第十六章 次から次へと

 が――。


「人……来ないわね」

「まだ始まったばかりだろ? そんなもんだって」


 大して時間も経っていないのに、マリーは堅い表情のまま、目の前を通り過ぎていく人々を睨み付けるようにして見つめている。


「どうぞー! 新刊、ありまーす!」


 通路の向こう側では、大量の頒布物を並べたサークルの参加者が道行く人々にしきりに声をかけている。開始からずっと、二人とも立ちっ放しだ。


「あ、あたし、あそこまで出来ないんだけど……」

「あー……うん、お――あたしもそんな感じ」


 二人ともバリバリ社交的、ってタイプじゃないのでどうにも気軽に声をかけられずただ座っているだけである。たまに足を止めてくれる人もいるのだが、そのたび傍から見ても不審に思えるくらい俺たちが動揺を露わにするので、向こうも向こうで気まずそうに立ち去っていく。コミュ障辛い。そのまま無理矢理お見合いでもさせられた初対面の二人みたいなぎこちない雰囲気で固まっている俺たちの前に、ふと、一つの影が落ちた。


「へー。面白そうじゃん。見てもいいかい?」

「あ! も、もちろんで――!」


 途中まで言いかけて、その人物を見た俺たちは、ほぼ同時に、ひゅっ、と音まで立てて息を呑んだ。


 軍服……だろうか?


 ネイビーブルーの細身のシルエットを豪奢な金のモールで飾り立てたダブルのジャケットに、身体のラインに沿うようにぴっちりとした純白のスラックス。足元には膝近くまでのロングブーツを履き、腰あたりに、凜、と研ぎ澄まされた冷たい輝きを放つサーベルを下げている絶世の美男子がそこにいた。


 緩くウェーブのかかった金髪を掻き上げながら俺たち二人に等しくセクシーな色を含んだ微笑みを投げかけている。




 きゅん――。




 い、いや、ちょっと待て!

 おかしいだろ。俺は、今はこんな成りだが、男なんだぞ?


 なのに、どきどきと動悸が止まらな――。




 ……ん?




 あれ?

 この人、どこかで――?




 何とか平静を取り戻そうと、必死で素数を数えたりなんかしていた俺だったが、不意にそんな考えが脳裏をよぎった。こんなイケメン、今まで会ったこともない筈なのに何故か見覚えがある気がする。すると、隣にいる舞亜さんが羨望――などではなく、怒ったような呆れたような溜息を一つ吐いた。


「……遅いわよ、もう!」

「悪ぃ悪ぃ。そう怒るなよ、舞亜」


 悪びれない口調で応じたイケメン軍人は、マリーの本を片手に、もう片方の手を長机につくと、よっと、と一声かけて軽々と飛び越して見せた。それから、舞亜さんの隣に腰かけて、早速手にした本をぺらぺらと読み始める。


「えと……。彼氏さん……ですか?」


 近い方に座っていた俺が、耳元でそう囁くと、


「へ? ………………ぷっ! あはははは!」

「?」


 おっとりした外見にそぐわず、文字通りお腹を抱えて笑い出した舞亜さんを見た俺とマリーは、無言で見つめ合うことしかできなかった。マリーもやっぱり状況がまるで理解できていない様子である。


「違うの。違うのよ」


 ああ、可笑しい――と笑いを締め括ってから、舞亜さんは隣のイケメン軍人に身振りで伝える。


 すると、


「あー。そっかそっか」


 きらり、と真っ白な歯が煌めいた。


「あたしだよ、あ・た・し。織緒だってば」


 確かにさっき聞いた女声でイケメン軍人は言った。




「「え………………うえええええええええっ!」」

 俺たちの絶叫がユニゾンした。




 いや、だって!

 髪の色も違うし!

 さっきまで声も全然違ってたじゃん!


