第十二章 妄想の果てに
「よくやるよ。まったく……」
マリーはネーム描きに没頭している。邪魔をしても悪いと思い、俺はついさっきマリーから仕入れたこの世界《ノア=ノワール》に関する追加情報を整理することにしたのだった。
「やっぱ戻りたいからな……元の世界に」
いくらマリーを問い質しても、返って来るのはあいかわらずの『何もしなくていい』の一点張りだったのだが、こうまでやることがないと落ち着かない。それに、少しでも元の世界への帰還を早める方法があるのであれば、知っておきたかったのだ。
それにだ。
この前のように他の女神に出喰わす可能性だってゼロじゃないと思う。一見、マリーの暮らすこの空間は
「さてと……どれから始めるか」
目の前に突っ立っている例の黒板には、マリーの文字でそれらが雑多に書かれている。
「――よし」
気になる奴から片付けるとしよう。
――《女神ポイント》。
まずはこの前、マリーが言いかけたところで話が横道に逸れてしまったこれだろう。そしてこれこそが、恐らく全ての元凶なのだった。
マリー曰く――。
女神たちが皆躍起になって《勇者》に対し《女神の加護》を授けようとするその理由こそが、《加護》を授ける行為の見返りとして与えられる《女神ポイント》、通称《メガポ》なのだった。この《メガポ》を一定以上のポイントまで貯めることで、《上級女神》に昇格できる資格を得ることができるの、と、マリーは単刀直入に語った。
大して力も地位も持たない《下級女神》とは違って、《上級女神》ともなるといわばチームリーダーのような役割が新たに与えられて、四人から五人の《下級女神》、通称《メガメン》を統率することになるらしい。そうなれば、自分自身でせっせと《女神の加護》を授けに出向かなくても良くなるから、一気に楽になるのだそうだ。
何故なら今後は、リーダーとして《メガメン》のマネジメントやケアを行うことが新たな役割となるからであり、配下の《メガメン》の働きに応じた17.5%の《メガポ》が支給されるからだ。彼女たちから徴収する形ではなくてその上に上積みされるという話だから、かなりフェアな仕組みと言えよう。
さらにはその傍ら《女神銀行》、通称《メガバンク》に口座を開設することができたりする。それなりの才覚さえ備わってさえいれば、預けた《メガポ》を資産運用することによって労なく稼ぐことだって不可能ではないらしい。事実、そんなデイトレーダー紛いのやり方で一発当てた上級女神もいたりするわね、ともマリーは言っていた。
そういったことを繰り返しながら、さらに上の役職である《最上級女神》へ、ひいては選ばれし女神であるところの《
「なのである!って言われてもだな……」
安定の世知辛さである。
ずっとこんな調子ってのは、世界の理としてどうなんだ《ノア=ノワール》。いちいちリアルすぎて、ファンタジー要素なんてゼロ。もう泣きたくなる。
「……次だ、次」
げんなりしつつ、次のテーマに移ることにした。
――《神成り》。
お次はこれだ。
さっきのテーマは知っておいても損はない、という程度の代物だったが、こいつは違う。俺が元の世界へあるべき姿で戻れるか否か、その成否がこれを正しく理解することで決まってくるのである。
再びマリー曰く――だ。
本来《女神の加護》とは、《勇者》の苦難に満ちた旅路をサポートするために授けられる、神の持つ人知を超えた《御力》の片鱗である。《勇者》のみに与えられ《勇者》だけが使うことを許されている《加護》には、実に多くの種類・系統があり、大体は冒険や戦闘向きの特殊なスキル・魔法という形で《勇者》はそれを行使することができるようだ。
たとえば――。
自然系統の魔法である《雷槌》は、体力の消費なく対象一体目がけ天空から雷を落とすことができる。状態変化の特殊スキルである《金剛強化》は、瞬間的に皮膚を金属のように硬化させることで絶対の防御力を発揮することができる――こんな具合に、だ。
「そんな力が一つでもこの手にできたのなら、それこそまさにファンタジーだってのに……」
溜息しか出ない。その理由とはもちろん、《女神の加護》を授けられることによって生じるデメリットにあった。
元の世界に戻る気があるのであれば、一つでも《女神の加護》を授かってしまうとリスクがかなり大きくなる、そうマリーの説明からは感じとれた。
何故なら、人間にはそんな大それた《御力》などという超能力めいた物は備わっていないのが普通だからである。単純に、いくつ授かると神認定、みたいな明確な線引きはないとも言っていたが、授かった《加護》がたとえたった一つきりだったとしても、それが人間界の常識や理をたやすく捻じ曲げてしまうような
「マジでやばかったんだな、俺……」
自然と再び女神マリッカの事を思い出していた。
確かマリッカは、自分の持つ《加護》をこう呼んでいた筈だ――《
改めてマリーには礼を言っておくか。
そして、マリーの言うとおり、元の世界への帰還を果たすまでは、ここでおとなしくしているしかなさそうだ。
ぎぎっ!
