第九章 どうしてこうなった

 ド――。

 ドウシテコウナッター!


「ちょっと! そこで頭抱えてないで、少しは手伝ってってば!」

「あーうー」

「何で自我崩壊してんのよ……。ここ、座んなさい! えっとねー、まず聞きたいのは――」


 おっかしーなー。

 俺、永年夢にまで見ていた待望の異世界転生ライフを満喫する筈だったのに。


 何が悲しくて、女神と――いや、腐女神とBLのネーム考えないといけないんだよ。理不尽すぎる。


 さっきの会話を思い出そう。




「――BL漫画づくりに手を貸せってお前……それ、本気で言ってるのか?」

「そうよ」


 マリーは気恥ずかしさもかなぐり捨て、冗談の一切入り込む隙のない真剣な眼差しで頷いたのだった。


「その代わりにあたしは、あんたが元の世界に戻れるようにあんたを守ってあげる。他の女神からね」

「ちょ――待て待て待て!」


 すっかり慌ててしまった。


「お前っ! 俺のクレーム処理係なんだろ!? だったらそんな条件吞まなくったって、お前は俺を守る義務があるんじゃないのかよ!?」

「……あたし、言った筈よ?」


 素っ気なく肩を竦めた。


「女神に与えられた役目は《勇者》を補佐すること。でもそれって、魔王を討伐する《勇者》をサポートしなさいってことなんだから、本来だったら他の女神から《加護》を授かることはその手助けになるんだし、止めるべきじゃないのよ。でも……いいの? あんたは元の世界に、元のショージ・アマツタカとして戻りたいんでしょ? 《加護》を授かってしまったら、もう元の世界には還れない。天界で神として転生することになっちゃうんだけど?」

「うっ……」

「いいのかなー? そ・れ・で・本・当・に、いいのかなー?」


 半目がちにじとーっと俺を見つめるマリーは、女神と言うより悪魔に見えた。汚いさすが女神汚い。


「さっきも言ったけど、俺はBL系はそこまで詳しくないんだぞ?」

「……質問に質問で返すとテストは0点――って誰かが言ってたわ」

「く……っ」


 こいつはやる。そういう凄みって奴だッ!


「……分かった! 分かったよもう!」

「やたっ!」


 で、今に至る、と。




 もうこうなったら、この腐女神をどこかのイベントで壁配置にするまでやってやる。


「そういえばさ――」


 目の前の手書きのネームを一心不乱に見つめて唸っているマリーに尋ねてみる。


「んー?」

「お前の他に、こういう趣味を持ってる女神はいなかったのか?」

「んー」


 ごしごしごし!と消しゴムをかけつつ答える。


「あたし、友達少ないから」

「あー……そうか、うん」


 う。正直スマンかった。


「……た、たとえばさ、さっきのマリッカって女神は、お前がこういう物を描いてるって知ってたりするのか?」

「言う訳ないじゃない……」


 ネーム描きに集中しているせいなのか、そこまで噛み付く素振りはない。声に溜息が混じった程度だ。


「マリッカは幼馴染なの。……けど、すっごい真面目な子だから、あたしにこんな趣味があるなんて知ったら泡噴いて倒れるんじゃない? マリッカだけじゃないわ、他の誰にだってずっと秘密にしてきたんだもの。だって……」