 わざわざ尋ねる前に織緒さんが答えてくれる。


「髪はウィッグだって。セットが崩れちゃうから外して見せたりできないけどなー。声の方は……まー日々の鍛錬、って奴? キャラになりきるには、いつもの自分の声じゃあやっぱ雰囲気出なくってさ。そーだなー……六パターンくらい使い分けられるかもな。あたし、かなり練習したんだ……いくぜ?」


 実際にやって見せてくれる。


 強気の俺様キャラ、熱血バカの体育会系、クールで真面目な生徒会長、病弱で儚げな文学青年、Sっ気たっぷりの鬼畜眼鏡に、元気一杯の天然無邪気。


「……っと。どーだ?」


 最後のはある意味、素の織緒さんに近いのだろうけれど、それでも俺たちはすっかり感心させられてしまった。思わず興奮気味に拍手してしまう。


「いや、凄い! 凄いですよ!!」


 本職の声優だって、ここまで出来る人はそうそういないんじゃないだろうか。本当に六人のキャラが目の前に入れ替わり立ち替わり現れたように錯覚したくらいだった。


「そーかそーか! いやー、嬉しいぜー!」


 織緒さんは元の強気な俺様キャラに戻りつつ、かかか、と笑った。そして、隣で何故かむくれている舞亜さんの肩に馴れ馴れしく腕を回して囁く。


「なーに拗ねてんだよ、舞亜? それもこれもお前のためじゃんか。……ははーん、もしかして、あたしがちやほやされてるからって、妬いてんのか?」

「妬いてません!」


 ぷいっ、と怒ったようにそっぽを向いてしまったが、図星のようである。


「あんなー?」


 その膨れた頬をちょんちょんと突き、ぴしり、とはね退けられたりなんかしつつ、織緒さんは口元に手を添え、俺たちにそっと囁いた。


「……こいつの衣装、どれもすげーじゃん? でもさ、自分じゃ着る勇気がないんだと。やっぱさー、誰かが着てこそのコスチュームだって思う訳よー。……んで、あたしが着てやることにしたんだ。このサークルの看板になってやる、って決めたんだよ」

「あー。それで――」


 やっと納得がいった。


 実際、織緒さんが会場に戻って来てからというもの、周囲の空気が明らかに変わった気がする。人の流れまで確実に引き寄せているようだった。


「すみません……これ、見せてもらっても?」

「おうよ!」


 言ってる間に、早速お客さん第一号が現れる。


「最初のページの衣装は、今俺様が着ているのと同じ奴だぜ? 待ってな、そっちに行ってやるよ」


 長机の上に広げてあった見本帳をめくり始めた女神の隣に立ち、織緒さんが一通り説明をし始めた。その通りがかりの女神は、すっかり舞い上がってしまい、ちょっと頬を赤らめたりなんかしていた――まあ、無理もない。イケメンにも程がある。


 人の心理とは面白いもので、そうやって先人がいる場所には抵抗感が薄くなる。じきに次の、また次の見物客が集まり始めた。純粋に舞亜さんの仕立てたコスチュームに興味をかき立てられた者もいれば、単にイケメン軍人となった織緒さんを間近で拝みたいってだけの野次馬もいるようだったが、それでも確実に人を集めることに成功しつつあった。


 ふと、隣を見ると、


「……何だよ。ぽーっとしちゃってさ」


 すっかり見とれている様子のマリーを見て、俺はつい、そんな科白を吐いてしまった。


 そりゃあ俺は、イケメンって顔じゃないし……。

 何だかもやもやしてしまう。


 同じ男に負けるならまだ多少諦めもつくけれど、相手は女性なのである。神だ、女神だ、というのだから、普通の人間より容姿が優れていてもちっともおかしくないのだろうけれど、負けは負け、だ。


「尊い……」


 あーはいはい。


 とうとうそんな呟きまで漏れ聞こえてきたので、中腰になりつつ苛立った素振りで今一度スペースの上に並べた本やPOPを意味もなく弄り回していたのだが、ちょいちょい、と短すぎるスカートの裾を引っ張られ、余計にイラっとしてしまった。


