第2話 事務作業と面談

「はーい次の方どうぞー」


コンコンとノックされたドアに返事をする


 只今絶賛仕事中である。何かの間違いで馬鹿みたいに多い書類が消えないかなーとデスク上のファイルを睨みつつ来客を待つ。部屋に入ってきたのは茶髪のショートヘアーをした可愛らしい少女だった


「えーとグール襲来事件の被害者である、き…き…」


「如月と言います」


「あぁなるほどヒューマンの呼び名は難しいですね」


余談だが漢字って概念はどうなのだろう


 一つの音に複数の概念を表現するのは他種族である私から見て非常に理解しがたい文化に思える。【橋の端に波氏さんが箸を持ってやってきた】とかどうやって認識するんだろう。いやそんな状況ないだろうけど


まぁいい

ともあれ仕事だ


 山積みになったデスクの中で現在、私はうめき声を挙げつつこうして一人一人に面談を取っている。ここで双方がきちんと納得をしないと後々大変な事になるからね。悪魔のメ―ちゃんが作成した簡易書類を眺めつつ私は彼女に問いかける。


「では如月さん一日経って落ち着いてきたでしょう、改めて質問を受け付けますよ」


「では…あの、ここは一体どこなのでしょう」


「貴方達が居た世界ではありませんね」


「つまり…異世界という事ですか?」


「まぁそうなります」


 本当は異世界ではなく並行世界であるがご愛敬だ。ここがまた別の地球であるだなんて説明するのも面倒だしそう答えると彼女はじっと押し黙ってしまった。


 なんだろう、今の応答に不備でもあったかな。たかだか異世界転移をしただけなのにそんなにショックなのだろうか。むしろ異世界って今若者の間でブームなんじゃなかったっけ?昨今では異世界転生をしたいが為にトラックに引かれに逝く奇特な若者もいると聞いたがやはり噂だったのだろうか


 彼女が黙ってしまった理由がよく分からないので何とも言い難い。とりあえず彼女にコーヒーでもいかがですかと問いかける。しかし彼女はうつむいたまま首を横に振る。


…コーヒー嫌いだったのかな?



「昨日も言いましたが私達からは当面の衣食住を保証します、但し」


「その代わりに?」


「えぇ個人が持つ総資産の三十%を料金として頂戴します」


「……」


「まぁ施設運用もただじゃないのです」


 個人預金・家・自動車と言った個人が持ちうる総資産をきちんと計算しそこから徴収する。私達の間での決まり事だ。これならお金持ちも貧乏人も平等に負担できるだろうとの事で裁定された。たまに『金をとるのかよ!』とか言ってくる人もいるがそんな人には『金をとらないと思ってたのかよ!』と言い返す事にしてる


こちとら慈善事業じゃないのです

サービス残業で真っ黒のブラック企業なのです


 今のはうまい事言ったなと脳内で称賛(自画自賛)しつつコーヒーに砂糖を入れる私。おなかの中までブラックでいたくないもん…


「そして期日の間は絶対にここに留まってもらう事も条件です」


「ここから出てはいけないという事ですか」


「その通りです。出なければ何をしても良いですよ」


「……それだけじゃないでしょう」


「まぁ後は最低限のルールは守ってもらいます」


ルール1

見学自由。ただし禁止エリアは駄目


ルール2

多種族とのもめ事は厳禁


ルール3

帰る時には記憶は全消去させてもらう


「これらのルールが守られるなら後は自由です」


 そう説明し終えると私は彼女に対して視線で他に質問はないかと問いかける。すると彼女はうつむいていた顔をこちらに向けじっと私を見つめ続けた


「…分からないんです」


「分からない?」


おかしい、ヒューマンは比較的知能指数は高いはず。三つだけの分かりやすく単純なルールも理解できなかったのだろうか…?



「どうして私達を助けたのですか?」


…なるほど

それが気がかりだったのか


 よくよく考えてみれば彼女は何日間も化け物と戦い続けていたんだった。思春期の女性には化物とデッドオアアライブな生活は堪えた事だろう。きっと心身共に疲れ果てていたに違いない


殺されてきた家族

乱暴される人々


 そういった死線を潜り抜けていきなり貴方達は保護されましたじゃあ納得もしづらいか。案外彼女が怯えていたのは境遇にではなく得体のしれない私達に対してかもしれないが。


そんな事を考えつつ彼女に対しては私は厳しい口調で答える


「ただの慈善事業ですよ」


 ここで辛かったですねと言うのは簡単だ。けれど彼女たちの乗り越えてきた苦労も知らずに口だけで慰めるのはただの偽善以下の行為だろう。彼女達の苦労を私は知らないし知ろうとも思わない


こういう手合いはほおっておくのが一番

傷のなめ合い等互いの為にもならないのだから


「………」


「まぁ住めば都ともいいます。この機会に冒険してみてはいかがでしょう」


 飲んだくれて下品なジョークを喜ぶドワーフとか、やけに食品添加物にうるさい妖怪とか、一日の内23時間を睡眠に費やすグレムリンとか。ここにはいろんな種族の人々が居るしきっと退屈しませんよ。


 そう言うと彼女はほんの少しだけ笑い返してくれた。ありがとうございましたと言って部屋を出ていく彼女を私は静かに見送った。


 心の傷は治るのに時間がかかる物。せっかくこうしてここにいるのだ。どうせならお互いにとってよい時間を過ごしてもらいたいものですね



少ししみじみとしながら柄にもない事を考えてしまう


よし!

午後の仕事も頑張るぞ!




 私が丹精込めて収集してきたアニメグッズが書斎と共に小人族のいたずらでふっとばされたとの知らせを受け発狂したのはその一時間後の事である。

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