第二章【邂逅篇】

第3話『時巡る方舟』

 太陽因子と精霊魔法の異世界〈箱庭〉──


 長きに渡りその玉座に就いていた王が急死した。

 王位継承順位に数えられるアリス、ミュラ、バシスのうち、元老院は、太陽因子を色濃く受け継ぐアリスの即位を決議した。


     *    *


 即位式典当日。

 会場のコロシアムには大勢の臣民がひしめく。


 アリスは貴賓席から緊張した面持ちでその様子を見ていた。

 その身には赤を基調とする王族用の軍服にマントを纏う。

「緊張なさっておられるのですか?」

 傍らの宰相がアリスに問うた。

「そうね、私緊張しているのかも知れないわ」

「そう気負いなさるな、ミュラ殿下もバシス殿下もおられるのです」


 開会を告げる鐘が鳴る。


 コロシアムの中央に宰相とアリスが向かい合うように立つと、宰相が厳かに口を開いた。

「玉座を彼女のもと、アリス王女に捧げよう──」

 神器レガリアである杖が恭しくアリスに差し出される。

「今より王となり、〈箱庭〉の安寧を誓おう!」

 緊張を誤魔化すため、大声でアリスは叫んだ。

 観衆がどっと沸く。

 彼女が安堵したその時、


「陛下っ!」

 宰相がアリスを突き飛ばした。

 尻餅をついた彼女が怒鳴ろうとするが、宰相は矢で胸を射ぬかれていた。


 黒衣の集団が観客に遅いかかる。

「お逃げ……ください……アリス女王陛下、この老骨めはもう持ちません、矢に、毒が……塗られていたようです…………」

 宰相は跡形もなく霧消した。

 精霊は死ぬと砂になる。

 そんなこと聞いただけで──見たことなど、なかった。


     *    *


 それから黒衣の軍団との戦いが始まった。

 次々と沸いてくる敵に〈箱庭〉の軍は疲弊の色を隠せず。  

 そのような中、アリスはひとり書庫にこもっていた。

「(敵の秘密が分かるかも知れないわ……!)」



 突然、城門に足音が鳴り響いた。

 黒衣の兵団に守られるように老爺が中央に立つ。

「ふむ……ここに来たのは何年ぶりだったか」

 感慨深そうに老爺は髭を撫でる。


 ミュラが大鎌を構え、前に出る。

「誰よあんた……!?」

「うるさいぞ小娘、私が用があるのは現王のアリスだ」

「はっ! そう言っていられるのも今のうちだけよ!」

 双方が武器を構えた時、


「──誰に用があるんですって?」

 

 アリスの登場に兵士らが道を開ける。

「あなた……デューゴスでしょう」

 老爺──デューゴスがぴくりと眉を動かした。 

「大昔に〈箱庭〉を滅ぼそうとした邪神……今回もこの世界を壊そうとしている、そうでしょう?」

 デューゴスは嗤った。


「もう、遅い……!」


 次の瞬間──

 けたたましい轟音が鳴り響いた。

「な、何!?」

 よろめくミュラ。

箱庭この世界の崩壊が始まる──!」

 アリスは呟いた。



 城に匿われた臣民らは阿鼻叫喚に包まれていた。

「デューゴスが甦ったって本当!?」 

「この崩壊は止められないのかよ!」


「──皆さん! 聞いてください!」

 ロストが大声で叫んだ。

「……アリス女王から伝言を賜りました!」

 

 彼はアリスとの先刻のやり取りを思い出していた。

『手伝って欲しいこと、ですか?』

『ええ、この世界は間もなく崩壊する。皆を別世界〈方舟〉に転移させるわ』


 ……ロストが話し終えると、臣民らは安堵した。


「この様子だと皆には伝えたみたいね」

 アリスが近寄ってくる。

 短時間で大量の魔力を消費したからか、その顔色は優れなかった。

「陛下! 終わったんですか?」

「ええ、新たな〈太陽因子〉の理想郷よ。──皆! 今からあなたたちを別世界〈方舟〉に転移させるけど、残りたい者はいる!?」

 残りたい者は、いない。

「それじゃあ行くわよ、私の最初で最後の仕事よ!」


 アリスは臣民らを転移させた。

 続いて官吏を、軍官を、側近を。

 この世界に残ったのはアリス、ミュラ、バシスだけとなった。



 崩壊する大地…… 

 そこにミュラは倒れていた。

「ミュラ」

 アリスがミュラを助け起こす。

「ごめん、私、デューゴスを取り逃がした……」

「いいのよ。もうみんな別世界に転移させたから」

「!! ……やっぱりすごいな、アリスは。その世界に行けば、皆いるんだよね?」

「……うん。だけど──あなたひとりで行って」

「え……!?」

 アリスはレガリアをミュラに渡し、転移術をかける。

「嫌だよ! アリスも一緒に行こうよ!」

「ミュラっ!」

 アリスが叱りつける。


「……行きなさい」

 にっと笑いながらアリスは言った。


 アリスに伸ばした手は、転移術のせいで届かず。

 遠のく意識の中、アリスの言葉は聞き取れなかった。

 だが、その口元から、何を言っているのかはわかった──



『ア』『リ』『ガ』『ト』『ウ』


『サ』『ヨ』『ナ』『ラ』

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