「ちょ――! 何だよ、もう!」


 こら、見えるだろ。


「……ね? ね? 聞いてってば」

「?」


 仕方なく、どん、と座ってわざとらしく溜息を吐いていると、すっと身を寄せるようにしてマリーが耳元に囁いてきた。吐息がかかった拍子に、びくっ!とかしてしまうがやっぱり俺の表情は優れない。


「……何?」


 とげとげしい返事を物ともせずマリーは続けた。


「良いわー。理想のキャラよ。そう思うでしょ?」

「へ、へー……そうなんだ。良かったじゃん」


 マリーが掴んで離さないので逃げることもできず、仕方なく持参してきたミスリル麦茶のペットボトルをバッグから取り出して口をつけた。何だか……味がしない。


「本当よ!」


 マリーは熱のこもった口調で呟いた。




「織緒さんたちの隣で良かったわ。あんなイケメン俺様キャラ……ああ、滅茶苦茶にしたい……っ!」


 ぶっ――ふっ!

 こ・の・腐・女・神・が!




 それでも一滴たりとも飛沫を飛ばさないように必死で堪えた俺は偉いと思う。


「ちょ――! 汚なっ! 鼻出てるし!」

「ごっ……ほ……! ごほごほ……っ!」


 とても美少女には似つかわしくないリアクションでひたすら悶絶する俺。気管に入ってしまったらしく呼吸困難に陥っているとマリーが背中を擦ってくれる。

ま、こいつが加害者なんですけど……。


「お・ま・え・な・あ!」


 かひゅー、かひゅー、と息を漏らしながら、さらに渡されたティッシュで控え目に鼻をかんだ。


「この腐女神が! 妄想も大概にしろよ!」

「いいじゃん。もうカミングアウトしたんだしー」


 ひひっ、と笑う。


 織緒さんの周りに群がっている女神たちも、マリーとは少し違うものかもしれないけれど、やっぱりそれぞれの妄想を密かに抱いているのだろう。ふと、その中の一人が、織緒さんがまだその手に持っている本に気付いた。


「えっと……その本も、織緒さんのところの……なんですか?」

「――あ」


 当の本人はその存在をすっかり忘れていたらしい。


「これなー。こいつらの初めての本なんだってさ」


 そう言って、織緒さんが俺たちの方を指し示すと、一斉に視線がこちらに殺到する。マリーは弾かれたように身体を強張らせ、ど、ども、と辛うじて頭を下げてそれに応えた。


「さっき読ませてもらったんだけど、すっげー面白かったんだ。一気に夢中で読んじまった。……そーそー、これ、買わせてもらうぜ。構わねえよな?」

「も、もちろん……です……あ! でもっ!」


 織緒さんが手にしているのは見本として置いておいた一冊なのだ。


「こっち……ちゃんとした奴……あの……!」


 椅子も引かずに大慌てで立ち上がったものだから、その拍子にマリーは嫌という程膝をぶつけた。しかし、そんなことは少しも気にならない様子だった。


「……本当に……良いんです……か?」

「はあ? 良いも何もねえだろ」


 きょとん、とするのは織緒さんの方だ。


「良いと思ったら手に入れる。そういう連中しかここにはいねえだろ? ん?」


 周りの同意を求めるように見回してから、織緒さんは照れたように今は金髪の頭をぽりぽりと掻いた。


「まー、いつもだったら俺様は本は買わねえんだけどな? 衣装着て、キャラになりきることしか興味なかったし。……でもさ? この本、マジで面白いと思ったんだ! どきどきしてはらはらして、んで、最後にじーんと来た。だったらもう、買わねえ訳にはいかねえじゃん?」


 な?と素に戻った織緒さんはマリーに笑いかける。しどろもどろになりながらマリーは答えた。


「あ――ありがとう……ございます」

「あー……。俺様、第一号だよな?」


 声も出せずに、こくこく、と頷き返すと、


「ここ――裏表紙めくったところにさ、何か書いてくれないか? カンタンな奴でいいからさー」

「え……あ……う……。は、はい!」


 目を白黒させながらマリーは再び本を受け取った。一応、前情報として伝えてはおいたのだが、そんなことをお願いされるだなんて思ってなかったんだろう。それでも、何かを噛み締めるようにことさら丁寧にマリーはマジックを走らせ、描き上げた微笑みを浮かべる主人公アルフェンのスケッチの隣に、こう書いた。




 ――リアルアルフェンの織緒さんへ。


 お買い上げ第一号、ありがとうございました!

