幼少期

第6話


 苦しい。


 だからもがこうとした。手足を必死に動かそうとした。だけど思うように体が動かない。ならば助けを呼ぼうと思った。しかし、意思を持った感情は意味を持たない言葉となって口から出て行く。どうしようもなかった。自然と泣いていた。意味のない声を上げながら苦しさから逃れようと必死に泣いた。そのうちに俺の意識は無くなった。











 俺が生まれてから1ヶ月が経った。

 いやー、生まれてくることがあんなに苦しいことだとは思わなかったね。なんも見えないわ動かせないわうるっさい音が聞こえてくるわで何が何だか分からんかったもん。まぁ今は落ち着いたけど。

 そして、


「あら?起きたの?おはよう、ラン。」


 そう言いながら優しい笑みを浮かべるこの女性が俺の母だ。まだ目はあまり見えないがそれでもかなりの美人だということがわかる。


「ただいま、エマ。そして可愛い可愛い俺たちのラン!!」


 そう言って(叫んで)俺たちの方に駆け寄ってきたのが、ヘンリー。俺の父だ。

 ああ、そうだ。この世界には苗字が無いらしい。基本的にお母さんとかって呼ぶのは本人にだけで、家族以外と話すときには親のことは本名で呼ぶらしい。この前エマが言って聞かせてきた。赤子なのに。


「こーら、あなた。叫ばないの!ランが怖がっちゃうでしょ。可愛いの部分には同意、大いに同意、全面的に同意するけどね!お帰りなさい、あなた」


「おお、すまんすまん。あんまりにも可愛いものだから。しっかしランは全然泣かないなぁ…生まれた時はあんなに泣いていたというのに」


「あら、強い子に育ってるみたいでいいじゃない。それに、私の時は近年稀に見る大難産だったから泣いちゃうのも仕方ないでしょう?」


 そう、俺の出産の時はよく分からないが、なんだか全く生まれて来ずに馬鹿みたいに時間が掛かっていたせいでエマが衰弱してしまい、俺もエマも危ない状況だったらしい。まぁ結局は魔法でなんとかしたらしいが、俺も詳しいことはまだ知らない。


 ああ、シオンが言っていたのはこのことだろう。俺は死ねない、なぜなら優しいからだって…命がけで苦労して俺を産んで今もここまで溺愛してくれているのに死ねるわけねぇだろ…。

 こんなん俺じゃなくても死ねないと思うぞ?


「そうだな、強く優しい子に育ってくれよ〜ラン」


 それに俺は、あ〜とか、う〜とか、意味のない言葉で答える。それだけで両親の顔が綻ぶ。


 あーあ、未だ俺に重くのしかかっている後悔は全く消えていないが、シオンが言っていたことも気になるしもう少し、生きてみるのもいいのかもな。













 そして更に11ヶ月が経ちーー暦は前世と同じらしいーー俺は1歳の誕生日を迎えた。


「「「ランくん、誕生日おめでとう!」」」


 1歳になると目は、まだ不安定だが少しずつ見えるようになっていた。分かったのは、ヘンリーがそこそこのイケメンということだ。イケメンシスベシ。


 そして、少しずつだが、言葉が話せるようになっていた。俺は言語が理解出来るようにされたらしいので、言葉を覚える必要がない分、発声する器官が成長するだけで言葉が話せるようだ。


「あぃがとぉ〜ごじぁぃましゅ!!」


 まぁこんな感じなのだが。

 決してわざとではない。


「か〜わ〜い〜い〜!!!」


 大人ウケがいいからやってるなんてこと全くない。


 誕生日を祝いに来た人たちの話を立ち聞きしていると、俺の出産の時の話をしている人もいた。

 なんか王族から直々に凄腕の魔法士が派遣されただとか、風魔法で臓器と俺を傷つけないように腹をかっさばいただとか…それで俺を取り出した瞬間に最高級回復魔法でエマを直したとか………

 いやグロすぎだろ医療機関が発達してないとは言え…なぁ?


 あぁ、そう言えば俺が生まれた時めっちゃうるさかったんだが…もしかしたらあれは歓声だったのかもしれない。

 …愛されてるなぁ、俺。


 さっき王族、と言う言葉が出たが、うちはどうやらかなり裕福な家庭らしい。最近たどたどしいが歩けるようになったので一度家の中を探検したんだが…迷った。見事に迷った。しかも歩けば歩く先にメイドさんがいるし…今度この家のことやこの世界について調べてみよう。


 裕福なおかげでこのパーティ(?)に来る人もとにかく多い。しかも未だにどんどん増えていっているし来る人来る人に挨拶されるのでさすがに少し疲れた。

 部屋……と言うよりホールだな。ホールの隅に行き、少し休見ながらあたりを見渡す。


 イチャイチャする両親。

 楽しそうに談笑する女の子たち。

 飲み過ぎてエマから怒られるヘンリー。

 優雅に笑う貴族っぽい男性。

 エマに部屋に連れて行かれるヘンリー。


 おいちょっと目立ちすぎだ両親よ。



 そんな幸せな光景を見ながら、まだ前世のことは吹っ切れていないのだが、

 ーーー生きててよかったなぁ。

 なんて、1年前の俺では考えられないことを思うのだった。



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 会話パートが少ないとどうしても短くなっちゃうんですよねぇ…

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