いた。その後に弾が発射された方向から近寄って来たのは、あおいちゃんだった。アロワナの他のメンバーも一緒で、弧を描くようにして並んだ。羽衣を除いては。

「あら嫌だ。まりえちゃんが突撃して来たと思ったのに……。」

 俺の突撃は、呆気なく3完歩で終わった。模擬弾といえども、至近距離から当たると痛い。足は痺れ、一時は歩けないほどだった。俺の顔は歪み、それが、あんなことがおこる原因となった。


 ーバンバンバンバンバンバンー

 静寂を切り裂くように6発の銃声が間をおかずに鳴る。その全てがアロワナのメンバーにクリーンヒットした。俺の直ぐ前にいてまりえからは死角になっていたあおいちゃんを除く6人が、立て続けにコールし、リタイアした。コールとは、当たったことを自己申告することである。

「水草姉妹、許さないわ」

 まりえが鬼の形相であおいちゃんに向かって叫んだ。半身動き射線から俺の体を外すと、重い銃を片手で軽々と操り、もう既にあおいちゃんをロックしている。

「なっ、何よ。たかがゲームじゃない……。」

 銃を捨て手を挙げ、命乞いをするあおいちゃん。しかし、まりえは銃を構えたまま前に出た。

「提げなさいよ……。」

「マスターの仇」

 まりえはあおいちゃんの言葉を無視し、引き金を引いた。


 ーバン! ドン!ー

 2つの銃声が重なった。いや、一瞬早くまりえ、羽衣のは少し遅れて鳴った。あおいちゃんはみぞおちに弾を喰らい、痛さと恐怖心に意識を失い、その場で倒れた。羽衣の弾は僅かに外れ、まりえは生き残った。だが、まりえは避ける弾みで銃を落としてしまった。まりえの銃は、無情にも羽衣の前へと転がった。羽衣はその銃を蹴飛ばし、手にしている銃をまりえに向けて、勝ち誇った。

「まりえ、よく頑張ったわね。でも、もう終わりよ」

 まりえは、羽衣を一瞬だけ睨み、背を向けると銃を拾いに移動した。銃を構えた羽衣を完全に無視するかのような態度だった。羽衣がそれに苛立っているのが、俺にも分かった。

「動くと、撃つわよ!」

 羽衣の警告にはさすがのまりえも、これ以上は無視出来ず、向き直ると羽衣をもう1度睨みつけた。羽衣は怯んで顔を歪ませた。表情だけ見ればどちらが優位なのかを見間違えるほど、穏やかなまりえと苦悶に満ちた羽衣がいた。

「動くなって言ったでしょう!」

「撃てるものなら、撃ってみなさい」

 まりえの挑発に羽衣はさらに顔を歪ませた。だが、自身の絶対的な優位を再確認し、左の口角をグッと挙げて引き金に指を掛けた。それでもまりえの表情は穏やかなままで全く変わらなかった。

「羽衣は、無駄に弾を使い過ぎ」

 言いながら、まりえは落とした銃の方へ歩を進めた。

「引き金を引いても弾は出ないわ。私、数えてたから分かるの」

 まりえにそこまで言われて、羽衣は顔を青くした。ハウスルールで弾数は制限されている。相手の数プラス2発、つまり10発しか弾はない。

「誘導に、無駄弾を打ち過ぎたのよ」

 俺は、冷静に戦局を分析していたまりえに驚いた。それは羽衣も同じだった。羽衣は、瞼を強く閉じた後、今度は目を大きく見開いて、まりえを睨みつけて言った。

「……。あれは……、空砲よ……。」

「うそ! 天井に弾が当たる音がしたもの」

 羽衣が言うのを途中で遮り、まりえが凄んで言った。羽衣の額から汗が噴き出しているのが俺の位置からでも分かった。まりえの言う通り、羽衣は誘導の際に実弾を使っていた。羽衣は次第にまりえの言うことを全部信じるようになった。

「私には、弾が残っているわ」

「……。」

「弾切れの銃なんて、構えられたって怖くないわ」

 この時はまだ、羽衣の方がまりえの銃に近かった。羽衣はそれを横目で確認すると自分の銃を捨てて、まりえの銃を拾いに走った。銃は羽衣の手に渡った。


「はっはっは! まりえ、おしゃべりはここまでよ」

 羽衣はまりえの銃を拾うと直ぐ様構え、再び勝ち誇った。その直後に、顔を歪めた。これが3度目となる。だが、羽衣の美少女振りはさすがで、歪んでいてもなお美しさを失わない。少なくとも俺にはそう感じられた。

「つくづく、頭が悪いのね! 自分のを捨てることないのに」

 そう言いながら羽衣が捨てた銃を、まりえが余裕綽々で拾いに行くのを見たのでは、誰だってそんな顔になるだろう。たしかに捨てる必要はないが、使えない銃なら持っている必要もないはずだ。拾う必要もないはずだ。それに、頭が悪いまで言われては、ゲームとはいえ内心穏やかではないのだろう。羽衣は手だけでなくて身体中を震わせて、言葉を絞り出した。

「しゃらくさい!」

 まりえが銃を拾う直前、羽衣は引き金を引いた。

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