第五章 勇者誕生
王国最大の城下町、モニゲン。
しかし、その見上げる程の巨大な門扉は、来る者すべてを拒むように堅く閉ざされていた。
「おーい!」
最初はおずおずと、次第に声を張り上げて呼びかけてみたものの、どうにも反応がない。
「……どうなってんだ?」
「こっちですわ」
その声に振り返ると、門扉の脇にずいぶんとサイズダウンした通用口があった。普段門番が出入りするのに使っている扉らしい。そこを女神マリッカが独特のリズムでノックしているところだった。
ここんこんここん。
ここんこんここん。
反応がないからなのか、次第に強く大きく叩くそのリズムは、どうにも不死身のサイボーグ登場時のアレにしか聴こえなくって、つい噴きそうになる。
ちゃらりー♪
――とはもちろん続かず、代わりにやたら目つきの鋭い用心深げな顔が、ぎいい、とわずかに開いた隙間から覗いた。
「……誰?」
「私ですわ。女神・マリッカですの」
「――!」
女神・マリッカが囁き返すと中にいた者は激しく動揺し、がさごそと衣擦れの音が響いた。
「し、失礼しました! ど、どうぞお入りを……」
「ありがと。……さあ、行きますわよ」
あっさりと大きく開いた扉をくぐる時に、俺はその門番らしき者の兜の陰に隠れた顔を盗み見る――やっぱりだ。振り返りもせず進んで行く女神・マリッカの隣まで少し小走りになって追いつくと小声で囁きかけた。
「あの門番、女の子だったんだが」
「? それが何か?」
うーん。この世界だと不思議じゃないのかな。
こうして無事町の中へと入ることは出来た訳だが、妙に閑散としていて落ち着かない。
「……ずいぶんと静かだな」
何もない訳ではない。むしろその逆で、たくさんの家や店らしきものが軒を連ねているにも関わらず、道という道には誰の姿も見かけないのである。それでいて、人の視線と気配は感じる。痛いくらいだ。ときおり、関わり合うこと一切を拒絶するかのように、ばたん!と露骨に窓の木戸が閉じられる音が人気のない通りに虚ろに響く。
引き攣り気味の笑みを浮かべ、俺は軽口を叩いた。
「勇者様大歓迎……って感じじゃないな」
「気にする必要はありませんわ」
表情を窺うと、緊張しているようにも見えたが、女神・マリッカはこの状況に気分を害しているようでも辟易しているようでもなかった。
「さあ、行きましょう。こっちですわ」
「あ……うん」
この町はいつもこうなのかもな。ずいぶん感じ悪いけど。
道に人っ子一人いないおかげで、その距離に心が折れかかっていた城までの道のりはあまり遠さを感じずに済んだ。
「あそこから入りますわよ」
もう城壁は目の前だ。ただし、またもや正面の城門からではなく、裏手にあるかなり小振りな石門から入るらしい。ここも番兵や御用聞きくらいしか出入りしなさそうである。さすがに不安を通り越し、不信感を覚えてしまった。
「……おい。何で正面から入らないんだよ?」
「えっ!?」
またも、ぎっくー!と背筋が伸びた。
「えーと……あ、あれですわ! ……改築工事中なのですわよ。あと、正面の方は神様の通り道だとも言われていて、普段でも滅多に使わないというか」
神社の参道じゃないんだからね。
つうか、隣国との戦争の時とか、兵出せなくって困るんじゃないのそれ?