と、唐突に扉が開いた。
「た、大変! 大変なことになっちゃった!」
そこから現れたマリーは、蒼白になって叫んだ。
「えええっ! 一体どうしたんだよ!?」
「あ……あのその……あたし……うううっ!」
マリーはしどろもどろになりつつ続ける。
「イベント、ってのに参加することになっちゃったのよ! ね、ねえっ! 助けてよっ!」
……あー。
おとなしくしてる、って決めたばっかなのに。
俺とマリーは、ほぼ同タイミングで頭を抱え、しばらくその場に
「……まずは経緯を聞かせてもらおうじゃないか」
俺は憤懣やる方ない態度で椅子に腰かけ、机の表面を指でリズミカルに叩きながら、できるかぎりドスの効いた声で尋ねる。
「……ふわぁい」
マリーもさすがに今回ばかりはちょっと反省しているらしく、声に覇気がない。何でか俺の前の床で愁傷に正座の姿勢をとっている。
「あれからずっと、ネーム描きをしていたのです」
「ほうほう」
いい心がけである。
「そうしたらですね……何と、葵さんから直接メッセが飛んで来まして」
「ほうほ――ん?」
まあ、パソコンがあって、ネット環境も整備されているのであれば、そういったコミュニケーションツールもニーズに応じて生まれるだろうし、それが広く普及していたって不思議じゃない、か。
「不覚にも……盛り上がってしまったのです」
「そうなのですか」
「そうなのです……」
じゃねえよ。
「はい、詳しく」
「ううう……」
マリーはもごもごと口ごもり、早くも足が痺れてきたのかもぞもぞ身体を揺らしていたが、まだだ。
「話題は自然と、今あたしが描こうとしている作品のネームについて、になったのです。やれ、ああでもない、こうでもない、とやりとりをしているうちに、思いがけず熱が入ってしまいまして……」
そこでマリーは軽くよろめきつつもすっくと立ち上がり、自らその場面を再現してみせた。
「あたしっ描きます絶対描きます!ってなって、それはそれは拝見したいですねっ!是非是非今度のイベントに参加しましょうそうしましょう!って葵さん言われて……ついノリで………………はい!と」
なるほどなるほど。
……って。
「おうコラそこの腐女神」
ぎろり。
刺すような咎めるような俺の視線を受けて、マリーは半泣きの表情になって喚き散らした。
「分かってる! 分かってるわよおおお! 自分でも失敗したなあって思ってるわよおおおおお!!」
「分かってるんならだな……」
はああああ、と長々と溜息を吐いて言ってやった。
「やっぱり止めときます、って断ったらいいだろ? まだお前は、漫画なんて一つきりしか描いたことないんだしさ。それも、まるで中身のない――」
おおそうだ、と俺は催促するように手を出した。
「ほら。見せてくれ」
「何をよ?」
「ネームだネーム。描けたんだろ?」
「い――嫌よっ!」
何でだよ。
「うぉいっ! 会ったこともない葵にはペラペラ話すくせに、俺には嫌!ってどういうこと何だよっ! ……いいから出せってば。ほれほれ。はよはよ」
一応、それを見てから判断しよう。
「ううう……うーっ!」
ぺしっ、と半ば投げつけられてきたネームを受け取る。意外な程枚数があって軽く驚きつつも、
ん?