                 まりりー☆




「おおー! ……あたし、すっげー嬉しいや!!」


 すっかりイケメン軍人ではなくなった元の織緒さんは恥ずかしそうに笑うと、反応が気になりすぎて手渡した姿勢のまま立っていたマリーに長机越しに抱きついた。


「あんがとな! これ、大事にする! 絶対!」

「うぇ……! あ……は、はい!!」


 マリーも嬉しそうである。横で見ている舞亜さんがちょっぴりむくれているのは……置いとこう。


「あ――」


 そして、それがきっかけになった。


「あ、あたしも見せてもらっていいですか?」

「えと……見本って一冊だけ……ですか?」


 いきなり今まで『カルネヴァール』に集まっていた女神たちが、俺たちの『まりーあーじゅ』の方にもどっと押し寄せてきたのだ。


「ち、ちょっと待ってて下さいね。見本誌、今すぐ用意しますので!」


 この機を逃す手はないだろう。


 感動に浸っているマリーをそのまま放置して、俺は急いで新しい別の一冊にビニールカバーをかけて差し出された手の一つに渡してやる。だが、それでは全然足りず、カバーのかかってない本を手に取って直接読み始めた女神もいたが、敢えて咎めることはしなかった。




 そこに――。




「あたしも……いいかな?」


 急に空気感が変化したのに気付いた。




 ずっ――。


 異質な存在感と質量を兼ね備えた一人の女神が姿を現し、集まりつつあった輪が乱れ、十戒よろしくざあっと人波が左右に分かれて道が生まれた。


「ふ、ひ……ふひ」


 彼女が肩から下げている薄汚れたトートバッグはすでにはち切れそうなほど膨らんでおり、それほど暑さを感じない会場内だというのに額には汗の粒が浮き上がっていた。身に着けているのはシックなデザインの深紅のロリータファッションだが、いかんせん内容量に見合っておらず、トートバッグ同様、はち切れんばかりに膨れ上がってしまっている。


「あの人……《職人マイスター》さんじゃない?」

「あ……聞いたことある。彼女が例の……」


 ひそひそ……と呟く声が聴こえた。




 遂に来た――。

 表情こそ変えなかったが、俺の背中には冷たい汗が一筋流れ落ちていた。




 きっとマリーは知らないだろう。だが、俺は知っている。


 彼女こそ、この《ノア=ノワール》のイベントにおいて、新規参入サークル潰しとまでの異名を持った熱狂的かつ狂信的なBLファンの通称《職人マイスター》、その人に違いない。


「表紙は……ぐっふ」


 葵の運営する例の神絵師SNSにもしばしば出没し、投稿されたイラストに対してかなり手厳しいコメントを付けたりすることもあった。本人には少しも邪気はないようだったが、辛辣すぎるコメントのせいで場が荒れることも多々あった。マリーのイラストに対してその矛先が向けられたことはなかったのだが――正直、一番来て欲しくなかった人だ。


「……ふーん」


 やきもきする気持ちにはお構いなしに、ぷっくりとした指先はぺらぺらとページを捲り進んで行く。


「……は? 何なの、これ?」


 ときおり不機嫌そうな呟きが漏れる。とても正気で聴いていられない。


「おいおい。おいおいおい……可愛すぎかよ?」


 ちっ――鋭い舌打ちが響いた。


「はいはい……天使ですかそーですか」


 はああああ、と溜息を吐く。


「……」


 そして遂に沈黙してしまった。




 ……大丈夫なのか、これ?