ごごんごんごごん。
ゴツい鉄製のノッカーを先程と同じリズムで石門に叩きつけると、二回目を繰り返す前に内側から、ごごご、と開いた。
「……し、知らせはすでに受けております。どうぞお進みください」
やっぱりこっちの門番も女の子だった。
「ありがと」
「い……いえ」
うーむ。門番、人気なのかな。女の子の就きたい職業ナンバーワン、門番。
「こっちですわ」
「ああ。……つーか、来慣れてるんだな?」
大して深い意味もなく薄い感想を口にすると、人気のない中庭を迷いもなく進んでいく女神マリッカの肩が再び、びっくーっ!と跳ね上がり、ぎぎぎ、と振り返る。
「そそそそんなことねーですわよー?」
「……動揺しすぎだろ。キャラ崩壊してる」
事前に話を通しておいたって言うくらいなんだから、入るにも顔パスだったり、中の造りに詳しかったりしても別に驚きゃしないんだけど。どうもこっちが何か言うたびにいちいちオーバーなリアクションが返ってくるのは、怖がられているせいなんじゃないかと不安になる。
「にしても――ま、いいや……」
町の周囲を取り囲む木壁や城壁には辛うじて門番がいたものの、肝心な城の出入口には誰も立っていなかった。手薄感満載である。大丈夫かこの城。女神・マリッカの後ろに続き、ちろちろとした灯りの照らす薄暗い廊下を進んで幾つもの角を曲がり、石造りの螺旋階段を上がったり下がったりしているうちに、今までとはガラリと雰囲気の異なる広間に到着した。
「ここですわ。さあ――」
謁見の間、というところか。いささかくすんではいるものの、敷き詰められた毛足の短いワイン色の織物には図鑑で見たことのあるペルシャ絨毯に似たアラベスク文様が描かれており、その奥の方に一際豪奢な造りの玉座があった。
「……おほん」
そこに鎮座ましましているもふもふの塊がわざとらしい咳払いを一つしたので、それでようやっとそのもふもふに中身があることに気付いた。しず、と無言で膝をついた女神・マリッカに倣って慌てて片膝をついて頭を垂れる。ほっほ、という温かみのある笑い声とともに、もふもふは言った。
「うむ。よくぞ参った、勇者よ」
どうやらあれが老ナサニエル竜心王らしい。ちょいちょい、と手招きされるままに立ち上がり、おずおずと近づいていくと、もふもふの頭あたりにちんまりとした王冠が載っているのが見えた。何故か斜めに傾いでいる。
「あなたが――老ナサニエル竜心王なのですね?」
「いかにもそうじゃ。聡明なる勇者よ」
聡明も何も。さすがに分かります。
見たところ、老ナサニエル竜心王はかなりのご高齢であるらしい。しわくちゃの顔にアクセントとして添えられたしゅっとした顎髭は、何だか小学生の頃に遠足で訪れた動物園のふれあいコーナーにいた年老いた山羊を思い出させた。
「さあ、勇者……」
枯れ枝のごとき手を差し伸べた老王はどうやら微笑んだらしい。その顔にさらにしわが増量された。
「えー、勇者……」
だがそう弱々しく呟いたかと思うと、そのしわしわに徐々に困惑が混じり始めた。あたかも渋い物を口にしたように顔を顰めている。
「ええとじゃな……。今日来た勇者は……えー何という名じゃったかいのう?」
その問いを向けられたのは澄まし顔で隣に立っていた女神・マリッカなのだが――。
「……ちっ」
一切変わらぬ表情の下から短い舌打ちが聴こえた。
ような気がしたのは気のせいだと思うことにする。
「おほん。ええとじゃな――」
はぁ、仕方ない。うやうやしく頭を垂れ、自ら名乗ることにした。
「私の名は、ショージ・アマツタカと申します。異世界より召喚されて参りました」
「お……おお! そうじゃ、そうじゃった! もちろん知っているとも、勇者ジョージ!」
「勇者ショージですわ、老王」
女神・マリッカがぴしりと口を挟むと、老王は朽ち果てる寸前の古木のような顔にべっとりと張り付いた脂汗を拭いながら言い訳を始めた。
「そ……そう言った筈じゃが? ……さ、最近、どうも入れ歯の調子が悪くてのう……」
(……大丈夫か、この王様?)
(あら? 何のことですの?)
ひそひそ囁きかけるが、女神・マリッカは気にも留めていないらしく一蹴されてしまった。
「では、勇者ショージよ。……こちらへ」
「――はい」
老王に促されるままさらに歩み出て、玉座の前に跪く。
ん?
――は良かったのだが、なかなか次の科白が出てこない。心配になって玉座の方を上目遣いでそろりと窺うと、老王は何やらごそごそと懐から取り出した手の中の物を一心不乱に見つめている最中だった。
「えー……。待っておれよ……?」
高齢ゆえの老眼なのだろう。目をすぼめたり、寄り目になったりと実に忙しそうである。
というか。
(……おい、あれ本当に大丈夫なのか? カンペ読んでるみたいにしか見えないんだが……)
(気のせいじゃねーですかね?)
