第二話 女友達と

 部屋でくつろぎ、適当に動画でも見て時間を潰しているとメッセージが飛んできたことに私は気付く。母親から、ご飯ができたということなので私はそのままスマートフォンを持って階下の食卓へと向かった。

 扉を開けるといつもと変わらない風景。部屋はリビングと食卓がつながっているのだが、食卓の電気だけがついており、リビングのほうは薄暗い。リビングに置いてあるテレビもほとんどついているのを見たことがなく、とても静かだ。


 食卓のテーブルは四人掛けのものを三人家族で使用している。といっても父親は仕事で遅く、まだ帰って来ていない。今は母親と私の二人だけだ。

 私は母親が黙ってスマートフォンの画面とにらめっこしているのを傍で見ながら、母親が座っている場所から一番遠くにある椅子に座り、用意されたご飯を食べ始める。


 そういえば結界を作ったコップを持ってくるのをすっかり忘れてしまっていた。結界はこの場所まで効果があるのだろうか。

 もし効果がないのであれば、私はここで殺されてしまうのだろうなと考えながら恐る恐るゆっくりと食べ物を口に運ぶ。


 恨まれるようなことをしているつもりはないのだけれど。

 私は学校での記憶を思い出していた。



◆◆◆



「おはよ~!」

「おはよ~、愛蜜あいみ


 やはり挨拶は気持ちがいいものだ。雲一つない空と同じで、心が晴れやかになる。声をかけるたびに笑顔が返って来て、嬉しくてまた声をかけてしまうのだ。


「なになに、皆で何見てるの?」


 仲良しグループの英美子えみこ凪沙なぎさ由姫ゆきらが机に固まって話しているので当然声をかける。私に気づいた英美子は、おはよ~と言葉をかけ手に持ったスマートフォンを掲げて私に見せる。

 そこには『呪いをかける方法』という大きな文字が目立つまとめサイトが映っていた。


「なんか面白いページがあるって教えてもらってさ」

「へ~、こんなのがあるんだ~」

「ほら! ここにある『恋敵の体を壊す』ってやつとか、ちょ~怖くない?」

「うわ~、いかにも女の怨念が詰まってて、おどろおどろしそうだね~」

「愛蜜も気をつけたほうがいいよ。さとし君、結構女子に人気が高いから恨まれるんじゃない?」

「別に私、聡と関係ないし」

「その割に聡君、愛蜜にべったりじゃん」

「そお?」


 私は聡と特別仲がいいと思ったことはない。普通に挨拶して、普通に喋って、普通に物の貸し借りをしたりするだけだ。特に異性的に接したりということはない。

 むしろ私は男性というものが好きではない。とはいえ、女性好きのLGBTと言うわけでもないが、性のカテゴリを外して人と接するのが好きなのだ。


 告白されたこともある。去年、ほとんど人の来ない理科室の裏で、今私と喋っている英美子が好きだった男子が私に恋心を打ち明けたのだ。えぇっと、たしか名前は日渡蓮樹ひわたりれんじゅ君だっけか。

 当然私は友達の好きな人と付き合うことはできないと断り、英美子からも後からありがとうとお礼を言われた。


 しかし、その後英美子から日渡君の話題を聞かなくなったので、もしかしたら英美子は彼のことをすでに諦めたのかもしれない。まあ、英美子が好きでなくなったとしても私がその子と付き合うことはないのだが。


「俺の名前聞こえたけど、何の噂?」


 聡が机をかき分け、私たちの元へやってくる。

 少し名前を出しただけだというのに、良く反応できるな。私たちの会話でも、盗み聞きしていたんじゃあないだろうな。


「何も言ってないよ。ただ、聡が私にべったりくっついてくるから何考えてるんだろうねって話」

「べったりくっついてるってなんだよ」

「聡は私の金魚のふんだって思われてるんじゃないの?」

「はあ? なんでそうなるんだよ。俺はお前が持って行った漫画を早く返してほしいだけだ」

「ごめ~ん。まだ、二回目の途中なんだ」

「一回読んだら、十分だろ」

「でも、聡の持ってる漫画ってセンス良くってさ。二回目も読んじゃうんだもん」

「だろ? あの漫画、面白いよな」


 聡は褒められたのがよっぽど嬉しかったのか、照れて頭を掻いている。

 趣味が合うと話も弾む。こうやって、男女関係なく自分の価値観をもとに話ができるということが、私の内面を見てくれているようで私はとても好きだ。


 最終的にあの漫画は三度読まないと本当の良さが分からないだろうと説き伏せて、聡はしぶしぶ返してもらうことを諦めた。


「ほらやっぱり。愛蜜、聡君とべったりじゃん」

「だから、そんなんじゃないって。英美子も言ってたあの漫画の話をしてただけだよ。ほら、女子高の先生が狸を祭る儀式をするために世界を滅ぼす漫画のことだよ。英美子ともよく話すじゃん」

「そうだけど、あれじゃあ周りに勘違いされるって。……こんなこと言いたくなかったけど蓮樹君のことだって、未だに愛蜜のこと好きなんだって。この間会った時言ってた」

「いや、でも……私ちゃんと断ったよ」

「もしかしたら聡君と同じで、何か借りたままなんじゃない? ……そうやって縁を切らずに、未練を残させるんだ」

「いや、ちが――」


 私はそばにいた凪沙と由姫の目に黒い陰を落ちているのを見て取れた。何か言いたげに、心の内に言葉を秘めて。

 彼女らのスマートフォンの画面には、まだ『呪いをかける方法』のサイトが光っていた。

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