第2話

 ベルが鳴り、試合開始となった。士気の高い3人は、あゆみを中心にベテラン2人を引き連れて前線へと進んだ。ターゲットは水草姉妹。序盤から死闘の予感がする。


 俺はまりえとともに守備要員としての務めを果たした。それは、プレさんの護衛であり、話し相手だ。プレさんは普段カフェの店員をしているらしく、『ラグーンキャンバス』というメニューの素晴らしさを延々と語ってくれた。それは本当に素晴らしいものなのだが、俺はその内容を全く覚えていない。それも全て、あんなことがおこったからだ。


「水草姉妹が1人になった時が、仕掛けどきよ」

「ラジャー!」


 あゆみの指揮で前線は膠着状態になった。両軍共に動かず広場を挟んでのにらみ合いが続いた。あんなことがおこることは抜きにしてもプレさんの予想は的確で、思惑通りことが進んでいた。


 しかし、最初に痺れを切らせたのは、意外にも優姫だった。


「向こうが動かないなら、今がチャンスよ!」


 そう言って1人で突入した。広場の中央を大きく超え敵陣深くに切り込んで行った。これが、両軍のミリタリーバランスを大きく崩すことになった。


「水草姉妹! 勝負よ。隠れてないで、出て来なさいっ」


 その時だった。


 ードン! ドン! パン!ー

 銃声が3発、館内に鳴り響いた。倒されたのはエアレーションチームのベテランさん2人だった。1人は前へ出た優姫のフォローに出たところをあおいちゃんに、もう1人はその少し前にそのあおいちゃんを狙う位置に移動したところを羽衣に撃たれた。そのことを俺達が確かめたのは試合終了後のことだが、プレさんは瞬時に的確に推測していた。しかし、あんなことが起こる前兆とは、予測出来なかった。


「今のは不味いな」


 前線から遠く離れた本拠地で、プレさんがカフェの自慢話を辞めて、ぼそりと呟いた。少し間をおいて続けた。


「あれは、姉妹が持つエモノの銃声だ」

「じゃあ、もしかして3人共……。」


 まりえが重い銃を両手で抱えながら心配そうに言った。


「いや、倒されたのは多くても2人。1発は無駄弾に過ぎない」


 プレさんは銃声を聞き分けるだけでも凄いのだが、その方向や発射間隔から暗いフィールドの中から多くの情報を得ていた。まるでその場にいるかのように、局地戦の状況を分析していた。大将としてこんなに心強い人はいない。


 だが、プレさんの言うことが本当なら、その状況は決してエアレーションにとって有利なものではなかった。あんなことがおこることを予想出来なかったとしても、誰もプレさんを責めたりはしないのだ。


「ベテランさん2人かもしれない……。」


 プレさんの見立ては的確だった。しばらく続いた沈黙が、それを裏付けているのだという。


「伝令が来ないのが、証拠なんだ」


 俺は、サバゲーの奥深さやプレさんの考察力に舌を巻いた。


 ードン!ー

 その後も断続的に銃声が聞こえた。

 ードン!ー


「いかん。これは誘導! もはや手も足も出ない……。」


 断続的な銃声は、散り散りになった敵の各個に恐怖を与え混乱させるためのものだという。混乱した人は逃げるにせよ奮い立ち踏み込んでいくにせよ、結局は相手の意のままに操られるように移動する。そして気が付けば全員が1か所に集まるのだという。


 ードン!ー


 あゆみ達3人は1度はバラバラになっていたが、いつの間にか集まっていた。羽衣に誘導されてのことだ。1人となり心細かったのが3人となり希望が芽生えた。そして、その直後に本当の絶望を味わった。


 俺は銃声の度に仲間を気遣いながらも不安な顔をして銃を抱えているまりえに、敢えて明るく声をかけた。


「まだ、負けたわけじゃないし。ゲームはこれからだよ」


 だが、その言葉は、虚しく3発の銃声にかき消された。


 ードン! ドン! ドン!ー


 断続的に館内に鳴り響いた銃声。羽衣のエモノが発するものだということは、何となく俺にも分かった。無慈悲な、怒りと可斂の混ざった銃声だった。あんなことがおこるのを呼び込むような銃声。


「こうなっては、あの技を使うしかあるまい」

「あの技とは?」


 凄んだプレさんの声に、俺は血液が一瞬にして沸騰したような昂りを感じ、期待に胸を膨らませた。


「玉砕覚悟の突撃よ!」


 それは、このサバゲフィールドのハウスルールを知り尽くしたプレさんならではの、盲点を突いた攻撃だった。旗を奪われた場合は10点だが、全滅した場合は8点が、相手チームに加算される。しかし、時間内に勝負がつかなかった場合、生き残った人数の多いチームが勝利となり、その差の2倍が得点となる。だから一方的な流れとなった今回のようなケースでは、勝勢のチームは時間切れを狙うというのだ。人数差が6人以上なら、その方が高得点となるからだ。つまり、アロワナチームはあと1人か2人を倒したところで、攻撃を辞め両陣営旗の前に展開するはずだというのだ。プレさんは、自らが囮となるからその隙をついて俺達2人に旗を狙えと指示を出した。とても危険で、難しい作戦である。だが、追い込まれた俺達には、その手しか残っていなかった。だから、あんなことがおこってしまったのだ。


 ーパン・ババン・バキュン・バババ・ドン・ビュン・ドカン・ズッキュン!ー


 8つの銃声が1度になった。それは、プレさんの壮絶な最期を俺達に知らせた。俺は今までサバゲーを甘くみていた。自分の身を危険に晒すことなく、勝利を味わえると思い込んでいた。この土壇場になってもまだ1歩が出ない。プレさんのように突撃する勇気もない。作戦立案能力もない。俺は唇をかんだ。このまま負けてしまうのは悔しい。慙愧に堪えない。


「マスター、元気出して下さい」


 震え声でまりえが言った。自分だって怖くてしょうがないのに、俺を励ましてくれた。嬉しいやら、情けないやら。涙が出る思いだった。


 俺はない知恵を振り絞った。プレさんが言うように、アロワナは俺とまりえのどちらか1人は生かしておくだろう。怖がるまりえを残すのは忍びないが、被弾させるよりはましだと思った。だから俺は決意した。まりえを生き残らせるために、突撃しようと決めた。


「まりえは、旗の前でおとなしくしてなさい」

「待って、マスター。1人じゃ嫌!」


 案の定、まりえは俺について来たいと言った。俺は脚が竦むのを我慢して、飛び切りの笑顔をまりえに向けた。


「心配いらないから」


 そして向き直って、1人広場へと乗り込んだ。タッタッタッと勇ましい靴音をたてて突撃した。あんあことがおこる、ほんの少し前だった。

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