やっぱり女神・マリッカはちっとも気にしてない様子だったが、若干苛立っているのか口調が粗雑になっていた。それでも相変わらず表情だけは涼し気な微笑みを湛えているままなのでかえって空恐ろしい。
「おお、そうじゃ!」
こちらの心配をよそに、老王はにいっと笑んだ。
「勇者ショージよ、お主はこの国の安寧を脅かす邪悪なる魔王を倒すべく召喚されたのじゃ」
うん。そこまでは知ってます。
「厳しい戦いになるじゃろうな……だがの? この国に伝わる、で――《伝説の武具》と、そこなる、め――女神より授かりし《加護》があれば、何も憂うことはないのじゃよ!」
棒読みな上に輪をかけて、つっかえつっかえ語られた勇者・俺の
「《伝説の武具》とは?」
「そこにあるそれじゃ。さあ、開けてみるがいい」
老王直々の許しを得て、右に置いてあるいかにもなデザインをした宝箱の蓋に手をかけた。実はこの謁見の間に入った時からずっと気になっていたのだ。
かちり。鍵はかかっていなかった。
「お」
人一人横になれそうなほどの宝箱の蓋を開けてみると、青く鈍い輝きを湛えた《伝説の武具》一式が並んでいた。
「おお――」
兜。鎧。剣に盾。おまけに手甲に脛当てらしきものまであった。
「か………………かっけー……っ!」
いくら勇者とはいえ、いきなりこんなフル装備をいただいちゃっていいものなんだろうか。何だか出来過ぎ感はなくもなかったが、まともな勇者扱いをされたので悪い気はしなかった。
うずうず。
「……身に着けてみてもいいでしょうか?」
「もちろんじゃとも!」
ふいーっと息を吐きつつ老王は顎髭をしごいた。
「それはもう、お主の物じゃよ。……何、フリーサイズじゃから合わんことはない筈――」
「……ん、んっ!」
「あ! や! い、良いから構わず身に着けてみるがよいぞ! きっと似合うじゃろうて!」
女神・マリッカの咳払いに目を白黒させて着ろ着ろとしきりに急かしてくる老王のことは気にしないことにして、まずはじめに鎧を手に取る。にしても、フリーサイズって何だよ……。
「うわ……! と、と」
意外な程重さを感じず、そのせいでかえってよろけてしまった。
恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをしつつ、顔の前に高く掲げて良く見てみる。
鈍いコバルトブルーの中央を切り裂くようにデザインされた金色の十字紋様の、その中央にはめ込まれているのはルビーだろうか。やっぱり格好良い。さすがに制服の上から着るのも何なので上着だけ脱いだ。あとはすっぽりとかぶればいいらしい。実際そうしてみると、きゅっ、と勝手に身体にフィットするのが感じられた。フリーサイズっていうのはこのことか。
「似合いますわよ?」
「あ……サンキュ」
ちょっと照れる。見ようによってはうっとりとも取れる女神・マリッカの視線にまごつきながらも、兜、脛当てと続けて身に着けていった――ああ、くそ――脛当てを着けるのは鎧を着る前の方がよかったのか。片足でケンケンをしつつ、最終的に何とかなったのでほっとした。
最後に、剣と盾。
しかし、この場で取るのにふさわしいポーズも思いつかなかったので、何となくだらりとした姿勢のまま再び老王に相対した。
「うむ。よい」
「ええ。素敵ですわ」
「あ。ども……」
頷く二人に返す言葉が見つからず、もごもごと口ごもりながら頭を掻こうとして、その拍子に身に着けた装備同士ががちゃがちゃとぶつかり合って音を立てた。何とも騒々しい。
「では……そこに」
無言で頷き苦心しながら膝をついた姿勢を取ると、玉座を離れた老王が数段ある階段をよろよろと降りてきた。思ったより小柄だ。
「儀式の最後じゃ。始めるぞ?」
再び頷くと、目の前の老王は兜の上にかさついた右手でそっと触れ、厳かに告げた。
「異世界より召喚されし者、ショージよ! お主にこの国、アメルカニアを救う使命を授けよう! 今からお主は勇者じゃ! よろしく頼むぞ! ……ほい、これにて終わりじゃ」
短っ。
「あ……はい!」
始まりも終わりも唐突すぎて返事が遅れたが、何とかサマになった筈だ。ただ惜しむらくはギャラリーが少ない。それだけが悔やまれる。この謁見の間には依然として老王と女神と俺、その三人しかいないのだ。近衛兵やら側近やらと、ずらずらと居並んでいるものだとばかり思っていたんだけど――。
「……うーん」
盛大な拍手とか欲しかったなあ。
ま、いっか。
ともあれ、こうして晴れて勇者となったのだ!