……ふむ。
自然と紙をめくる手がスローになった。
実を言えばあまり期待していなかったのだが――何せ、昨日の今日なのだ――めくり、めくるその紙は決して白くなかった。あくまでラフなのだし、お世辞にも丁寧とは言えなかったものの、かなりの量が描き込まれていて黒々としている。
ぺらり。
「……あのな、マリー」
俺は次、また次とページをめくりながら言う。
「次からは、ここまで描き込まなくてもいい。もう少し雑でもネームとしては十分だから」
「あ……うん」
マリーが落ち着かなげに身じろぎをして、微かな衣擦れの音が聴こえてきたが、俺は目の前のネームに集中する。再び俺はマリーの《妄想》に舌を巻く思いだった。
最初に読ませてもらった漫画とは別の話である。
あらすじは大体こんな感じだ。
――かつて救世の雄と呼ばれた勇者アルフェン。
その功績を讃えられ、今や《英雄神》となって奔放で気ままな日々の生活を何一つ不自由なく過ごしていた彼だったが、その実、心の中は虚ろで乾いていた。彼は、あの時、あの場所で命を賭して刃を交わした仇敵、魔王グライザードとの一戦をずっと忘れられずにいたのだ。
これまでの人生においてあれ程までに心躍る、魂を揺さぶられる戦いは他にはなかった――そう思い返すたび、やはり自分は所詮戦いの中でしか生きられない戦闘狂でしかないのだと確信し、周囲には変わらぬ態度と笑顔を振り撒きながらも、今の生活はむしろ空虚で無意味なものだと独り苦悩する。やがてアルフェンは、英雄神の座と安寧の暮らしを捨てて、独り行く当てのない放浪の旅に出てしまう。
そこに、一人の少年が現れる。
少年は、自分こそ魔王グライザードの転生した姿だと打ち明けるが、アルフェンはそれを信じない。何故ならグライザードは自らの手で止めを刺し、確かにこの腕の中で息を引き取ったのだ。今でも彼は、その時消えていく命の儚さと魂の形を覚えている。しかしこの少年は、面影こそグライザードとどこか似ているものの、どうしても同じだと信じることができなかった。それでも、と食い下がる少年に、ならば自分と刃を交えることでそれを証明してみせよ、と言い渡し、二人きりの戦闘が始まった。
一撃、二撃と剣と剣が火花を散らすたび、アルフェンの心は揺れた。これは違う、と拒絶する心と、信じようとする相反する心が思考を乱し、遂に少年に必殺の隙を与えることになってしまう。剣を飛ばされ、組み敷かれたアルフェンは少年に、お前の勝ちだ好きにしろ、と吐き捨てる。こんな無様な姿を晒したら、もう自分は英雄神などとは名乗れない。それならばせめて殺してくれ、と願った。
少年は静かに首を振る。それは駄目だ、と。
最後の希望も奪われ抵抗する意志も失くしてしまったアルフェンの今の姿を、少年は笑わなかった。どころか、ようやく願いが叶ったとその逞しい胸に飛び込んで涙を流す。
少年は言った。もう君は、僕の物だね、と。
戸惑うアルフェン。それは少年の言葉のせいではなかった。英雄神となって以来、ただ自らの欲求を満たすためだけに女神を誘い、弄び、その肢体を貪り尽くすだけの奔放で堕落した日々。それでも決して埋められることのなかった虚ろな心を、熱い感情が満ちていくのだ。
そんな馬鹿な――自分はこの魔王に愛情を抱いていたというのか。
混乱し、我を失ったアルフェンは、自暴自棄になって少年の衣服を引き裂き、その妖艶な肢体を力任せに蹂躙しようとする。はじめは無抵抗に成すがままに身を委ねていた少年だったが、思いどおりにならないことに苛立ったアルフェンが頬を叩くと、突如豹変する。
好きにしていい、って言ったよね?
そう耳元で囁かれた途端、アルフェンの身体は自由を失った。まるで力が入らない。あっという間に少年はアルフェンを逆に組み敷くと、息も出来ない程の濃厚なキスをして、爪先から徐々に上の方へと全身くまなく愛撫していく。その舌先が肌に触れるたび、アルフェンの身体は震え、拒絶を示したが、そこから甘く広がる痺れが邪魔をする。
やめろ!そうアルフェンは叫んだが――。
本当に……止めていいんだね?
手を止めた少年の発した囁きが耳朶に滑り込んできた途端、アルフェンの心は冷たく凍りついた。耐えがたい空虚と乾きが再びアルフェンを襲い、少年は妖しい微笑みを浮かべた。
君は、本当はこうされたかったんだよね?
