第3話

「しょうがない。

……では魔法の実践だ。

自分の中にある魔力を感じろ」


どさくさに紛れて、筋肉をつけさせようとしたが、失敗した。

しょうがない。

真面目に、己が教わったやり方を伝えてみる。


「ねえ、その前に、

なんでもいいから魔法を使って見せてよ」


そうは言われても、我には魔法は使えない。

ただ、そういうと変な先入観を与えるかもしれないな。

答えないでおこう。


「まずは、言った通りにするんだ。

魔力を感じて、風をイメージしろ」


桜は普通にできた。

桜の周りに風が渦を巻く。


「素晴らしい才能だ。

もう教えることはない」


「えっ?」


実際に、エルフとは感覚的に魔法を使えるものらしい。

一度でも何か魔法を使えれば、イメージで使うようだ。

我は知らないが。


「あとは魔力とイメージの問題だ。

自分でできることを増やしていくといい」


もう本当に、魔法について教えることはない。


「そんな雑な」


雑な、と言われてもな。

……もう言っても大丈夫だろう。


「我は、魔法が使えない。

我にはわからないが、魔法とは最初に発動できれば、自分で伸ばしていける。

そういうものらしい」


やれやれ、我とは違い、エルフと同等かそれ以上の魔法の才能がありそうだ。


「えっ、エルフって魔法を使うんじゃないの?」


桜はイメージそのままに口に出したみたいだった。


「ああ、その認識は間違っていない。

我以外、みんな魔法を使える。

それにしても、……異世界でもエルフは魔法を使うのか」


やはり、我はエルフとしては異端なのだろう。

ん?

なぜか桜が、しまったという顔をする。


「ごめんなさい。

メロスを傷つけるつもりはなかったんです。

本当にごめんなさい」


桜は頭を下げた。

なぜ誤っているんだ?

……ああ、そうか。

傷ついたとでも思われたか。


「何を謝っているんだ?

我はそんなことでは傷つかないぞ。

筋肉があるからな」


事実を伝えると、桜が顔を上げて我を見た。


「本当に、ごめんなさい」


「口調が変になっているぞ」


「本当に気にしてなさそうだね」


桜が探るように我を見た。


「昔は気にしたがな。

聖書が救ってくれた」


桜が少し顔を赤くした。

どうやら恥ずかしがっているようだ。

何を恥じてるのかは知らないし、どうでもいいな。

それよりも、話を進める。


「それで、桜。

これからどうするつもりだ?」


「魔法で身を守れるようになったら、家に帰る方法を探しに、この世界をまわるよ」


桜は帰る方法はあると信じているようだった。

来れた以上は、帰れるはず、ということだろうか。

ボソッと「帰って、愚弟を締め上げなければ」と呟いている。

さて、弟君安全の為に、桜の邪魔をした方がいいのだろうか。

……まあ、悪意は感じない。

どっちかというと、親愛といった感じだな。

ならばすることは決まった。

これも聖書のお導きだろう。


「そうか、ならば我も手伝おう」


「えっ?」


「どうやら、桜の弟君の聖書に救われたようだ。

ならば、姉である桜を手助けするのは当然だろう。

聖書の教えにもある、『全ては筋肉に通ず』だ」


「いいこと言ったみたいな顔してるけど、意味不明だよ」


桜は、しばらく考えた後、頷いた。


「うん。

それじゃあ、色々教えてもらおうかな」


「ああそうだ。

おそらく、桜はエルフの村には入れないだろう」


エルフは排他的だからな。

しかし、住む場所がないと大変だろう。


「えっ、なんで?」


桜が驚いた顔をしている。


「行けば必ず嫌な思いをすることになるだろう。

最悪の場合、戦いになるかもしれない。

この広場を囲う森からは出ない方がいいぞ。

そうだな、とりあえず、この神殿で寝泊まりするといい。

ベッドは……今作ろう」


ちょっと森に行き、木を倒し、手刀で加工し、拳でそれを組み立てていく。

最後に、蔦と柔らかな葉っぱを使い、ふかふかのベッドが完成した。


「できたぞ」


「えっ?

ベッドが、現れた?」


桜がびっくりしている。

やはり、ちょっと遅かっただろうか。

ベッド作成にかかった時間は、0.01秒にも満たないくらいだが。ゆっくり作ったのがまずかったか。


「魔法?」


桜が聞いてきた。

桜は何を言ってるんだ?


「魔法は使えないと言ったはずだが?」


桜は首を傾げている。

「これが魔法じゃないなら、なんなんだろう

まあいいや。

細かいことは後で考えるよ」


「? まあ、それがいいだろう」


「あの、さ。

食べ物とか、飲み物ってどうすればいいかな?

あと、お手洗いも」


さて、どうするか。

さっきの風を生み出した早さから考えると、桜なら魔法で獲物を取れるだろう。

問題は、食べられるものと、そうじゃないものの区別か。

トイレは、しかたない。

囲いを作ってやるか。

出した物の処理は、魔法でやってもらおう。

エルフがそうしているんだ、桜もできるだろう。


「わかった、ついてこい。

水場と食料、それとトイレについて教えよう」


神殿の外に出ると、辺りは暗くなっていた。


「だいぶ暗くなってきたな」


「絶対、筋トレ100セットのせいだよ」


恨みがましく、桜が呟いた。


「ああ、すこし少なかったな」


もう少しやって、朝になってから動けばよかった。


「メロスって、時々言葉が通じないよね」


桜は諦めたようにため息をついた。

なぜため息をつかれたのか分からないが、とりあえず、小さな囲いを作った。


「また、突然なにか現れた⁉︎」


「トイレだ。

出したものは、自分で魔法を使ってどうにかしてくれ」


「どうにかって」


「エルフは、自然を使って分解しているらしい。

桜にもきっとできるだろう」


————————————————


「いいか、この草は食べられる。

これは毒だ」


近くにある葉を指差して説明する。

しかし、桜にはさっぱり違いがわからないようだ。


「ごめん。

色々さっきから教えてくれてるし、今は収穫してくれてるから大丈夫だけど、

メロスがいなかったら、正直区別つかない。

どうしよう?」


困ったように桜が笑った。

しょうがない。最終手段を教えてやるか。


「簡単な見分け方を教えよう。

我が20年ほど前に気づいた、間違いない方法だ。

食べられるものは右の大胸筋が反応する。

食べられないものには左の大胸筋が反応する。

これがコツだ」


桜が黙り込んだ。

きっと試しているんだろう。

すぐにコツがつかめるはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る