影の功労者
影の功労者・1
遠乗りに出かけたあげく、大怪我をして戻ってきて、王族並の看護を受け……。
レサは目覚めたとたん、不安にため息をついた。
本日午後から、仕事復帰である。この中庭に面した療養所ともお別れである。
光があふれ、花が咲き乱れる美しい庭。選りすぐられた庭師たちが、最善を尽くして維持する庭。本来であれば、王族以外は行事がなければ入れない場所だ。
レサが休んでいた部屋は、立派な個室であった。ほとんどない荷物をまとめる。今日、ここを出て、また再び十人部屋の住人となる。
下働き仲間はほとんどが目上の者であり、気がよくて優しい。でも、さすがにこれだけ迷惑をかけたのだから、喜んで迎え入れられるものだろうか?
若干の憂鬱が、レサの心に影を落とす。
実際、レサのことをよく思わない人もいる。表立っては言わないが、孤児の身で『シリア様の話し相手』という肩書きを持っているがゆえに、優遇されていると妬む者もいるのだ。
そのレサが、王族並の手当てを受けたとなれば……。
多少の覚悟は必要だ。
荷物は軽かったが、腕の筋肉が落ちてしまったレサには、少し重く感じた。石の薄暗い廊下を歩き、地階の階段下にある部屋につく頃には、少し息が弾んでしまった。
あいにく部屋には誰もいない。今はそれぞれの仕事に出ている時間だ。レサは、恐る恐る自分の荷物を、自分のあるべき棚に戻した。
療養所の部屋の衣装棚は、レサたち下働きの者たち五人分の荷物を入れることができるだろう。しかし、レサには入れるも服はほとんどなく、この小さな自分の棚が、自分にふさわしいと感じて、ほっとした。
等身大であることが、レサにとっては幸せであると感じるから。
もちろん、そうは思わない者もいる。下働きの女の中には、王族の部屋掃除を担当しているレサをうらやむ者もいる。大きな家具や凝った調度品に触れられるだけで、幸せと思う者もいるのだ。
レサは、そんな人たちの声を聞くと、いつも疲れるのだ。でも、下手に否定すると、恵まれているからだと、いやみを言われてしまう。笑って話をそらすしかない。
レサは覚悟を決めて、夕食の仕度ににぎわっているはずの台所に向かった。
台所は半地下にある。
かなり広いスペースで、大勢のエーデム族下働きが働いている。さらに馬車ごと入ることのできる別室が隣にあり、ざわざわとうるさい。そこには、エーデム・リューマ問わず、食材を納入する業者の馬車が、ひっきりなしに荷物を運びこむのだ。
レサのような下働きは珍しい。
大概の者は、台所係りならば台所、掃除係ならば掃除と、専任になっている。しかし、レサの場合は台所も手伝い、王族の部屋の掃除もし、養護院の子どもの世話もする。そして、学校へも通うという忙しさだった。
レサの本来の仕事は、シリアの話し相手である。とはいえ、それだけで許されるほど、孤児である身は甘くはない。本業の合間を縫っての下働きなので、担当を任されることもない、まさに下働きの下働きなのである。
台所の女たちは、はじめはレサに気がつかなかった。が、誰かが声を上げたとたん、みんな一斉に歓声を上げた。
「おや、まぁ、レサ。もう大丈夫なのかい? よかったねぇ、ほんと」
思ったよりも反応が優しい。レサはほっとして緊張を解いた。
「ごめんなさい。すっかりご心配をかけてしまって……。ご迷惑を……」
「迷惑だなんて、とんでもないよ! むしろ助かったよ!」
「?」
その言葉に、レサが目を丸くしたとたんだった。
隣の部屋から、たくさんの野菜を抱えた人物が、よろよろしながら入ってきた。まるで野菜おばけのような有様だ。許容範囲を越えた量を抱え込んでいて、姿が見えない。
「へい、っ丁! 野菜たんまり!」
その声を聞いて、レサは思わず叫んでしまった。
「タ、タカ?」
「う、うっわ! レサ! も、もういいのか?」
タカは、まるで幽霊の声でも聞いたかのように、跳ね上がり、野菜を空中にほうり上げてしまった。おかげで顔が見えるようになったが、野菜は、ばらばらとタカの足元に降ってきた。
「いや、なんていったってねぇ、この子がね、レサが怪我をしたのは自分のせいだから、手伝わせてくれっていってね。男手が足りないから、大助かりだったよ」
回りから、そうそうと声があがる。
エーデム族の中にあって、リューマ族のタカは、なかなか気に入られたようだった。
レサが驚いて見つめたので、タカは床に散らばった赤カブよりも赤くなった。
「じゃ、俺、これでーーー!」
押し黙ったかと思うと、突然大声で叫び、脱兎のごとくに走り出した。
あっという間に姿が消えた。
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