「――だって?」


 マリーは居心地悪そうに頬を染めた。


「……だって、そもそもあたし自身が、これは病気か何かなんだって思って悩んでたくらいなんだし。もしくは……堕天の証とか」


 堕ちんなよ。


 まあある意味、池袋の某通りに至ってはもはや堕天使たちの群れ集う魔窟と言っても過言はない。腐女子の黒ゴス率高いし。まあ、嫌いじゃないけど。


「ネット使って探したりはしてみたのか?」

「してない……けど」


 そういう発想はなかったようである。

 ならば――。


「じゃあ、ちょっとやってみようか」


 早速マウスを掴んで、スリープモードになっていたパソコンを揺り起こす。こういう時はグーグ……じゃなかった、ゴッゴル先生に聞くのが早い。


「腐女子……っと」




 かちかちっ。




 むう。

 検索結果はゼロ件だった。




「マリーが知らないだけってことじゃなかったのか。やっぱり天界には概念がない、と。……じゃあ」

「BL、っと」




 かちかちっ。

 む。




「だったら、やおい……なら」




 かちかちっ。

 むむ。

 いずれも検索結果はゼロ件だった。




「んー」


 いや、そんな筈はない。こういう趣味を持つ者が、天界にマリーただ一人しかいない、なんてことはないと思うのである。


 俺たちは同じだった。どちらも妄想することが止められなくて、書くことと、描くことを選んだ。勝手な持論だが、描くことの方は多少なりとも才能に恵まれなければ続けることは難しいと思っている。ただ続けるだけであれば、忍耐強さがあれば可能ではあるけれども、大抵は先に心が折れてしまう。要するに、一向に向上しない画力に嫌気が先に立ってしまうのだ。ソースは俺。しかし、書くこと、は誰にだってできる一番敷居の低い創作活動だと思う。もちろん、こっちだって根気はいるし、才能の有無や、上手い下手は歴然だ。


 けれども、そのどちらも生まれない世界なんて精神的に死んだ世界だ。進化も発展もない。妄想し、空想して夢を描くからこそ、人間の世界には文化が芽生え、文明は進歩してきたのだ。


 レオナルド・ダ・ヴィンチだって究極的には厨二病患者だと思う。当時の技術では決して成し得ないことを妄想し、空を飛ぶこと、海の中に潜ることを空想して、飛行機や潜水船などというその時代の常識から逸脱したトンデモ装置を描いて、遥か時を越えてそれが現実の物となったのだ。




 そこで俺は、


「あ……そうか!」


 はた、と気付いた。




 この異世界、《ノア=ノワール》がどういう文化、文明レベルにあるのかなんてことは相変わらず分からないままだけれど、そもそも同性の恋愛を描くことが常識外れに当たる、と決めつけていたことが間違いだったのかもしれない。


「な、マリー。ちょっと聞いてもいいか?」

「んー」


 一向に成果が得られないネットサーフィンにすっかり飽きていたマリーはネーム描きに没頭しているところだった。気のない返事が返る。


「お前ってさ、男と男の恋愛を妄想しちゃうんだよな? でも、同性だってことについてはどう思ってるんだ? 背徳感とか、禁断のー、みたいなのってあるのか? それで後ろめたいなーとかさ?」

「……は?」


 きょとん、としていた。やっぱりだ。


「変なこと言うのね、馬鹿ショージ。異性の間に生まれる恋愛よりは、同性同士の方が違和感ないじゃない。だって、神と女神が出会うことの方がそもそもレアなんだから。……あ、前にも言ったけど、このパソコンメーカーの創設者の二人は別で――」

「あ! や! その話はいい。いいからっ!」


 各方面から総ツッコミ受けること間違いなしだ。

 一応、これも聞いておこう。


「マリー自身は、男同士――いや、神×神の恋愛について、一体どんな風に思ってるんだ?」

「えっと………………尊い?」


 ま、神々だもんな。大体合ってる。


「じゃあ……こうだな」


 俺は脳裏に浮かび上がった単語を入力した。




『創作恋愛モノ』

 かちかちっ。




 途端――。




「う――うわうわうわうわっ!」


 どどっ、と目の前の画面に検索結果が流れた。




 件数は……一〇〇〇〇……!?




「なになに? どうしたってのよ?」

「……見つけた」


 俺は達成感を噛み締めながら呟きを漏らす。


「見つけた……遂に見つけたぞ!」


 それから込み上がってきた言葉を口に出した。


「ここにいるのはきっとお前と同じ、腐女神に違いない! ははっ、絶対いると思ってたんだ! だって良く言うじゃんか? 一匹見つけたらあと一〇〇匹はいると思えって!」

「あたしはGかっ!」


 奴ら、この世界にもいるのか。さすがは火星の王である。


「ほら、ネーム描きは一旦止めてさ、ちょっと見てみようぜ?」




 かちかちっ。

 検索結果のトップに躍り出たリンクを迷わずクリックする。




 そこにはこう書かれていた。

 ――神絵師SNS、と。



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