アルフェンは少年のその問いに答えられなかった。
気の遠くなるような長い愛撫に、アルフェンの身体に次第に熱さとは別の熱がこもる。そして遂に少年に貫かれた瞬間、アルフェンは堪え切れずに歓喜の吐息を漏らしてしまう。そのまま二人は失くしてしまった時間を埋めるように、何度も何度も互いを確かめ合った。
抱き合うようにして一夜を過ごした次の朝、まだ甘えるように胸の中で寝息を立てている少年の身体をなぞり、髪を優しく梳っていると、少年は目を覚まし、悪戯っぽくアルフェンに言った。
……また、シタくなっちゃった?
うるさい馬鹿――!と口では強がってみせるが、激しい鼓動と朱に染まる頬は隠しようがなかった。ぷい、と顔を背け、荷支度を始めるアルフェンに少年が尋ねる。
ねえ君、どこに行くつもり?
アルフェンは振り向かずに答えた。
神も魔王もなく、誰もいない、新しい場所へ、だ。
そして、怒ったように付け加える。
そこには……そうだな、お前一人くらいなら、いてもいいかもな、と。
最後に少年は、嬉しそうに笑ったのだった。
「………………どう?」
いけね。こいつがいるの忘れてた。
心配そうに問いかけるマリーの声で我に返った。とんとん、と机の上で紙束を整え、もう一度ぺらぺらと手の中でめくりながら小さな声で言う。
「………………面白かった」
「え? ……何?」
「くっそ! 面白かった、って言ったんだよ!」
「……ふーん。……ふーんふーん」
よほど嬉しかったのだろう。言葉では無関心を装いながらも、正座の姿勢を続けるのをギブアップして床の上で体育座りをしているマリーの白いソックスの爪先は、もぞもぞと落ち着かなげに蠢いていた。
だが、
「しかーしっ!」
これでは駄目なのだ。
「うぇ……また何か言われるのあたし?」
「まあ聞きなさい、そこの腐女神」
「……はぁい」
念のため、もう一度机の上で紙束をまとめ直し、その厚みをマリーに向けて見せつけた。
「これ、何ページあるか……分かってるのか?」
「そんなんフツー数えないっしょ?」
「数えとけよっ!」
一、二、三……と声に出して数えてみせる。不思議な物で、無言で数えようとすると大抵は途中で数が分からなくなってしまうものだ。あるあるである。
「……九十九、一〇〇! はい、一〇〇ページありました!」
「あーはいはい。見てたから分かるってば」
「じゃなくて! 多すぎるんだっつーの! いくらオリでも、さすがにこの枚数はネットでネタになるくらいだぞ!」
「だって……しょーがないじゃん」
気持ちは分からないでもないが。
「しょうがなくないの! そういうのを確認するためにもネームは重要なんだって。たとえばだ――」
漫画は二作目、ネームは一本目でこれなので十分驚嘆すべき出来栄えなのだが、まだやらないといけないことがあった。
「ここからここまでの、アルフェンが魔王との一戦を思い出している導入のシーンがあるだろ? 構図がいい。ポーズも決まってる。……でもな? 回想で一〇ページはさすがに長い。せめて半分にしろ」
「――! 言うのはカンタンだけどさ!」
思い入れがあるシーンなのは分かる。いきなり削れ、と言われて納得出来ないのも分かる。でもこの導入が長いせいで、なかなか話の本題に入れないのがネックなのは確かだ。
「ジャストアイディアだけどさ……ここの科白を削って、ここに心の声として入れるだろ?」
あ!とマリーが非難めいた声を出したが、俺は無視してそのネームに消しゴムを入れては加筆していった。
「それからここの大ゴマはもう少し小さく。あ、でも、枠線からはみ出させるように描けば、迫力は持たせられると思うから、こう、だ。グライザードの表情もいい。ここは残す。で……ここもこう、と」
「……おー」
ふう良かった。ちょっと感心してくれたみたいだ。
誠に遺憾ながら、俺に絵心がないってところは勘弁して欲しい。それでも言いたいことはマリーにも十分伝わったようだった。
「他にも詰められるところはあるぞ。そうやって、そうだな……せめて六〇ページくらいにまとめるのを目標にしてくれ。いいか? ただ捨てるんじゃなくって、じっくり煮詰めていく感じだぞ?」
「三分の……二!」
多分、あたしには無理だよ!とでも言おうとしたのだろうけれど、実際に見ている目の前で半分にしてみせたのが効いたようだった。深く一つ息を吐いて、マリーはそれを飲み下した。
