第11話 お風呂論争後 居酒屋にて

「という訳でアカリさんはどう思います?」


「風呂ねぇ…興味ないな」


 ビールで乾杯をした後にさりげなく聞いてみる。鍛冶職人であり飲み仲間でもあるアカリさんは若い人間の女子だ。きっとお風呂論争問題に対して良い意見が聞けるかもと思いこうして誘ってみたのだ。


 ほんのりと温かいおしぼりでさっと手を拭う。飲み屋の大将に追加のおでんとたこわさびを注文しつつグイっとビールを飲んだ。やはりこの店は良い。夕暮れを背景にちらほらと人間やら亜人やらが集まりだして同じ料理を囲んでいるのを見るとほのぼのとしてくるものだ。二つ隣の席でイエティと年老いた雪女が雪山の魅力について語っているのをさりげなく聞き耳を立てつつ改めてアカリさんを眺める。


「ぷはー美味い!」


「おいしそうに飲みますねぇ」


「仕事終わりの一杯は格別だからな」


「まだドワーフの頭領に怒鳴られてるんですか?」


「あははあの親父さんが怒らなかった日なんて無いっての」


 笑いながら私の背中をばしばしと叩く彼女。酒と暴力はコミュニケーションの一部と公言するドワーフ社会になじんでいる彼女は本当にすごいと思う。普通は鍛冶技術を学びたいからと言って顔がごつごつとして見るからに恐ろしい種族に弟子入りなんてできないだろう、私には絶対に無理だ。失敗したら罵倒とハンマーが飛び交う職場なんて絶対にお断りだ。


「まぁ仕事なんてそんなもんだろ」


「そんな仕事はいやですよ」


「あははそっちも苦労してそうだな」


「まぁ事務作業とか色々大変ですよ」


 笑いながら飲酒を続けるアカリさん。ハイボールをジョッキで勢いよく飲んでいるのだが大丈夫なのだろうか、日本人は下戸の人種だったはずだが。なのにどうしてドワーフと張り合える程の酒豪なんだろう。あの酒乱の一族に見どころがあると言われる女性などこの人位だと思う。そんな私の胸中をよそに彼女は小鉢に盛られた料理を味わっている。


「さっきからやけにその料理を食べてますね」


「おぉなんか身がぷりぷりとしてて美味いんだ」


「身が引き締まっていて濃厚ですよね」


「そうそう!けれどこの店であんまり見た事がない料理だな」


「ここの新メニューなんですよ」


「へーなんの肉なんだ?」


「ゴキブリです」


 ぶほっと吹き出す彼女。軽いジョークだったのだが本気にしてしまったのだろうか。せき込む彼女の背中をさすりつつちょっと悪い事をしてしまったなと思う。本当は魔界に存在する下等下足類生物である。時折故郷の味が恋しくなるのでこの店では置いてもらっているのだがいまいち客の反応はよくないらしい。こんなにも美味しいのになぜだろう。外見が小型犬位ある大きなムカデだからいけないのかなぁ


 話は変わるが虫食という物をここでも検討した事がある。だが賛否両論(否が9割)で特に事務所の女性陣が猛反対をしたのだ。しかし虫食に対して可能性を感じている一個人の身としては大いに推していきたいとも思っている。


 まず栄養価が高い。他の動物に比べてずっと栄養価が豊富でカロリーも多く取れるのだ。それに加えて豚よりずっと狭い空間で牛よりずっと短い期間で多くの虫が育ち生まれるのだ。おまけに繁殖能力が異常ときている。これはもう育てるしかないだろう。むしろ育てない理由なくない?と思って企画班に提案したのだが、もしも実行したら女性達を集って暴動を起こすと脅された


 虫食文化なんて世界中にいくらでもあるのにどうして嫌なんだろう。ゲテモノ料理扱いされてるが虫を食べるのって普通にありだと思う。私も食べた事あるがあれ美味しいぞ?


「ところでさっきの話なんですけど」


「さらっと流すなよ!えーと…風呂がどうこうって話だっけ?」


「そうそう、何を設置するべきか…」


「風呂なんてなんでも…いや待てよ」


「うん?」


「どうせなら露天風呂とかよくないか!」


「えー…」


 いい考えだとうなずく彼女。それに対して否定的な態度をとる私。彼女は私の反応が面白くないのか頬杖をついてこちらをみる。


「なんだよその反応」


「お風呂ならもうあるでしょう?内風呂の大きいのが」


「外で景色を見れるのがいいんだよ!」


「日本人の無駄な露天風呂信仰は何なのでしょう」


「風呂に使って熱燗をきゅーっとやるのが最高なんだ」


 楽しそうに語る彼女。その後も酒を片手にやけに露天風呂の魅力について語っているのだが酒の味なんてここで飲む酒と何が違うんだと言いたい。もしもそう主張したら彼女は怒るのだろうか



内心では泥風呂を作りたいと思ってる等と言えぬままこの日の夕食は終わった。

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