 その丸々とした顔の中央には、深い皺が刻み込まれている。隣のマリーの様子をそっと窺うと、血の気をすっかり失って、青白い顔をしていた。




 やがて、




「……あのさ。『まりりー☆』っての、あんた?」


 ぎろり、と睨み付けられ、慌てて手を振り返した。


「あ――あたしじゃないです。この、隣の――!」


 再びマリーを見ると、ぷるぷると小刻みに震えながら、オンドゥルルラギッタンディスカー!とでも叫び出しそうな怒りの表情で睨み返されてしまった。


 済まん、マリー!

 だって本当のことじゃんか!


 そのままマリーはわずかに腰を浮かせたのだが、俺に詰め寄る間もなく《職人》さんに、ずっ!、と距離を詰められ、フリーズしてしまった。


「あんた……」


 一瞬、間を空けてから《職人》さんは言った。




「……殺す気なの?」

「………………は、はいぃ?」


 ふひー、と息を漏らし、《職人》さんは微笑んだ。


「あんた、あたしを萌え殺す気なの?って聞いてるのよ? ……まあ、いいわ。これ、貰う。二冊」


 マリーは意味が分からず固まっている。横から脇腹を小突くと、はっ、と我に返った。


「二冊……え? 同じ物……ですよ?」

「いいのいいの」


 大量のフリルに隠され何処にあるのかまるで分からないポケットから、魔法のようにクレディットカードを取り出した《職人》さんは、しっとりと湿った分厚い手をひらひらと振ってみせた。


「一冊は観賞用、もう一冊は保存用だからね。そうそう……神絵師SNSでサンプル見たよ。やっぱり来て良かったな。次も期待してるから……全力であたしを殺しにきて頂戴。これ、約束だからね? まりりー☆先生?」


 言われた科白の示す意味の半分も理解できていない顔付きだったが、次第にマリーの表情は緩んでいき、やがてその瞳は潤みを帯びていった。


「ありがとう……ございます!」


 ぎゅっ、と分厚い手を握り返す。その刹那、《職人》さんはほんの少し迷惑そうな表情を浮かべたのだが、それはきっと、オタクにありがちな対人スキルの欠如故の戸惑いと照れの表れだったのだろう。妙に落ち着かなげに身体を揺らしながら手を引っ込め、背を向けた。


「それはこっちの科白。……さ、次に行かないと」


 そんな独り言を残しつつ、再び、ざざ、と割れた人波の間へ悠々と歩み出した《職人》さんは次なる戦場へと旅立っていった。




 ふーっ。

 溜息をついたのはほぼ同時だった。




「何か……いろいろ凄かったな」

「ね」

「ま、良かったじゃん。多分、アレ、大絶賛のつもりなんだろうな、きっと」

「なの……かな……?」


 あははは……と乾いた笑いを発したかと思ったら、マリーは急に厳めしく表情を曇らせる。


「でもっ! あんた、覚えてなさいよ。仲間を犠牲にするような真似……ホント信じられない!」

「ま、まーまー……」


 それを言われると立つ瀬がない。だが、マリーの気を反らすのにはうってつけの事態が俺たちの周りで起こりつつあることに気付いていた。


「今はそれどころじゃないみたいだぞ?」

「は?」


 引き攣り気味の笑みを張り付かせて顎をしゃくるようにしてそっちにマリーの注意を向けてやる。


「み、見本、拝見しますね!」

「私も……いいでしょうか!」


 割れていた人波がさらに厚みを増し、『まりーあーじゅ』目がけて押し寄せてきていた。


「わ……! わわわわ……!」


 どうやら先程の一件で、《職人》さんのお墨付きの一冊、という認識が広まってしまったようだ。


「一冊、いただけますか?」

「は、はいっ!」

「こっちもお願いします」

「ち――ちょっと待って下さいね!」


 いろいろと下準備をしていた俺にとっては、些か拍子抜けする思いだったが、これはこれで嬉しい誤算だった。早くも一杯一杯の様子のマリーに並んで、俺もひたすらお客さんの応対に専念する。


 ようやく客足が落ち着いたのは、二箱目を開け、その中身が半分を切った頃だった。



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