第二十八章 新たなる決意
何だこれ、再び。
よりにもよって、一冊の同人誌を携え魔王の居城までやっとのことで辿り着いた勇者の俺は、いかがわしさ満載の同人誌の作者と一緒に、その魔王本人と読書会なるものに興じていた。
「そっかー! さすがにあのペンネームって……って思ってたけどさ。《まりりー☆》っていいね!」
「ショージが付けてくれたんだよ?」
「うんうん! 可愛いなあ!」
手元の同人誌はと言うと、物語後半のドぎつい見開きがどーん!と御開帳されたままである。閉じろ。
「まあ……さすがに魔王本人がイベント会場にご降臨、って訳にはいかないよな」
「ん? でも、ショー――ゆ、勇者は参加できたんだよね? その恰好でどうやったのさ? 男だし」
「ショージでいいって」
役職名で呼ばれると自分事に聴こえなくて嫌だ。
「あー……あれだ。危ない性別転換薬的な何かをこいつに盛られて、あげくにコスプレをですね――」
「ノリノリだったくせに」
「事実を捻じ曲げるんじゃねえ!?」
くすくすと自称・魔王は笑っていたかと思うと、
「じゃあ……そろそろ殺っとく?」
「おい、お前――」
「ごめんごめん。冗談だってば。もう言わないよ」
屈託ない笑みを浮かべながらも、勇者である俺の意志をもう一度確かめているかのようにも見えた。
だが、きっと伝わっているだろう。もう俺にはそんな気は皆無だということは。
「でも……何だか夢を見てるみたいだ、僕」
自称・魔王は俺たちを代わる代わる見つめた。
「何がだよ?」
「うん。こんな風に誰かと話したり笑ったりなんてできないと思ってたから。ずっとびくびくしながら過ごしてきたんだ。いや……違うかもね。最近はずっと、びくびくすることにすら飽きちゃってたし」
「そっか」
自称・魔王は嬉しそうに笑いかけるが、俺にはその笑顔に応えてやることがどうしてもできなかった。
そう――これで終わりじゃない。
こいつがただの寂しがり屋で、この《ノワ=ノワール》に対して害を成す存在なんかじゃない、それはもう俺には十分理解できていた。
けれど、これではまだ終われない――誰も。
「あのさ、ショージ?」
自称・魔王は、困ったように子供っぽい容姿に見合った可愛らしさで笑顔の中の眉を顰めて言う。
「僕、どうしたらいいんだろう?」
「お前はどうしたいんだよ?」
少し考える素振りをして、
「うーん……生きていたい、かな?」
だよな。
その科白で、もう俺のやるべきことは決まった。
「……分かった。勇者であるこの俺が、お前のその望み、叶えてやる」
沈黙。
「……馬鹿じゃないの?」
「知らなかったのか? 俺は馬鹿でオタクなんだ。いいから涙を拭け、魔王……調子が狂うだろ?」
「な……泣いてないし!」
抱きかかえたクッションに顔を埋め、肩を震わせている自称・魔王ごしに、俺はマリーに頭を下げた。
「あー……済まん。ええとだな――」
「オッケー。あたしも一緒にやるわ」
「……何でそうなる!?」
「わ、分かりなさいよ、馬鹿ショージ!」
どんよりと見返した俺の顔に、一斉に唾が浴びせかけられ、思わず顔を顰めてしまった。
「まおたんはあたしの大切な友達じゃない!? まおたんがいなかったら、あたしたちの本は生まれなかったのよ!? それに……ゆ、勇者の進む苦難の道を支えるのは、いつだってあたしたち女神の務めなのっ! いいから黙って連れて行きなさい!」
俺とまおたんは思わず顔を見合わせた。
「……ツンデレだよね」
「……そうなんですよ」
「だだだ誰がツンデレかあああああっ!!」
んがあああ!と一人吼えるマリー。
ちょっと感じていたことだったが、この自称・魔王とはかなり話が合うようだ。何だか妙に嬉しい。
「でも……まおたんの望みを叶えるっていっても、一体どうする気なのよ、馬鹿ショージ?」
「馬鹿は余計だってば」
こっちも他意はない。もう合槌みたいなものだ。
「葵さんが言ってたろ? ――今の天界で最終決定権を持ってるのは、英雄神・アルヴァーだって」