それに――。
「お疲れさまでしたわ。勇者ショージ!」
「あ、ありがとう!」
振り返ると女神・マリッカが迎えてくれた。感極まった面持ちで胸元でぎゅっと手を組み、瞳を潤ませている。何処にそんな感動ポイントがあったのかさっぱりだが悪い気はしない。
そりゃ小学生みたいだし、貧乳だ。
それでも俺のためにこんなに喜んで――。
「……いい加減、脳内で変換して呼ぶの、やめてもらえねーですかね?」
……うえっ!?
ああ、しまった!
女神ってのは皆、心を読める力を持ってるのか!
「誰でも、って訳じゃねーですわよ?」
何故か、女神・マリッカの口調はさっきまでとはガラリと変わっていた。
「ま、こうして無事に勇者認定もされたことですし。やっと、こっちの用事も済ませられるってモンです。早速やっちまいますわよ?」
態度もそうだ。あの清楚で、凜、とした佇まいはもう何処にもなかった。別人――というより、こちらが地なのだろうと思えるほど、むしろ生き生きとしていた。
「やっちまいます……って、何を?」
「あれですわよ。あ・れ」
にい、っと歯を剥き小悪魔じみた笑みを浮かべた。
「《女神の加護》を授ける儀式ですわ。勇者だけが持つことを許された、稀有なる御力をあんたに授けるんですわよ……ずっと、欲しかったんでしょ?」
「……っ!?」
ちろり、と覗いた舌先が唇を舐めるのを目にすると、唐突に俺の心臓がバクバク言い始めた。
「あ・げ・る。……ね?」
もはやマリッカは女神なんかではなく、清楚さの欠片もないロリ淫魔のようにしか見えなくなっていた。
「ま……待って待って!」
「逃げんじゃねーですわよ!? ほら、こっちに来やがれって――!」
「ち、ちょっと待ってってば!」
「なんですの、もう!」
煮え切らない俺の態度に癇癪を起し、その拍子に女神マリッカの周囲に漂っていたピンクがかったムードが霧散した。思わず、助かった、と安堵する。
「いいから授かれってんですわよ!」
「そ、その前に聞いておきたいんだよ!」
「何をですの?」
「その、君の持っている《女神の加護》ってのが何なのか聞いておきたいんだ。いいだろ?」
「……めんどくせー奴ですわね」
はあ、と溜息を吐くが説明はしてくれるらしい。
「じゃ、教えますけれど。……あたしの持つ《女神の加護》は《
「はい、ストップ!」
「……なんだっつーんですわよもおおおおおお!」
「もーじゃねえええ!」
女神・マリッカはキレっキレにキレていたが、それ以上にキレたいのはこっちの方である。
「そんな《加護》を授かっちまったら、せっかく王様から授かった、この国に伝わる唯一無二の《伝説の武具》が錆びて使い物にならなくなるだろうが! 少しは考えろっつーの!!」
ちょっとは怯むと思っていた俺が甘かった。
「……あー」
女神・マリッカはひらひらと手を振り、こっちの科白を追い散らしてしまった。
「んなつまんねーこと心配しなくたって大丈夫ですわよ? それ……大量生産品ですもの。錆びようが、ぶっ壊れようが、ちっとも構いませんわ。……はい、じゃあ早速」
「あ。うん。はい、じゃあ早速……じゃねえええ!」
いろいろ衝撃的過ぎて頭が混乱している。
「待て待て待て! これは《伝説の武具》じゃなかったのかよ! 大量生産品……だと!?」
がんがん!と小手で鎧を打ち鳴らして言うと、女神・マリッカは、ぷっ、と吹き出した。
「だ・か・ら。それ、《伝説の武具》シリーズって名前なんですの。ここいらのどこの武器屋にだって置いてありますわ。もー、意外と売れ残ってまして。おかげで安く買えましたわー」
聞きたくなかった。どおりで、《〇〇の》みたいな銘がない訳である。
「……ちなみにスペックは?」
「まあ《ぬののふく》よりはマシかと」
最弱かよ。
「はい。じゃあ、そろそろ」
「あ、うん……い、いや、そろそろじゃねえよ! 待て待てちょっと待ってお願い待って!」