「うー……やってみる」
だが、まだ納得できないところが他にあるようだ。
「けど……どうしてそこまで無理して短くしなきゃいけないのよ?」
「それにはいくつか理由がある。ちゃんとな――」
右手の人差指を立てた。
「まず一つ目。これはあくまでまだネームの段階だ。ここからペン入れしないといけないんだぞ? あと、扉絵はここにあるけど、表紙は別だ。それも描かないといけないんだぜ? お前がどれだけ早く作業出来るのか知らないけど、これ一本で一年がかりのプロジェクトって訳にはいかないだろ? 違うか?」
「……そっか」
マリーが抱えている、次の、またその次の妄想はそこまで待ってくれない。ある程度コンスタントに吐き出せるペースで描けないと意味がないのだ。
「じゃあ、二つ目」
納得したようなので隣の指を立てた。
「これは確かにお前だけの妄想の塊だけど、手に取る読者のことも考えてあげないとただの自己満足で終わっちまう。もちろん、マリーには描きたいシーンや表情があって、なかなかそう簡単に譲れないってのも分かってるつもりだ。……けどな? 楽しく描く、ってのと、楽しく読める、ってのはイコールじゃないんだ。常にそれを意識した方がいい」
「……難しいこと言うのね」
マリーは眉間に皺を寄せ、唇を尖らせて呟くが、
「できないと思ってたらこんなこと言わないだろ? お前にならそれができると思ってるからこそ、俺は無茶を言ってる。その一つが、ネームを推敲して、ストーリーを煮詰めることなんだ。できるよな?」
糞真面目な顔で俺が言うと、マリーはますます唇を尖らせ、そっぽを向きながら答えた。
「……もう。やればいいんでしょ? 分かったわ」
「よし」
そして俺は、三本目の指を立てた。
「最後に三つ目だ」
これは、あまり気が進まなかったのだが――。
「全く無名の初参加で、いきなりオリ一〇〇ページ本出されても、見に来た奴も困る。手に取るどころか、逆に戸惑うっつーの! 六〇どころか、もっと少なくってもいいくらいだよ。それに印刷代だって馬鹿にならないだろうし……って、そもそも天界に印刷所とかってあるのか? うーん、ここはあのド変……い、いや、葵に聞いてみるしかないか……」
「……」
あ、あれ? ノーコメント?
さっそく調べるつもりでパソコンの電源を入れようとスクリーンへ視線を移していた俺が不思議に思って振り返ると、マリーは目を丸くして口を半開きにしたまま無言で見つめ返していた。
「な……何だよ。その顔」
「……え? え?」
次第にその顔が緩み始めた。
「だって……だって、それってさ……」
「だ、だってじゃねえだろ!? も、元はと言えば、お、お前が変な約束しちまったからじゃないか!」
くっそ!
すっげー嬉しそうな顔しやがって!
思わず顔が熱くなってしまい、それを隠そうとついマリーに背を向けてしまった。それでも背後からマリーがくすくす笑う声が追い打ちのように響いてきて、何だかますます落ち着かない気分になる。ぽつぽつ、とキーボードを叩きながら俺は言った。
「イベント……本気で出てみたいんだろ? 正直に言えって。そもそも、お前がずっと秘密にしていた妄想を、描きたいように描いて吐き出しちまえ、って焚きつけたのは俺なんだ。だ――だから、手伝ってやるって言ってるんだよ! わ、悪いか!?」
「……馬鹿ショージのくせに」
「え……何だって?」
嘘だ。
ホントはばっちり聴こえていた。
俺にどこぞのラブコメ主人公みたいな難聴スキルなんてありゃしない。でも、嬉しさを隠せないマリーの呟きを聴いてしまったら、素直に反応なんてできる訳がなかった。
「……ね?」
どきり。
いつの間にか隣に立っていたマリーが、つ、とシャツの肩のあたりを、ちょん、とつまんで、恥ずかしそうに耳元に囁きかけてきた。
「な、何だよ……?」
まさかこれって!
ラブコメの波動を感じる……!
ちょっぴり期待してしまった俺だったが、
「ショージって……ううん、あたし気付いたの」
お。
「まさにツンデレ受け、って感じよね!!」
お……おう?
「だ、誰が受けだっつーんだよ! 俺をお前の妄想に巻き込んでんじゃねえええ!」
やっぱこいつ、腐ってやがる。
腐女神に期待する方が間違いだ。うん知ってた。
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