「葵さん、って?」
「いいから」
説明するのは面倒だし、今は必要ないだろう。
そのまま続く科白を聞きたくなさげなマリーに告げる。
「だったら、直接会って説得するしかない。この下らない神と魔王の対立ってのを止めろ、ってさ」
「……だと思った」
はあ……とマリーの口から溜息が出た。
「ま、止めても無駄だろうし? そうと決まったら、すぐに行きましょう。まおたんも……いいよね?」
「う……うん……」
不安げな面持ちが少しばかり気になったが、勇者一人と女神一人に、魔王を加えた変則三人パーティーとなった俺たちは、早速魔王の居城を後にして、一路天界を目指す旅に再出発したのであった。
「えっと……こっちよ」
マリーが指し示すまま、俺たち三人はもうかれこれ三時間程ただ黙々と歩いていた。
今まさにマリーの両手で例の《ノワ=ノワール》の世界地図が広げられているのだが、そこに天界の位置までがはっきりと正確に描かれていると知った時には、さすがの俺も虚脱感が半端なかった。魔王軍に奇襲される、って危機感はないのか。どんな出来の悪い糞ゲーでも、ここまで酷くない。
「大丈夫か、まおたん?」
念のため、渾名の方で呼ぶことにしている。心配そうな俺の口調が伝わったらしく、まおたんは弱々しい笑みとともに短く応えた。
「……平気」
「――には見えないんだが」
「仕方ないでしょ? 城から出たことなんて、今まで一度もなかったんだからさ」
「運動とかスポーツとかは?」
「……するように見える?」
愚問でしたね。
「くっそ……頼りにしてたマクマスさんもカラフェンさんも、もういないんだよな……」
今のところ、追っ手――女神たちの姿はなかった。
とは言え、もし襲われでもしたら最後の勇者である俺が何とかしなければならないのである。しかし、とても自信なんて湧いてこなかった。何せ魔物ゼロの世界に颯爽と登場した戦闘経験皆無の勇者なのだ。魔法だって使えない。
「はあ……誰にも気づかれないように、こっそり進むしかないか……」
「無理……じゃないかな」
思わず口に出してしまった独り言に、まおたんが済まなそうに反応したので、ぎょっ、とする。
「どうして言い切れる?」
「だって、そういう仕組みだもの。魔王は自分の居城でひたすら勇者を待っている――でしょ? 万が一にも不在だったら困るじゃないさ。だから、僕が一歩でも外に出ると、天界に警報が鳴るんだよね」
早く言え。
だから、世界地図があんなポンコツでも、進行ルート丸わかりの神側は大して困らないって訳か。
「で、でも、それは天界だけの話だって」
まおたんはしんどそうに息を吐きながら続けた。
「そこら辺でうろついてる女神にはすぐには伝わらないよ。だって通信手段なんて物はないんだから。運さえ良ければ何とかやり過ごせると思う。少しだけなら、僕、魔法も使えるしね――」
どんな――と言う俺の質問には、曖昧な微笑みしか返ってこなかった。
そしてその笑みはすぐ曇る。
「問題は、最後に待つ《天界の門》かな? そこだけは僕にも打つ手がない。魔法が通用しないんだ」
「《天界の門》?」
その言葉を耳にしたマリーは、厳めしい顔付きで地図を睨み付けていた視線を上げて、ぱあっ、と表情を綻ばせた。
「あ! そこなら何とかできると思う! 多分ね」
「知ってるのか?」
「あ、当たり前じゃない!? あたしが女神だって忘れちゃったの、馬鹿ショージっ!」
正直、ちょっと忘れかけてました。
「で、でもさ? 女神が天界に出向くことなんてないんじゃないのか?」
「あるわよ、失礼ね。例えば……初詣とか?」
いや、行くなよ。
相変わらず女神の生態は良く分からない点が多い。でも、確かに今の天界は神で溢れ返っているって話だし、御利益はたんまりありそうだ。
「じゃ、ルートはあたしに任せて! 行くわよ!」
半信半疑のまま、俺たちパーティーは進む。
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