ショック過ぎて、じゃ、しようがないか、と頷きかけた俺は大急ぎで首を振り、迫り来る女神・マリッカを押し留めた。まだ言いたいことがあるのだ。
「だとしても! 着る物なんでも錆びちまう力なんて授かったら道中ずっとすっ裸で、最終的にはその状態で魔王に立ち向かうことになっちまうだろ! そのへんはどうすんだよ!?」
「あー。それなら問題ありませんわよ」
女神・マリッカは、うんうんと頷いた。
「あたしの《加護》は、金属にしか効きませんから。な・の・で、布か皮製で。上から下まで一揃い」
「ペラい! ペラいよ!?」
たとえハードっておまけが付いたとしても、革鎧なんかで魔王に対峙する度胸はない。
「大体俺は、盗賊とか魔法使いじゃなくて、勇者なんだろっつーのっ! 硬いの着たいのっ! 超人的な俊敏性を誇る勇者って聞いたことねえだろっ! あ、あとなっ! 武器はどうするんだよっ! 大体が金属製じゃねえか! 戦えねえじゃねえかよおおおおおっ!!」
「大丈夫! いけますわよ!」
そう気安く応じる女神マリッカは、胸の前でぎゅっと二つの拳を握り固めた。
「その拳で! もし物足りないと仰るのなら……そう! 杖とかこん棒がありますわよ!!」
お、おお……!
イメージ湧いてきたぞ!
「はい、却下」
「何でですのよおおおおおおおおおおおおおっ!」
「何でじゃねえよ! 少しは考えろよ!」
ぐぬぬぬぬ、とピンク色の頭を抱えて女神・マリッカは悶絶している。分かった、こいつアホの子だ。と、突然、がばあ!と顔を上げた。その顔は今までになくやる気に溢れ、闘志に満ち満ちている。
「も……もう限界ですわよ! こうなったら、無理矢理にでもやっちまうしかねーです!」
「う……うおっ!? や、止め……!?」
誰か男の人来てー!
ロリエロ淫魔(女神)に犯されるううう!
じりじりとにじり寄ってくる女神・マリッカの背後には、黒々としたオーラまで渦巻いているように見える。俺の脳内には、緊急警報が鳴り響いていた。
なので。
「う……。うわわわわわ!」
逃げた。
猛ダッシュで逃げた。
だが俺は、その身に纏う《伝説の武具》のことをすっかり忘れていた。足を上げ、腕を振るたびにがっちゃがっちゃとぶつかり合って思うように身体が動かせない。数メートルも移動しないうちに足がもつれ、ぐしゃ、と仰向けにぶっ倒れてしまった。
とん。
「ふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
その上にすぐさま女神・マリッカが馬乗りになると、頬を紅潮させて、うじゅる、と口元に溢れ出た涎を拭いている。
「ぎゃあああああ!」
「ぎゃー!じゃねーですわよ!」
黙れ!とばかりに女神・マリッカのふにふにした踵が振り下ろされたが、兜のおかげで直撃は免れた。大量生産品だからその一撃で、ぱかっ、と割れちゃったけれど。知ってた。
「さーて……観念してもらいますわよ? 最初っからこうすれば良かったんですのよ。どーせどーせ毎度こうなっちまうんですし。次からはソッコーやってやるですわ!」
え――?
毎度? 次?
一体、今の科白はどういう意味だ?
勇者は俺だけじゃ……ない?
しかし、今はそれを確かめる余裕はない。自分でも、何故女神・マリッカから《加護》を授かるのを必死で拒むのか、その理由が分からなかった。さっき自分が口走っていた疑問やそれに対する女神・マリッカの答えが本当の理由ではなかった。
(――何もしないで)
何故かずっと脳裏に浮かんでいたのは、あの自称女神(ジャージ)、マリー=リーズの科白だった。
そして――。
「……だから言ったでしょ? 何もしないでって」
自称女神(ジャージ)はそこにいた。
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